鬼人族への貸付計画

「おとさーん、朝だよー、サラワティおねーさんが来てるー」

「んん……早いな、今着替えてリビングに行く」


 小倉を止めて夜が明けた翌日の朝、俺の部屋の扉の前でエルが呼ぶ、どうやら朝も早いこの時間からサラワティが俺の家に来ている様だ、玄関前で待たせているとの事なので手早く着替えと髭剃りを済ませて出迎えてやる。


「おはよう、サラワティさん、どうぞ入ってくれ」

「失礼いたします、小倉様はもう起きていらっしゃいますか?」

「起きてるよ、おはよう清孝君、朝ご飯僕は済ませたけど、清孝君は」

「適当に食パンとジャムでも食うとしよう」

「エルも、エルも食べるー」

「へいへい」


 小倉も俺より先に起きていたようで既に座布団をしき寛いでいた。

朝ご飯がまだだった俺はキッチンのトースターで食パンを焼いている間に二人に今日の予定を尋ねる。


「この後は銀行に行って銀行員と話し合いかね、俺は投資とか融資とか金を動かす事についてさっぱりだからな、専門家に任せる事になる」

「だね、船の買い付けに必要な資金の調査は既にしておいた、ここに向かう前に北部に寄っておいたんだ、確かに清孝君のいう通り軍用船を持て余してるようでね、僕等に売ってくれるよう打診したら、1隻3億でいいってさ、これどうみても安いよね」

「安いな」


 船ってのは時価だ、需要が高ければ高くなるし、逆に低ければ安くなるらしい。

いらなくなれば作られないし、いるなら作られる、戦時中は公国との海上での戦闘も多々あったが為、海沿いの街には軍用船がかなりの数残っている。

特に北部のアーミテジ伯爵の海軍は精強にして無敵。アーミテジ伯爵の戦術、戦略もあって、戦艦大破率僅か1%を叩きだしている。

 だとしても……もっと吹っ掛けられるだろう、安い、あまりにも安い。


「うーん、むつかしいよー、安く買えるならいい事なんだよね」

「そりゃそうだが、裏があると見て素直にはなぁ、だって軍用船だぞ向こうの世界のと比べたら雲泥かもしれんが、それでも帝国の海上を守ってきた貴重な船だ」

「むー、きっといらないものをぜーんぶぽいってしちゃいたいんだよ! だって戦う理由がなくなったもん、武器なんてみたくないから! 安くしてどーぞなんだよ!」

「……ああ、そう言う事か、いろいろぽいってした、あれだ取っ払った結果なんだよ軍用船と言っても大砲なんかの兵器を積んでなけりゃ普通の木造船だ 安く売って分けないのさ」

「それにアーミテジ伯爵は清孝様が疑う程に信用ならない御仁なのですか」

「それはない、何度か戦場で一緒になったが将兵からの信頼も厚く、平時では好々爺という言葉の似合う爺さんだったよ」

「ならそれでよいでございましょう、我々に利のある話、受けるべきです」


 俺達が二人して悩んでいたらエルが口を挟む、それは子供らしい単純な答えであるが大人からしたら、何か裏があったりするのではと身構えてしまうのだ。

しかしその次に続くエルの言葉に小倉が合点が行ったという感じに理由を述べる。

なるほど、武器を取っ払った結果安くなったと。サラワティも続きアーミテジ伯爵の素性を俺に尋ねる思い出せば、確かにあの爺さんはあらゆる意味で腹芸が似合わない性格をしていたな。なら大丈夫なのだろう。


「そういう訳で、とりあえず2隻買うので、清孝君にはいくらか資金を僕らに預けて欲しい」

「分かった、詳しい話は銀行で詰めるとしよう、まだ朝も早いし少し休んでからな」


 小倉は俺にそう言って、頭を下げる、それくらいの資金なら出す事は容易だろう。

俺が貰った金はそれこそ一生遊んでもお釣りがくる額だ、この際、これを機に専門家に頼んでいくらか投資でもしてみるか? 自分とエルの暮らしに影響が無い程度に。

そんな事を考えながら数時間程を家の中で潰す、お互いの近況を話しあったり。

エルが旅の話を絵日記も使って話したり、魔術を使ってサラワティに弟子にならないかと勧誘を受けたり。


「そろそろ時間だな、銀行に行くぞ」

「おっと、もう時間か、サラワティさんそろそろ行きますよ」

「小倉様、清孝様、私はエル様とこの部屋で待っていてもよろしいでしょうか、エル様の魔術を少しでも観察致したく」

「エルは大丈夫だからいってらっしゃいおとさん、おぐらおにーさん」

「そうか……じゃあ行って来る、行くぞ小倉」

「うん、サラワティさんあまり無理はさせないように、エルちゃんはまだ子供なので」


 俺がそろそろかと腕時計を見れば銀行窓口はとっくに開いている時間になっていた立ち上がり銀行に行く事を告げれば小倉も同じように立ち上がるがサラワティだけはエルの魔術を観察したいのか留守番を申し出た、エルも大丈夫だと言うので少しだけ寂しさを感じながら小倉と二人で出発、子離れを悲しむ世のお父さんの気分が判る日が来るとは思わなかった。


