守護英雄、新たなる旅へ出発

「まさか守護英雄様を私の事務所にお迎えする事になるとは思いませんでしたわ」

「今日はよろしくお願いしますと言っても、本当に専門的な事はさっぱりですが」


 小倉と別れて数日、帝都の色々な資産運用を専門にする事務所を見て回り話を聞き回り、今日この事務所に資産を預ける事にした、メイプル調査事務所。


 所長のメイプルさんはいかにも人生経験豊富な老婆と言った感じ、俺はそんな老婆を前にして通帳といくつかの書類と共に椅子に腰かけていた。事務所には数名の女性所員が書類を持ち忙しなく動いている、この事務所は女性が中心で構成されており、浮気や不倫といった、男女関係を中心とした調査をしていると聞いた。


 そして女性と言う立場を利用した商人の信用調査や資産調査等をする。そしてそれを基にしてメイプルさんは預かった資産を投資して一定の実績を重ねているとか。


「でも、なんで私のような年寄りに資産を預けに?」

「回るうちにジェイクと言う男に聞いた話を思い出しまして、曰く俺の婆ちゃんは凄い人だ、少し聞いただけでどんな事でも事務所にいるってのに、その場にいるみたいに指示を出せるんだと、そしてその名前はメイプルだとも、最期まで勇敢な男でした」

「ジェイクにでしたか、それではジェイクの言葉を嘘にしないためにも守護英雄様の資産しっかりお預り致します」


 ジェイク、俺が戦場で会った一人の青年、祖母を尊敬しておりそんな祖母の事務所を継ぎたいと言いながら、俺と共に戦った仲間の一人、しかしとある戦場で公国の奇襲を受けジェイクは槍に貫かれ戦死してしまった、俺も腹を斬られ大けがを負った。厳しい戦であった、その事を話せばメイプルさんは俺に目を向けそう言ってくれる。


「額の方ですが、これで十分でしょうか?」

「十二分です、後はいくつか書類の手続きなどをして頂く必要がございます」

「はい、こちらに置かれてる物ですよね、結構大変なんですね」

「これらが出来ましたら終わりです、報告書等は郵送でお送りいたしますね」

「…………はい、書類はこれでどうでしょう」


 通帳をメイプルさんに見せればお墨付きを頂けたので用意された書類の必要事項を書き連ねていく、他にもいくつかの書類に目を通し昼が過ぎる所でようやく終わる。

長い投資の書類を書き終わって軽く伸びをしながら外に出る、秋晴れが心地よい。


「ただいまー……」

「あ、おとさんお帰りー」

「あ、お帰りなさい、清孝さん」

「なんだ来てたのか」

「はい、エルちゃんとLIGHTBIRDの記録魔法水晶聞いてましたー」


 家に戻って来ればエルとリンが出迎えてくれる、誰でも連れてきて構わんとエルに言ってからこの家にはリンや近所の子供が遊びに来る。毎日賑やかな我が家である。


「今日、投資の話をしてきた、数日休んでからまた旅に出る予定だ」

「また、旅に出るんですか、次はどちらに?」

「南部に行くつもりだ」

「と言う事は秋季ダービーですね、マルコも見に行くって言ってましたよ」

「お馬さん見に行くの楽しみー!」


 次に向かう予定地についてリンに聞かれ答えればマルコも喫茶店の仕事を休ませて貰い秋季ダービー菊花賞だけでも現地で見に行くと言ってるそうだ。

俺は千堂の見舞いと言う事もあり、ダービーの始まる前に行く予定だが、現地で会う事もあるかもしれんな、その時は千堂とマルコを合わせてもいいかもしれんな。

きっと喜ぶことだろう。


「そういえば、南部と言えば結構苦戦してるみたいですね、南部の開拓」

「ふむ、小人樹海か」

「そうそこです、あそこ等辺はまだ魔獣が出てくるそうですし、そうじゃなくても

小人の案内が無いと道に迷う難所というお話でしょう」

「そうだな」


 ソファーに座りマルコに借りた雑誌を眺めダービーの前情報を確認しようとした俺にリンが話しかけてくる、話題と言えば南部の開拓前線の事だ。南部のヘルパッカ領の先には人智未踏の樹海が続いている、現在ジークハルト帝国の傭兵の仕事場はほぼこの樹海の魔獣の退治や探索と開拓となっている。


