第86話 上層への避難


 僕は叫んでいた。


 「うわあああぁ!? なんだ?じ、地震?」 


 大地が揺れる。 


 いや、ダンジョンだから、大地って表現するのは間違いじゃないか?


 だとしたら、この場合はなんだ? 


 大地じゃなくて……いや、そんな事はどうでもいいじゃないか!


 あぁ、僕はパニックになっている。冷静な判断ができない。


 体が左右上下に激しく揺さぶられてる。


 ついさっき、ビックピッグの背中に飛び乗った時と同じような感覚が……


 感覚が…… 感覚が……


 ……ない!? 


 激しく揺れているのはダンジョンと僕の視線だけ。体に揺れを感じない。


 これは……一体?


 「何やってんだ?サクラ? 早く避難するぞ」


 「え?」


 そう言ったのはケンシだった。よく見れば彼の体は浮いていた。


 浮遊魔法だ。たぶん、ケンシの魔法。


 浮いているの彼だけではない。


 他のクラスメイト達も、そして僕自身の体も浮かんでいた。


 これで激しい揺れを気にせず、避難プランを落ち着いて考えられる。


 どうやら、パニック状態に陥っていたのは僕だけのようだ。


 確認のために、周囲を見渡すと先生が見えた。


 「どうしますか?」とサンボル先生とキク先生が相談していた。


 「揺れがおさまり次第、地上へ帰還しましょうか?」とキク先生。


 「いいえ、ここでは地上の状況まで確認できません。おそらく、ダンジョンへ潜っている全員が安全地帯の10層を最初に目指すでしょう」とサンボル先生。


 「なら、我々も10層へ向かい、他の生徒たちと合流。情報収集を優先に?」


 「そのプランでお願いします」


 地震は長く続いた。 このまま大地の揺れが止まらないのでは?


 そう考えてしまう時間だった。しかし、終わらない地震はない。


 「……揺れが止まった?」


 僕は他のクラスメイト達と顔を合わせる。


 そのまま、3秒ほど経過した。


 「それではみなさん!我々は10層の安全地帯へ移動します!」


 サンボル先生の声が合図になって、僕らの浮遊魔法が解かれる。


 その直後には「うわぁ」と驚きの声を漏らしてしまった。


 長時間、宙に浮いていたため、地面に足をついた瞬間にバランスを崩しそうになったからだ。


 そんな僕の様子を見て、ケンシは「遊んでないで行くぞ」と笑いながら言った。


 「……あいよ」と僕は答えた。


 素早く安全地帯の31層から撤退して、30層を走る。


 10層へ向かって集団で移動する流れになった。


 クラスメイト全員でダンジョンを移動するのは、ダンジョンに潜った最初の日以来だ。


 集団で行動する方が安全と考えがちだが、魔物から目立ってしょうがない。

 臆病な魔物は、集団を見れば逃げ出してしまうし、集団を襲うのは獰猛で気性の荒い魔物ばかり。

 危険な種類の魔物を呼び込んでしまうのだ。

 しかし、不思議な事に、僕ら集団を襲う魔物は現れなかった。

 不自然過ぎるほどに……


 強行軍で走り続けていくと、徐々に疲労が溜まってくる。

 まだ1層分の通過に関わらず、体の重さが如実に感じている。

 僕は「はぁ…はぁ…」と乱れた呼吸を整える。


 「なぁ、ケンシ。少し奇妙じゃないか?」

 「あん?なんだよ?」


 ケンシは苛立った口調で返事をした。


 「こんなにも、ダンジョンを進んでいるのに1匹も魔物と遭遇していない」

 「……」


 彼も異変に気付いていたのだろう。今度の返事は無言を返しただけだった。


 探索者のカンというやつだろうか? 漠然とした不安だけが徐々に膨れてくる。


 それも僕とケンシだけではなく、いつ間にか集団にも感染していた。


 奇妙な緊張感。それを切り裂いたのは……


 「きゃあああああぁぁぁ!」


 悲鳴だった。


 そいつは巨大な魔物。


 同時に皆が足を止める。悲鳴は集団の後ろ。


 集団後方に魔物の姿が見えた。魔物の襲撃だ。


 僕とケンシにとっては今日2回目の遭遇。


 レアな魔物で、本来は出会う確率が限りなく低いはずのビックピッグの登場!


 「ヤバい!」 


 僕は、反射的に駆け出してた。


 ビックピッグ相手に集団戦闘は不利だ。


 その助走をつけた突進は、いとも簡単に密集した集団を蹴散らす。


 急いで集団は散らばり、散兵で戦わなければいけない。


 しかし――――



 目の前に立つビックピックは、明らかに様子がおかしかった。

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