第109話 対峙する禍々しさ


 アリスの手には回復剤ポーションが握られていた。


 いや、正確には言うならば、回復剤の容器だ。中身まではわからない。


 飲むタイプの容器ではなく、直接体内へ注入するタイプ(僕がダンジョン初日に使った速攻性のやつ)。


 中身は、ドス黒い泥のようには半液体。 とても回復薬には見えない……


 いや、当たり前だろう。ただの回復剤なら、今、このタイミングで使用するはずがない。 


 「……それはなんだい?」


 僕に質問に対してアリスは何も答えない。 表情にも変化を見せず、無表情だった。


 ……そう言えば聞いた事がある。


 ポーションは『見た目からでも使用者に安心感を』と理由で着色されている。


 いや、そんな豆知識だか、都市伝説だか…… 今はどうでもいい。


 わかっているのはアリスが手にしているモノは回復剤ではなく、正体不明の薬品だ。


 さらに付け加えるならば、僕の位置まで伝わってくる禍々しさは、ただの薬品であるないと物語っている。


 アリスの手から取り上げる事も考えたが無理だ。 障害物が多すぎる。


 アリスは長椅子に座っている。 椅子と椅子の隙間は体を横にして通れる程度。


 体を横にして、蟹歩きで2~3歩進むだけで、アリスはいくつものアクションを起こす事が可能だろう。


 それに、すでにアリスはポーションを自分の首筋に当てている。


 「アリス、それが何かわからないが、直ぐに首から遠ざけて地面に置くんだ」


 僕は「それが何か」よりもアリスが「何をするつもりか」を危険視した。


 短剣を鞘に収めて、武装を解く。手の平を見せながら、ゆっくりを近づく。


 「サクラ様、ご存知でしょうか? 魔剣ロウ・クリムが放逐された理由を?」


 突然、クリムの話題を口にされ驚いた。一瞬、バレたのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。


 「不思議だと思いませんでしたか? 人間の代わりにダンジョン探索を目的にして作られた人造人間。探索者と魔剣と融合ハイブリッドの試作品であるはずの彼女が、どうして放逐されたのでしょか?」


 ……確かに


 僕はその理由をクリムから聞いていない。なにより彼女自身、知らない可能性がある。


 ん? 彼女の感覚だと、放逐されたと言うよりも、研究所から抜け出して来たって感じじゃなかったか?


 いや、だけれども……確かに妙だ。


 長年、彼女を観察したり、実験したり、育てていた研究所からお散歩気分で抜け出せるほど、セキュリティが貧弱なはずはない。国家プロジェクトの機関という事は、警護の人材もシュット学園の教師クラスだろ? 


 いや、違うのか。 クリムが学園に来た理由も、アリスに誘導された……


 それでもおかしい。 王族関係者であっても、国主導の研究サンプルを好き勝手、そこまで自由にできるはずがない。


 なるほど、なるほど。彼女の言う通りだ、


 考えれば、考えるほど、おかしな点が見つかる。


 だが、今はそんな事を考えているシュチエーションではない。


 僕自身の疑問は頭の隅に追いやる。


 今は、自分の感情を殺し、彼女が望んでいる解答を言い続けて時間を稼がないと。


 「わからないよ、アリス。どうしてなんだい? 答えを知っているなら教えてくれ」


 「不要になったからですよ」


 「ふ、不要に?」


 「そうです。不要なのです。私と同様に不要になったから……捨てられた。その原因となったのが……」


 「止めろ!」


 僕は、行く手を阻む椅子、その上に飛び乗ると駆けだした。


 けど、間に合わない。


 アリスの手にしている未知の薬品が、彼女の体内へ抽出されていく。


 回復剤ポーションの容器を僕が奪い取ったのは、中身の全てが空になった後だった。

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