第19話 別れ 帰還 謝罪 疑惑


 『本当にいいのですか?ダンジョンの外じゃなくて?』


 「あぁ、構わないよ。ダンジョン内で行方不明になった僕がダンジョンの外で発見されたら、必要以上に疑われたりするだろうから」



 1層まで送り届けてくれれば自力で帰還できる。そのくらいの実力はあるつもりだ。


 しかし、僕の返答にドラゴンは首を捻る。



 『それじゃ、サクラさんは、この邂逅を秘密にするのですか? 折角、1層から348層まで移動する手段が見つかったって言うのに?』



 ドラゴンの言う通りだ。 だが、僕はこのアイテム――――『竜の足枷』を人に教えるつもりはない。


 僕の実力にすぎる武器アイテムだし、身の丈に合わない武器は他人から狙われやすい。

 武器自身も…… あるいは所有者の命も…… だから、僕はこの武器を秘匿する。


 それに、僕の体験談は、他人が聞いたら酷く荒唐無稽な内容でしかない。


 果たして、信じる人間が1人でもいうのだろうか?


 それらの事から、僕はダンジョン内の出来事を他言にしないと決意を固めた。


 もしも、この事を他人に話すならば――――ドラゴンから受け取った武器に相応しい人間になった時だけだ。 


 ……もっとも、簡単に348層に人類がたどり着けるようになったとしても、その階層を進むほどの力を人類は有していない。 


 それが一番の理由…… もちろん、今はまだ……   



 「うん、それは僕らにとって、まだ早すぎるだろうからね」



 僕は、そう呟いた。 


 ドラゴンも、それだけで理解したのか『……そうですか』と、どこか悲しげだった。


 『それでは、いきますよ!』


 ドラゴンの魔力が一ヶ所に集まっていく。


 まるで世界の物理法則が、大きくねじ曲がり、乱れていくような魔力。


 やがて、空間が乱れに乱れて、扉が生まれた。



 『さて、サクラくん。この扉をくぐれば、貴方の日常へ戻れます』



 ドラゴンの言葉に、おもわず僕は笑う。 そんな僕をドラゴンはキョトンとした様子で見る。



 「最後に教えてあげるよ。僕らの――――いや、僕ら探索者の日常は、ここダンジョンを指すんだよ」



 そう言って僕は、扉を開いて潜り抜けていく。


 その背後から、ドラゴンの声。 僕の言葉が気に入ったらしく、笑い声が混じっていた。



 『それでは、また。いつか再びお会いいたしましょう』



 それは、今度は実力で来い。ここ500層まで……そういう意味だ。


 可能性は0に等しい。 けど――――僕は頷いてみせた。



 「あぁ、また会う。絶対に!」



 そう言ってドラゴン親子と別れを済ませた。



 1層に到着した僕は、すぐさま捜索隊に発見され学園に戻る事ができた。


 そして次の日――――


 場所は医務室。 発見直後から異常はないか精密検査が行われていた。


 そんな場所で大きな声が響いた。



 「すまなかった!」



 その声の主は、オム・オントだった。


 彼は、頭を下げて微動だにしない。 



 「お前を編成から連れ出し、こんな事にあわせてしまった。それも、俺のくだらぬ矜持なんかのために」



 よほど力を込めているのだろう。唇の端から赤い滴が零れ落ちている。


 いや、唇だけではない。強く、強く握りしめた拳から血が流れ落ちている。


 そんな彼を、僕は慌てて止めた。



 「いや、僕が崖から落ちた後、君が尽力を注いでくれた事は聞いているよ」



 彼は自らも探索チームに志願してダンジョン内を駆けまわったそうだ。


 それだけではなく、自分の家にも協力を仰いだ。


 国家管理下の探索者養成機関であるシュット学園に、国家指定ダンジョン貴族の介入を強行しようとしていたらしい。


 同じ国家の元で働く組織であれ、全く違う命令系統の組織に連携を取らせようと走り回っていたという。


 実現すれば、危なく歴史が動く所だった。


 そんな大仕事に挑んだ彼は、実際にダンジョン内で遭難した僕以上に疲弊して見える。

 しかし――――



 「すまない……本当にすまない……」



 当の本人は謝罪を止めるつもりはないみたいだ。 ……どうしたものか?


 その後、検査報告のために来た教員によって、オントは追い出されるまで、彼の謝罪は続くのだった。



 「――――さて」と医務室の教員は椅子に腰かける。


 長髪を後ろにまとめた髪型は印象的な先生だ。


 本当に20代なのか?疑ってしまうほどの童顔。 それでいて整った顔立ちで女子生徒から人気が高い。


 名前はなんだったか? 確か――――


 「……キク」


 僕は、何を言われたのかわからず、「え?」と聞き返した。


 「本名を覚える必要はない。名前がわからないならキクとだけ呼べ」


 「あっ、はい、……キク……先生?」


 「……」


 彼は無言で資料らしい羊皮紙を巡っている。


 そんな重い空気感に耐え切れず、「あ、あのキク先生?」と聞いてみた。


 すると、彼は一言だけ発した。 「わからん」とだけ。


 続けてキク先生は質問をしてきた。


 「お前、本当は、あのダンジョンで何があった?」 

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