第108話 トクラター・アリスという少女について


 僕が入室してから彼女は―――トクラター・アリスは視界の隅にいた。


 教会の長椅子に腰を掛けて、僕の方を見ていた。


 僕は、もう一度「やぁ」と挨拶をやり直す。


 「……」と無言で返された。


 だから――――


 「……」


 僕も無言だ。


 「……」 


 「……」


 何だか2人、無言で見つめ合う形になってしまった。


 少し、居心地が悪い。そんな事を考えていると


 「……驚かないのですね」


 アリスが口を開いた。


 「ん?そうだね。僕には最初から君が、ここで待っていると分かっていたから……」


 「最初から? ですか?」


 「そう、最初から……なんとなくね」



 例えば、オーク王の時――――


 『犯人』は一般人では入手困難なアイテムを使用されていたり……



 例えば、魔剣ロウ・クリムの時――――


 犯人が国立の研究所で作られたはずの魔剣を普通にダンジョンの中に持ち込んだり……



 例えば、魔物の壁の時――――


 事前にアリスの側近に家族が訪ねて来て……


 周辺地域で何かを起こしていたり……



 例えば、全ての事件の時――――


 不自然なほど無関係な立ち位置にいた少女。


 自分に関係性が深い出来事でも登場しなかった登場人物。



 もちろん、物証はない。


 もちろん、証拠はない。


 だから、なんとなく犯人だと思っていた。


 最も、学園関係者で王族関係者という犯人像という時点で2人しかいないわけで、

 ただの消去法になるけれども、僕以外の人も普通に気づいてたんじゃないかな?


 証拠隠滅は100点でも印象操作は0点である。ぶっちゃけ、ずぶずぶの犯行なわけだ。


 わかっていても、中々手を出せない…… 対策を取れない状態だっただけであり……


 いや、たぶん、教師陣はわかっていたのだろう。


 僕が知らないだけでいろいろやっていたんだろう。


 僕でも目星がついてたわけなのだから、おそらくは裏で徹底的にアリスの策略を潰してくれていたのではないか? 


 全く頭が下がる思いである。


 そんな、こんなで、僕の感想を付け加えるのならば、


 『僕が龍の足枷を夜の校庭で出したのを見てたんだろうな~』


 そんな感じ。


 え? 最初から犯人が分かっていたら手を打て! だって?


 いやいやいやいや、そんな事を言われても、旧時代のミステリー小説の主人公へのバッシングじゃあるまいし、ただの学生が憶測で他人を犯人呼ばわりするなんて、いくらなんでも非現実的な指摘じゃないかい?


 『疑わしきは罰せず』は基本であり、『十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ』の精神が重要なんだ。


 うん? 言い訳だって?


 もちろん、言い訳だよ? 


 さて、僕がアリスに伝えた言葉を、大まかに、簡単に、事実をオブラートに包んだ感じにしたのが上記の通りだ。


 僕の言葉を噛みしめ、彼女の体は震えていた。


 その震えは怒りからか?それとも羞恥心によるものか?

 さて――――


 「ところでサヲリさんは?どこかに待機させているのかい?」


 僕は隠れているであろうサヲリさんの姿を探した。


 ところがアリスが言うには


 「サヲリはいません。待機させていると言うのであれば私の部屋に」


 彼女の声は、彼女の体同様に震えていた。


 けど、僕は「ふ~ん」とそこに触れるつもりはなかった。


 むしろ、アリスの言葉を信じる事なんてせずに、より警戒心を強める。


 まさか、アリスが僕に正面から戦いを挑むなんて考えもしていなかったのだ。


 サヲリさんの姉であるミドリさんもアリスの協力者だったのだ。


 だったら、サヲリさんも事件について知らなかったわけであるまい。


 ならば――― ならば、サヲリさんの真骨頂である暗殺術を僕に振るおうと隠れ潜んでいるものだと思っていた。思い込んでいた。


 しかし、現実はちがった。


 アリスは単独で僕に挑むつもりだったのだ。


 

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