第106話 襲撃者


 ただ通路を進む。 どこまでも真っ直ぐな通路だ。


 間もなく始まる授受式に人員が割かれているのか、1人として出くわさない。


 どうしてだろうか? どこまでも人工的な演出を施されている豪華絢爛な通路にダンジョンと同等の匂いを感じるのは?


 だから、僕は通路の明かりが消えても驚かった。


 ――――いる。それも背後に―――


 いつの間にか間合いは詰められている。


 僕の背後にピッタリと重なるようにソイツは存在している。


 そこまで近づかれても、なお気配が察するのが困難、希薄な存在だった。


 まるで幽霊。死人を相手にしているような感覚。


 だが、惑わされるな。相手は、間違いなく人間だ。


 僕は、前方へ飛ぶように大きく一歩踏み出す。


 ソイツ―――襲撃者と一歩分の間合いが開かれる。


 次の瞬間、放つは右回し蹴り。


 後方に立っているであろう襲撃者の顔面、それもこみかみテンプルを狙う。


 片足180度ターン。遠心力は十分過ぎる。


 そして、真っ直ぐに伸ばした僕の右足。その踵部分が当たるヒット。


 いや、違う。避けられた。 


 回転した僕の体が襲撃者と対面する。


 一瞬の情報伝達。 


 相手は、暗闇の中で黒マントを身につけている。


 どうやら、僕の踵が当たったのは顔を隠しているフード部分のようだ。


 僕は、さらに追撃を選択した。


 回し蹴りを放った右足が地面に着くよりも速く、左の片足で飛び上がる。


 空中二段蹴り


 そのまま、左足を襲撃者のアゴの部分へ跳ね上げた。


 襲撃者は上半身を反らして回避。


 「だが、狙いは!ここだぁ!」


 避けられるの想定済み。 


 空振りの左足は襲撃者の顔を隠しているフードに引っかかり――――


 そのまま、後方へ向け、顔から蹴り剥がす。


 時間にして3秒にも満たない攻撃。


 それだけで相手が相当な手練れだと理解できる。


 その相手の顔がチラリと見える。顕わになる襲撃者の顔と表情。


 しかし、襲撃者は一瞬で僕と距離を取ったと思うと、腕で顔を隠す。


 腕の隙間から見えるのは僅かな光のみ。


 光のみ? 顔から?


 どうやら、外から入り込む何かの光。 街灯だろうか? それとも夜空に輝く星々の瞬き?

 その極めて僅かな光が反射したのだ。


 反射? 何が? 


 それは、メガネだ。 メガネが反射している。

 嫌な汗が背中から滑り落ちていく。

 僕は彼を知っている。 だが、この場面で出会うとは思っていなかった。


 「君は……まだこんな事をしているのか?」


 僕は襲撃者に向かって呟く。


 彼はこのまま去って行くのだろう。


 僕はそう思った。だが、違った。


 彼は「パッチン」と指を鳴らす。 すると、火の玉が周囲に現れ、室内に明かりを照らす。


 明るくなった室内。 襲撃者は顔を隠していた腕を下ろす。


 メガネの下にはクッキリと刻まれた傷が見え、痛々しい。


 彼は―――


 「久しぶりだね。サクラくん」


 彼は、タナカくんだった。


 あの時、ダンジョンに赤い幽霊少女が現れると伝え、僕を騙そうとしていたタナカくん。


 意識不明の重体を負い、病室から姿を消したはずのタナカくんだ。


 『犯人』の共犯者であり、『犯人』に痛めつけられたはずなのに……


 タナカくんのこの日、この時間、このタイミングで現れ、僕を襲う。


 それは、まだ…… 彼は……


 それでも、まだ『犯人』に忠誠を誓っているのか! 殺されかけたのに!


 気がつけば、僕は心情をぶちまけていた。


 声に出してハッキリと。


 それをタナカくんは黙って聞いていた。


 「……」


 「……」


 やがて、僕の言葉は尽きた。 言いたい事は全て伝えた。


 しかし、タナカくんの表情は変わらない。彼は心は揺れなかった。

 やがて――――



 「こちらへ、我が主がお待ちです」


 僕は、もう……


 タナカくんについて行くしかなかった。

 

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