第12話 奇襲 感じるは確かなる死

 オントの背後を狙って襲い掛かってくる魔物。

 それを確認した僕は――――



 「危ない!」



 と叫ぶと同時に、オントと交わした固い握手を解き、



 たんっ! と両足で大地を蹴る。



 視線から入り込んでくる情報量。 授業で習った記憶が呼び起こされる。


 魔物の正体は————



 大コウモリ



 1層最強の魔物と言われている。


 天敵がいない1層に住み着いたのが原因で体が巨大化したと言われている。


 大きさは僕の身長の半分くらいだ。 まん丸な体……過剰な栄養摂取による肥満体。


 羽は退化して、自力で飛ぶ事はできなくなっている。


 退化した羽と足を使い、器用にも高所に登り、落下して獲物へ襲い掛かってくる。



 避けられ、地面に墜落してもゴム毬のように跳ね上り、敵との距離を取って撤退する。


 攻撃を行う箇所は、申し訳程度に生えている牙と退化した羽の端にある爪。


 それ自体に高い攻撃力はないが、大量の雑菌が発生しており、傷を負ったまま放置していくと体の壊死へ繋がる。



 そんな魔物が相手。


 僕は恐れを忘れ、背後の短剣を抜き、魔物へ剣先を向ける。


 しかし――――



 「ぐげぇっ!」と僕の口から漏れた音はカエルが潰される瞬間に上げる鳴き声みたいだった。


 何者かが、僕の背後から首根っこを掴んだのだ。


 全力で飛び出した僕の体を、それだけで停止させる。そして、背後の人物は、こう言った。



 「おいおい、誰を庇ってるんだ? 俺の名前は―――― オム・オントだぜ?」



 オントは、僕を引き留めたかと思うと、一瞬で僕の体が移動させられる。


 オントと僕、互いの立ち位置が交換させられた。

 でも――――



 「ダメだ。君の武器は――――まだ!」



 僕は叫んだ。


 オントは、僕との会話を交わすため、武装を解除している。


 彼の愛剣は、今も地面に置かれているまま――――つまり、今のオントは無手だ。


 しかし、次の光景は、僕に取って信じられないものだった。



 「オラッ!」



 オントは裂帛の気合を上げ、固めた拳を大コウモリへ叩き込んでいた。


 硬い物同士がぶつかり合ったような音が鳴り、大コウモリは吹き飛んで行った。


 信じられない光景だ!


 高所から飛び降りても、ダメージを負わないはずの魔物が、明らかな打撃音をあげて吹き飛ばされていったんだから……


 「なんで?」と僕は思わず呟いた。


 唖然とする僕はオントは



 「コツがあるんだよ。 弾力がある体でも爪や牙があるんだから、打撃が有効な場所もあってだな。そこへコイツを叩き込んだ」



 オントは、自慢するかのように自身の拳を見せつけた。


 見せつけながらも「後で教えてやるよ」と照れるように言葉を付け加えた。



 「やっぱり、君は凄いなぁ」と、つい本音がポロリと零れ落ちる。


 「ヘッ その俺に勝った奴が何言ってやがるよ」



 オントはそう言うけど、僕は首を横に振って否定する。


 あれは、あの戦いは、決闘ではなく、殺し合いでもなく……ひょっとしたら試合ですらなかったかもしれない。


 だから、僕でも勝つ事が出来たのだと。そう伝えた。


 オントは「お前は、ゴチャゴチャと考えすぎだ」と苦笑を浮かべた。

 そうして……



 僕の脳は、全ての思考を破棄した。


 そうして出た言葉は今日、二度目の叫び声。



 「危ない!」



 オントを強く突き飛ばす。


 彼がいた場所へ、高速で通過する存在があった。


 新たな魔物。 二匹目の大コウモリ。



 次の瞬間――――


 僕が感じたのは強い衝撃。そして、次に感じたのは激しい痛み。最後に感じたのは浮遊感。


 大コウモリの体当たりを、まともに喰らってしまった。


 視線の先、弾き飛ばされる方向には――――


 断崖絶壁。



 次に見えたのは、手を伸ばし、飛びつくような姿勢でこちらに向かって来るオントの姿。


 僕は、彼が伸ばし手を握り返そうと、手を伸ばす。


 しかし、互いの手は重なり合う事は叶わなかった。



 落下。 地面が見えぬ奈落へ。



 死――――


 感じるのは逃げようのない――――



 確かなる死だった。 



 最後に見たのはオントの表情。 絶望に染められた表情だった。


 そして、最後に聞いた音が彼の声。



 「だから、なんでお前が俺を庇うんだ! 逆だろうが! 馬鹿野郎おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」



 それは雄たけびのようで、悲痛な叫びだった。


 きっと彼には聞こえない。けど――――


 「ごめん」と僕は呟いた。


 


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