ラインハルトに憧れて(一部終了 休止)

白川津 中々

一部

第1話

 元来より人一倍間が抜けている俺はどうにも恥をかかずに生きるのが苦手であった。

 自覚が生まれたのは幼稚園の頃。どれだけ気を使っていても階段から足を踏み外したり教育の一環でやらされていた踊りのパートを間違えたり平仮名の「な」を反転させて書いてしまったりケイドロで囮捜査に引っかかったりと、ともかく散々なやらかしをしでかし、その度にしょげ返って枕を濡らし朝日を憎んでいたのだった。染み付いた間抜けはついぞ治る事なく今に至る。当然、小中高校時代も相応に間抜けていて何かと要らぬ問題を起こしていた。

 中でも傑作なのは習い事で続けていた空手の稽古途中に起こったでき事である。

 それは中学の頃。よくある話で、通っていた道場(テナントビル3階にあった)には嫌な兄弟子がおり、これもよくある話なのだが、そいつはまったく嫌な人間に相違なく、「俺以外は皆下郎」と威張り倒しに倒し、随分と横暴な態度で下の者たちに接していたのだった。パシリや恐喝は当たり前。酷い時には暴力による制裁をも笑いながら決行する屑of屑のバリバリアウトサイダーな人種。絶対に近付きたくない輩。

 そんな奴がある日、同門の女にグーで腹パンと洒落込んだものだからブチギレ案件。俺はその冷酷非道な行為を目にした時、一間を置き兄弟子へダッシュ&ダッシュ。尋常なる勝負を挑みたく候と果敢に戦を挑んだ結果、右腕靭帯の損傷と内臓の一部がやられてしまう不覚を取った。南無三である。

 これが決闘の末に負った負傷なれば名誉ともなったのだが残念ながらそうもいかなかった。俺は件の兄弟子にダッシュタックルにて組み付きを試みるも避けざまに足払いをかまされ、その先にある窓に激突しガラスを割って快晴の世界に発射オーライ。地面にハグっとダイハード。グッバイ健常と相成ったのだ。つまらぬ事で一生ものの傷をつけた俺は空手道を引退。以後、後遺症に悩まされる。


 このように俺の人生には洒落になったりならなかったりする失敗談が多々ある。これまで刻まれてきた青春のページには、すべて「やらかした」の一言が付いているわけで、それはもう損のしっぱなし。割りを食いっぱなしの人生であり、現在進行形で大変に難儀な生き方を強いられているわけなのだが、それについて悲観して挑戦するのを戸惑ったり人生を放棄するような忸怩じくじる真似はしなかった。間抜けは間抜けらしく目立たぬよう影でひっそり暮らしていれば良いのだが、そうもいかぬ理由が俺にはある。そう。あるのだ。



 銀河英雄伝説。通称、銀英伝という作品がある。

 時は未来。場所は宇宙。帝国と同盟に別れ争う戦乱の世を描いた田中秀樹によるスペースオペラの大傑作であり、完結から30年以上経った今でも多くのファンから愛され支持されているアニメ化もされた長編小説なのだが、その銀英伝にラインハルト・フォン・ローエングラム(旧姓ミューゼル)というキャラクターがいる。

 ラインハルトの性格は激情家であり「戦いを好む人となり」と称されるほど闘争に生きる人物である。事実、銀英伝の半分はラインハルトの戦いを描いたものであり、彼は自身の思う覇道を成さんと銀河の歴史を血でしたためていたわけなのだが、決して戦闘狂の野蛮な人物というわけではない。ラインハルトが戦う理由は奪われた物を取り返す為であり、また、無二の友と交わした約束の為なのだ。

 ラインハルトは戦いにおいて策略や諜報こそ巡らせるも粗暴も野蛮も卑劣もなかった。気品高く公平であり、敵であろうと認めるべきを認め敬意を払う度量を持つ。まさしく王の器に相応しく、物語の中では銀河を平定し皇帝にもなった英雄である。


 そんなラインハルトと銀英伝に出会ったのは俺が幼稚園の頃。例に違わず機を失して恥をかきしょぼくれて帰宅すると、従兄弟である郡山こおりやあんちゃんがリビングで父とテレビを観ていた。なんだろと思い静かに覗くと、 マーラーが流れる中宇宙空間で巨大戦艦がドンパチをやっていたのだった。銀英伝OVAを、ぶっ通しで二人は観ていたのだ。