 この地の開拓は女神の勇者三名が相互に協力し行っているとラジオで流れていたな、うちのクラスの体育会系の三人が傭兵団を上手くまとめ上げ

開拓は順調……でも無いらしい、というのもこの森には帝国が入る以前より住み着いている原住民族、手のひらに乗る程に小さき人々、小人族が住んでいるのだ。


 帝国に対して彼らは思いのほか友好的で樹海の開拓にも自分たちの生活する区域と権利さえ認めさえしてくれれば不干渉どころかある程度の協力をすると言った。帝国は他種族との共存、共生を是とする国だ、それを約束し相互協力の下で探索は行われている、のだが小人族は種族の特徴ゆえ魔獣との戦いは不得手、だが彼らの手を借りない事には樹海で迷う事は必至。結果、探索は遅々として進まないという訳だ。


「折角だし三人にも挨拶をしにいくとするか」

「おとさんのお友達に会いに行くのも楽しみ!」

「そうか……快晴号の様子を見て来る」

「いってらっしゃーい」


 リンとの話にも一区切りついた所で預けている快晴号の様子を見に行く事に。

あの後、店先に置くのは迷惑だとウランさんに言われたので近くの宿屋で馬小屋だけを借りて世話代などを出してそこに快晴号を預けている。案外ジルがかかってしまうが快晴号を野ざらしにしたり、処分してしまうと言うのも俺には出来ずこの方法しか考えつかなかった。


「おい、快晴号の様子を見に来たんだが」

「あ、清孝様……その、こちらからお呼びしようと思ってまして」

「快晴号に何かあったのか? よもや怪我をさせた訳じゃなかろうな」

「その、私が来た時にはいつのまに……」

「なにっ!? どけっ!」


 馬小屋に入ってみれば世話役の男が眉をへの字に曲げ俺に申し訳なさそうに話かけてくる。快晴号の足を不手際で折ったとかなら承知しないと言う前に、彼の言葉に俺は男を突き飛ばし快晴号が休む場所に走り寄る、そこには目を瞑り横たわる快晴号がいた…………おい、どうした?


「何を寝てるんだ快晴号、俺だぞ、いつものように擦り寄ってこい」

「その……ご飯をあげようと近づいても反応が無くて、医者に見せた所……」

「おいおい、寝坊か? 俺を5年も載せて来た名馬、快晴号が?」

「医者の見立てでは特に病気等は見当たらずおそらく老衰との事で……」

「黙ってろ! おい、とっとと起きろ! また俺を乗せて走れ!」

「清孝様、他の馬が怯えますから、その……落ち着いてください」

「うるせぇ! おいおい、まだお前には走って貰わないとなんだよ!」

「馬だって生き物です、特に快晴号は戦場で清孝様と共に大層ご無理をなさったのでしょう、静かに眠らせてやりましょう……ね」

「……ああ、そうか……ああ」


 快晴号が逝ってしまった、晴天号の変わりにと譲り受け共に公国戦争で戦って来た戦友にして相棒、そして良き友にして愛する馬、その日はショックで何にも手をつけれず、部屋のベッドに倒れ込み寝てしまった。後日、日を改め、快晴号を弔った。


「快晴号……」

「おとさん、快晴号さんも眠っちゃったの」

「そうだ」

「どこに行ったのかな? おとさんのお友達と同じところかな?」

「さぁな」


 弔い終わった快晴号の遺骨の入った墓にエルと手を合わせて祈る、本当に死んだらどこに行くのだろうか、天国か地獄か、それとも人知の思い至らぬ場所か。

それを知るには死ぬほかにない、だが…………


「簡単には死ねないよな」

「おとさん?」

「行こう、明日は出発だ、楽しい事がいっぱいの旅の再開だ」

「……うん」


 まだまだ死ねない、それこそ死んでいった者に、天国か地獄かも解らん場所で。

偶然に再開した時、楽しい土産話が出来るくらいには生きねばな。


「だから、行って来るよ快晴号」

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