第4話 嫌いなわけ 戦いの目的と理由とは~

 ぜっ―――― はぁ――――はぁ―――

  ぜっ―――― はぁ――――はぁ―――


 呼吸の乱れが大きくなっていく。


 血液の循環を司る器官が悲鳴を上げている。



 「ま、まさか、ここまで隙がないとは……想定外だ」



 流石に悪態をついた。


 今、僕は甲冑を背中に、もたれ掛かかる。


 校庭の一角、剣戟の練習に使われる打ち込み用の甲冑だ。


 オントの投擲から逃げ回り、何とか呼吸を整えれる。


 乱れた呼吸を無理やり止める。次に大量の酸素を吸い込む。



 1秒、2秒、3秒……



 呼吸を限界まで止め、できるだけ時間をかけて、息を吐き出す。


 大分、楽になってきた。心肺機能によるスタミナは、まだ大丈夫。


 僕がオントよりも優れている点はスタミナだ。けれども……



 衝撃。



 背にした甲冑から衝撃が伝わる。一瞬、意図しない攻撃に思考が停止してしまった。


 打ち込み用の甲冑には、衝撃を分散する魔法が仕掛けられている。


 それを上回り、甲冑越しの僕に衝撃を……化け物か!


 僕は再び駆け出す。その背後に鎖の金属音が鳴り響く。


 どうする? どうする? 考えがまとまらない。


 前方にはクラスメイト達。僕は考える間もなく、座っているクラスメイトの群れに走っていく。



 「馬鹿! こっちこんな!」


 「みんな逃げろ! 馬鹿が突っ込んでいるぞ!」


 「うわぁーうわぁー!」



 こっちは必死だ。そんな声は聞こえない。


 うん……聞こえない。 だったら――――


 そのまま、突っ込む!


 「ぎゃぁ! 追い出せ! 追い出せ!」


 「押せ! 出せ!」



 大声で、複数人に猛プッシュされる。


 流石のオントもクラスメイトに向けて、無差別な攻撃はしてこないみたいだ。


 もみくちゃにされている間、体を脱力させる。


 僅かながらも体力回復に努める。 



 「……出てこい サクラ」 



 オントの怒声。決して大声ではないが―――― 

 

 体の奥底にまで響く声。


 騒いでいたクラスメイト達は、一斉に騒ぎを止める。



 「出て来いよ……サクラ。俺が、お前の事が心底、嫌いな理由はそこだよ」


 「そこ……だって?」


 僕は、押し出される事もなく、自分の足でクラスメイト達の列から出る。


 僕の身を守るものは、何もない。無防備と言ってもいい。


 そんな僕に、オントは攻撃の手を止めて、言う。



 「お前はいつもそうだった。作戦とか、戦略とか、あるいは技と言って、人を出し抜く行為を考える卑怯者だ」


 「卑怯者……勝つための努力が卑怯って事なのかい?」



 僕は心底意外だった。


 作戦や戦略はまだわかるにしても……戦うための技を否定されるとは思ってもいなかったのだ。


 そんな僕の反応に彼は落胆したかのように深いため息をつく。わざとらしいため息だ。



 「お前は、何を目指している?人と戦う闘技者でも目指しているのか?違うだろ?お前が……

 いや、俺たちが目指しているのは、探索者だ!」


 「―――――――ッッッ!?」



 僕は何も言い返せなかった。


 彼の言葉の意味が、すぐにわかってしまい……言い返す言葉がなかった。



 「探索者に必要なものは!自分の力で困難ダンジョンを克服する力。人間に対する技術……対人の技では断じてない!想定すべき敵は人ではなく魔物でなければならない!」



 オントは続ける。



 「きっと……きっと、お前はこの戦いに向けて、努力してきたのだろう。だが、それは俺との戦いを想定しただけもの。目的をはき違えるな! 努力をした? はっ? ダンジョンに立ち向かうための努力以外は、俺たちに取っては努力って言わないんだ!」


 「―――――――くっ!」



 確かに、確かに……その通りだ。


 戦いの直前、彼の言葉―――― 



 『俺はお前の努力を認めない。お前が俺に勝ったとしても認めない。お前の努力は無駄な努力だ』


 あぁ、その通りだ。僕たちは探索者になるためにここにいる。


 闘技者になるためにいるわけじゃない。


 だから、ダンジョンに対する力――――生き残り、そして勝利するための地力を養わなければいけない。


 それ以外の努力は無駄なんだ。


 ―――――正論だ。


 けれども―――――


 ……本当に? 本当にそうか?


 僕は自分に問いかける。


 彼の言葉は、僕の感情に突き刺さった。心が折れ、負けを認めてしまいたい。


 体から力が抜け去り、気がつくと両膝が地面についていた。


 でも、なんだ? 僕の感情に残っているモヤモヤは?


 僕は持っているのか? 彼の言葉は否定する力を?



 それを僕は――――かき集めて――――言葉へ変える!



 「確かに―――確かに正しい。君の言葉は正しい。けれども……」


 僕は立ち上がる。


 普段、自分の中に眠っている感情を―――闘志を叩き起こし、言葉に載せる。



 「ダンジョンでは自分の力が通じない相手もいる。それでも―――――例え、どんな方法を使っても――――その困難を打破しなければならない時がある。

 それが、僕に取っての『今』だ! 

 そして―――君を『今』打破する。それも、また……君というダンジョンを打破する事であり……

 そう!この戦いも、ダンジョンで戦い続ける事を想定しての戦いなんだ!」



 感情のままに出した言葉は、自分でも拙さがわかってしまう。


 僕の言葉は無茶苦茶だ。無茶苦茶な事を言っている。


 けど、これは僕の本心であり、この戦いの理由でもある。


 それに対してオントは――――驚いていた。 目を見開き、見てわかるほどの驚きだった。



 「まさか、俺自身をダンジョンに例えるとは……初めて、お前の事を面白いと思った」



 彼は、驚きの表情を変化させ、笑みを浮かべていた。


 僕は初めてオントの笑みを見たような錯覚に陥る。


 なんとなく、僕は―――――


 彼の笑みを見ながら、決着が近いと予感した。 

  

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