 凄い……凄いの一言に尽きる……


 圧巻の迫力と匂い立つ壮大な背景。一眼に映っただけで引き込まれる完成度の高さ。俺はいつの間兄ちゃんと父の間に挟まり、用意されたチーズやらを齧りながら魅入ってしまったのだが、その折にこんな台詞が聞こえた。


「我に余剰戦力なし。そこで戦死せよ」と。


 とんでもない事を言う奴だなというのが第一印象である。が、この黄金の頭髪と氷の色の瞳をを持つキャラクター。不思議な事に、話が進めば進むほど魅力引き立ち俺に勇気を与えてくれるのだ。


 ジーク……カイザー……



 気がつけば讃える。眼前に映るは金色こんじきの獅子であった。素晴らしきかなマインカイザー。煌めく偉大な巨星は幼い軟弱者を奮い立たせたのだ。


 以来、俺の心にはラインハルトが住み着き語りかける。辛い時、苦しい時、逃げ出したい時。泣きたい時。惰弱の一端が顔を見せる時、俺の中のラインハルトがそう問いかけるのだ。


「卿はそれでいいのか」


 と。


 何をつまらぬ事でくよくよとしているのか。仰ぎ観よ。誉れ高き我が皇帝を!


 挫けそうな事多々あった。見て見ぬ振りして情けない愚行をしでかそうとする事が余りに多かった。

 だが、俺にはラインハルトがいたのだ。であれば、無様を晒すわけにはいかなかった。

 例の空手の兄弟子に挑んだのもそういった理由があったからだ。あの時も、女を見捨てて自分だけが無事でいようという破廉恥に至りそうになった俺をラインハルトが咎めたのだ。



「卿はそれでいいのか」



 結果として兄弟子に一矢報いる事もなく受動的な自爆を仕ったわけだが、その後、それまでの態度が明るみとなり兄弟子は破門。殴られていた女からは「ありがとうございました助かりましたすみません」と、機械的な礼を述べられた。怪我の功名である。それ以上に何かあったわけではなかったが、少しばかり自分の行いを肯定できた。


 しかし、やらかした俺は空手を辞めねばならなず、そもそも身体を動かすのにさえ少しばかり難儀をするようになったので勉学に励み光明を求めた。親も担任も「馬鹿がなにをやっているのか」と呆れていたが、馬鹿が馬鹿なりに机に向かったところ何とか進学高校に受かり、中堅国立大学へと歩を進めたのであった。途中、挫折する度に「卿はそれでいいのか」と問うラインハルトの言葉に奮起し、70時間の耐久暗記の荒業を達成したのは良い思い出である。合格が決まった際に親が放った「馬鹿も馬鹿にしたもんじゃないわね」という侮蔑には腹が立ったが、思ったよりも多く仕送りをしてくれるとの事で刃を収めた。金に生きるつもりはないが生きる為には金が必要なのだ。この時ばかりは流石のラインハルトも黙っていたから、まぁ問題ないだろう。


 こうして俺は晴れて胸を張れる大学生となったわけで、学生ならば更に勤勉かつ有意義に時を過ごさねばならぬと講義においては無遅刻無欠席。親をあてにするばかりでは気が引ける為アルバイトをもこなし、ついに今日こんにち3年目の春を迎えたのであった。

 必須単位は履修済み。金もある。さて、何をしようかというのが現状の悩み。実のところ、さりとて目的もなく進学した為に時間を持て余しているのも俺らしい間抜け。どうしたものかと思案思考。酒や女やギャンブルに溺れるなど論外だし、旅も行く当てがなくては面白くない。ただ無為に過ぎていく時間に焦燥する毎日。何かしたい。何がしたい。何ができる。自問自答。


「卿はそれでいいのか」


 そう問うラインハルトに、俺は口をつぐむ。どうしたものかと頭を捻るも馬鹿の考え休むに似たり。ただ卓に置かれた茶が冷えるだけでどうしようもない。


「卿はそれでいいのか」


 よくはない。が、糸口は未だ見つからず。楽焼を啜る。緩くなったお茶が、何とも間抜けであった。

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