「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件でしょうか」

「貸付をしたくてな、部屋を一つと一人銀行員をそれと書類を貰えるか?」


 ところ変わって、銀行人は朝と言う事もありまばらでありすぐに受付に通される。

勿論、やる事は小倉達鬼人族へ俺の金を貸す事だ、貿易が軌道に乗り儲けが出れば俺にも利益がある、なかったら共倒れはしないからまぁ大丈夫だろう。


「さてと、2隻買うんだったか、なら6億かね」

「いや、この前、天野君に食料を売って、こちらもまとまったジルが入った、そうだな4億、それだけあれば2隻買える算段だ」

「そうか、それじゃそれだけ貸してやる、この書類に書けばいいんだよな」

「はい、必要事項等、全て埋めて頂けましたら、ご確認させて頂きます」


 銀行の奥の部屋、綺麗なソファとテーブルの置かれた部屋で正面に小倉横に銀行員を交えて俺と小倉そして銀行に預ける書類の三枚を作る事に。銀行員の説明を受けながら文字を間違えたりしないように慎重に書類を作成。貸付金、返済期限、利息等々

まぁ色々諸々の事項を書き終える、金の貸し借りってのは大変なもんだ。


「…………はい、確認しました、これで手続きは終わりです、お疲れ様です」

「これでよしっと、ありがとう清孝君、きっとこのジルは無駄にはならないよ」

「そりゃ頼もしいこって、そうだ銀行員さん、もう一つ口座を作りたいんだが、書類を用意してもらっても、それとフレデリック領の孤児院への寄付の手続きの書類も」

「はい、かしこまりました」

「孤児院への寄付に、もう一つ口座を作って何するつもりだい?」

「いや何、金が余ってるからな、生活に支障が出ない程度に投資でもと、孤児院は

天道寺の孤児院にな」


 銀行員が諸々の書類を金庫に仕舞いに行く所に一声かけて貰い、口座を作る書類の用意をしてもらう、目的は従軍生活で大分稼いだ大金をそのまま放置するのも何だか勿体ないので商人や芸術家などに投資してみようと思ったのだ。

 まあ勿論馬鹿な俺じゃ出来る訳ないので、専門家の手を借りるがな、帝都を探せばそういうのを生業にしてる人がいるだろうか。

こうして、銀行でもう一つ口座を作りある程度の額をそちらに移し替えて今日は帰宅する事に、それとついでになったが天道寺の孤児院への寄付の約束もきっちり守らせて貰う。

さてとエルは大人しくしていればいいのだが。


「ただいまー…………なんだこりゃ」


 家に戻ってみれば家の中が花畑になっていた、エルはどこにいった?


「あ、おとさんおかえりー、見てみて凄いでしょー」

「いやまぁ凄いは凄いが、これ全部魔術でやったのか?」

「へぇ、凄いねぇこれが魔術の力、性能はともかく女神の力レベルかもね」

「魔術がこれ程とは思いませんでした。私も試してみたのですがこれが全然、植物を活性化させる魔術があれば、畑を更に効率化出来ると思ったのですが」


 あれから、エルとサラワティはずっと魔術を試していたらしくエルの持っていた花の種を使った結果がこの部屋の惨状だとか、成程、確かにエルの魔術があれば作物を一気に育て上げる事も容易だ、農家をする人なら喉から手が出るほど欲しがるだろうその為サラワティも見様見真似で試したが上手くいかず、魔法と違い、魔術にはある程度の才能という物が必要なのだろう、とにもまぁ、部屋を片付けて貰うか。


「この花の束どうする?」

「いくらか持っていくか? イルマさんへの手土産にしてやれ」

「ドライフラワーにでもすれば持って帰れそうだし、そうしてみようかな」

「エル、下のウランさんにいくらか分けに行ってこい、周りの家にもだ」

「はーい」

「サラワティさんも持っていくか」

「そうですね、この一輪だけ」


 さすがに全てとはいかなかったが、いくらかの花を切り花にするなどしてご近所や下のウラン等に、小倉やサラワティにもくれてやる。部屋の花の匂いがかなり強い。

窓を開けて換気しよう、俺は花の匂いはあまり好かんのだ。

 その後片付けも終わり、ウランさんの店で昼飯を食べ終わると休憩。

女子組はショッピングに行ってしまい、部屋には俺と小倉だけ。

小倉はやはり鬼人族の里の代表の一人という事もあり、休める日が少ないそうだ。

貸付の話が終わった今、明日にでもアーミテジ領に出発だとか。


「貿易の話が全部終わって軌道に乗ったら、ゆっくり出来るといいんだけど」

「ゆっくり出来る様になったら何かしたい事でも?」

「そうだなぁ……結婚式がしたいね」


 小倉が結婚したタイミングは丁度忙しい時期、それに加え鬼人族の生活の改善等でごたごたしていたら、この歳まで結婚式が出来ずじまいでいるそうだ。


「その時には呼んでくれよな」

「必ず手紙を送るよ」


 そんな約束をした翌日、小倉はまたねと短い別れの挨拶をして足早に俺達の元を後にしたのであった。

 

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