第128話 「アイツ、変」


僕は僅かながらでも回復した思考と体を動かし、立ち上がる。


 撤退を……と頭を動かす。


 そして取り出したのは、複数のボール。もちろん、ただのボールではない。


 「クリム!ドラゴン!」


 オント相手に苦戦をしてる彼女達に合図を送り―――


 勢いよくボールを地面に叩き付けた。


 『ちュどっ』


 一瞬の閃光に続き、異音が周囲に鳴り響く。


 僕が投げつけたのは、煙幕と閃光弾。


 それらをバーゲンセールの如く、大奮発した。


 これから十分に起き得るだろうと考えていた脱出プランであり、ドラゴンとクリムにも周知済み。


 煙幕が晴れる前に脱兎の如く、僕等は駆けだした。


 背後に立ち上る白煙からは、獲物を見失った獰猛な野獣が雄たけびをあげる。



 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・



 「ぜっ――― ぜっ―――」と呼吸が安定しない。それでも走り続ける。


 ここまで呼吸が乱れたのはいつ以来だろうか?そう考えたが、意外と多かったので考えるのを止めた。


 少し落ち着いたので―――


 「それで、どうしてオントがあんなに強かったんだ?」


 僕とは違い、平気な顔で並走しているドラゴンとクリムに尋ねた。


 いや、オントが強いのは元からだけれども、それにしても異常な光景だった。


 僕の質問に、口を開いたのはクリムだった。


 「アイツ、変。当たると思った攻撃が外れる。う~、体が思う通りに動かない感じ?」


 体が思う通りに動かない?相手の動きに影響を与える魔法か?


 対して、ドラゴンは、少し考えてから―――


 「おそらくは複数のアイテムを同時使用してるのでは?」


 「なるほど」と僕は唸った。シュット王室は本気なのだ。


 クリムとドラゴンにも有効なアイテム。


 本来なら荒唐無稽と笑う話だが、ダンジョン大国であるシュット国ならば……


 国の宝と言われるクラスのアイテムを持ち出しているとするならば……


 あるいは……あり得る話だ。


 しかし、疑問は残る。2人に有効なアイテムがあるとして、ここまで2人を翻弄できるものなのか? 


 その疑問にドラゴンはこう説明した。


 「例えば、93年の第一回UFCでホイス・グレイシーと戦った相手も同じ印象だったのではないでしょうか?」


 「ホイス……だれ?」


 「強烈な打撃や関節技ではなく、相手をポジショニングでコントロールして安全な位置から一方的にコツコツ殴る。初めてやられた相手も自分が何をされて負けたのか、理解してなかったのだと私は思います」


 もっとも、私は負けたわけじゃないですけどね!と付け加えていたが……


 「!? 私も負けじゃない!」とクリムも乗っかってきた。


 「本気を出して、魔剣の力をプルパワーブーストして使えば、あんな奴!町ごと焼き払える!」


 やめれ!


 「だったら私も人間バージョンからドラゴンバージョンに戻って、3割くらいの力を振るえば町どころか、この国に大打撃を与える事も容易いですよ!」


 もっとやめれ! 競うな!張り合うな!


 そんなこんなで、背後からは


 「いたか!」 「いや、そっちは?」


 声が近づいてきた。


 万が一にも負ける可能性があるのなら、再びクリムとドラゴンにオントの相手をさせるわけにはいかない。


 やるとしたら、僕がやるべきだ。


 緊張が走る。


 緊張が走ったが……


 「やぁ、おはよう!君たち!どうしたんだい?こんな所で隠れるようにしちゃって」


 と、ゆるい感じで話しかけられた。


 その人物をみるとフミさんだった。


 一瞬、「ホッ」と安堵のため息を共に緊張の糸を緩めたが……


 フミさんの姿を見て、ギョッとした。


 彼女は武装してたのだ。    

 

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