佐藤小夜の視点2
坂倉からの電話が切れてニ時間経った今、ようやく事態は進展しようとしていた。それは、商店街の壁に描かれた数字によるものだった。
『6+1 6+2+13 9+5 8+3+13 7』
一見、支離滅裂な数字群に私は見覚えがあった。
『手旗信号』。自衛隊員がよく使う暗号だ。坂倉に貸した出鱈目の転生小説に出ていたっけ。
確か、6+1は『み』。13は濁点。6+2は『き』。
「みぎまがれ……。」
言われたとおりに右に曲がる。その先には、手旗信号が列をなして、まるでムカデのように続いていた。それを追って走る。
『ひだりだ』
『まっすぐ』
『そのアパートだ』
『にかいだ』
『「203」だ』
辿る先に見えたその部屋は、暗くて、なんだか恐かった。それでも最後の数字は、小夜に、部屋に入る決心をさせた。
『ありがとう。なかはいれ』
ドアノブに手をかける。その瞬間、バイブレーションが響いて驚いた。短い嗚咽を垂れ流す。少しの吐き気が襲う。しばらく音を聞いていなかったから、余計に怖い。
バイブレーションの発信源は携帯だった。坂倉からの電話だ。何かつかめたのだろうか。というか、さっき、何で途中で電話を切ったのか。そこをまず聞かないと。
『あの、もしもし』
弱々しい坂倉の声が届く。私は疑問を吐き出す。
「ねぇ、なんでさっきは電話切ったの?」
『ごめん……さっきから、頭が痛くて。…あのさ、』
「なに?」
『三年後、さ、なんか、市名が変わるって話、あったじゃんか』
「うん」
『あれ…木ノ木市だった…。』
え?
「ちょちょ、いくら何でも、三年後の市名をとる商店街なんてある?」
『あのさ、小夜、』
「なに?」
か細い声がさらにか細くなって、まるで吐血が止まらず死期を悟ったような声で坂倉は続ける。
『小夜ってさ……だれ?』
「は?」
『…ごめん、さっきから、小夜って、誰だったのかよく分かんなくてさ、小夜の机もさっき撤去されちゃったし。小夜と一緒の記憶も、なんか曖昧でさ。あの、さ、小夜って、ほんとは誰なの?』
…いや、いやいやいや、私は、私だ。…よね?
「ちょっと、しっかりしてよ!私は佐藤小夜。あんたの同期じゃんか!」
『あああああ!うるさいな!私の同期は黒岩と長嶺だけだよ!誰だよてめぇ!』
「え、ちょ、待って」
『私は仕事で忙しいんだよ!次かけてきたらぶっ殺すぞ!』
「そんな」
『小夜だぁ? んな人間、生まれてこの方会っちゃいねぇよ!』
ガチャン。
電子音が、ツー、ツー、ツーと鳴る。
これが、頭が真っ白という状況なのか。何も考えられない。何が起きている?坂倉に、一体何が?
しばらく呆然としていた。ため息も出なかった。とりあえず、この部屋に入ろう。入れば、何か分かる気がした。
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