第69話 背中に生えた剣


 一体、いつの間に?


 俺は、気づかぬ内に構えを解いていた。


 それほどまでの驚き。目の前の光景が信じられなかった。


 今まで戦っていたはずの相手――――クリムの背中に大きな剣が突き刺さっている。


 誰が? 無意識に周囲を見渡すが、いるのは俺とクリムの2人だけだ。


 他の誰かが隠れている気配はない。


 そして、もちろん、俺は犯人ではない。


 考えられる可能性は――――


 戦いの最中に、俺にもクリムにも察しられる事もなく近づいた何者かが、剣を突き刺した?


 あるいは―――――


 気づかなかったのは俺だけで、俺と会う前にクリムは何者かに襲われ、すでにダメージを受けてる状態だった?


 どちらにしても、可能なのか?そんな事?


 他には――――


 事故だ。


 誰かが意図的にクリムを攻撃したのではなく、どこかに置いてあった剣が戦いの衝撃だったり、何かのアクシデントでクリムの背中に突く刺さった?


 瞬時に3つの可能性を思い浮かんだが、どれも正解とは思えなかった。


 いや、俺は、こんな時に何を考えているんだ?


 クリムの呼吸は乱れている。その表情は痛みが見て取れる。


 当たり前だ。背中に剣が刺さっているんだぞ。


 何を俺は、悠長に考え事なんか……そんな場合じゃないだろ。


 慌ててクリムに駆け寄る。 


 どうする? 下手に剣を抜いて、出血を増やすくらいなら、このまま安静にさせた方が正しいのか?


 不意にクリムと目があった。 彼女が何を思っているのかわからなかった。


 こんなにも苦しそうなのに……彼女は、彼女の目は訴えかけてくる。


 まだ、勝負はここからだ……と。


 「どうしたのかな? まだ、勝負はここからだよ!」


 実際に言うのかよ。


 思わず、そう言いかけてしまったが、状況を読んで口を出して突っ込むのは控えた。


 「まだ、戦うつもりなのかよ? そんな刺されているんだぞ!」


 「? 刺されている?  何の事かな?」


 「……え?」


 刺されている事に気づいていない。そんな馬鹿な。


 それなら、なんで?そんなに苦しそうなんだ?


 クリムの背中を目を凝らしてみる。


 大きな剣。 見ただけで内包されている魔力量の異常さがわかってしまう。


 間違いない。これは魔剣だ。


 大きすぎる魔力が漏れ出し、刀身の周りでは空気が歪んでいる。



 気づけば、クリムは立ち上がり、今にも俺に向かって飛びかかってきそうだ。


 しかし、俺の方はクリムと戦う心構えが取れないでいた。


 脳裏には、多くの疑問符が飛び交い、とても集中できる状態ではなくなっている。 


 ……おかしい。 なにかが、おかしい。


 戦っていた相手の背中に、気づかぬ間に剣が刺さっていた。


 その異常状態で何かを見落としている。


 その禍々しい魔剣の存在。それに目をやるばかり、見落としている何かが違和感を生じている。


 その違和感は何か?


 その……


 「血が流れていない?」


 そうだ。クリムに近づく事で、その違和感の正体がわかった。


 クリムの背中。剣が生えている部分からクリムの血が流れていない。


 つまりそれは…… 


 クリムは何者かの攻撃によって、背後に剣を刺されたわけではない証拠だった。


 では、この状況は、どういう事なのか?


 それは――――


 僕はある人の話を思い出していた。

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