ぼいにゃー3号

早瀬 コウ

 星空にネコ座はない。


 空を見上げてもネコに会うことはできない。


 しかし宇宙には現在3匹のネコがいて、そのうち1匹はウチュウネコという新しい種に進化している。その新種の生物は国際宇宙ステーションの生物実験モジュールで管理されていた。


 ウチュウネコにはいくつかの特徴がある。


 まず喋る。わりと流暢りゅうちょうに喋る。


「ユウリくん、今日の食事はどこ産かね」

「東南アジア産みたいだ。好きだろ?」

「嫌いではない。早うよこせ」


 お分かりの通り少し偉そうだ。


 見た目を言えば、手足が短い。宇宙に適応して短くなったらしい。

 だからその足は「ピコピコと動く」と表現したくなる塩梅あんばいだ。


 それから体毛が下に垂れていない。

 生まれてこのかた重力を経験したことがないのだから仕方ない。

 結果として真っ白な体毛はマリモか何かのようにふわふわと丸まって、そこに短い手足がピコピコと動いているような感じになっている。


 宇宙飛行士として実験動物を見る態度を忘れるなら、その姿はかわいらしいものだった。まぁ話し方は偉そうでいちいち鼻につくのだけれど。


 イエネコから進化したという扱いになっているのも道理で、ウチュウネコは新しい能力を手に入れている。なんと無重力を泳ぐことができるのだ。アニメーション映画でなぜか浮遊する可愛らしい異世界生物が描写されることがあるけれど、ちょうどあれと同じ感じである。


 しかし残念ながらフヨヨヨとかピュイーンとかいった音は鳴らない。全く無音でスライドして移動する。手足だけはピコピコさせるのだが。


 ちなみにその加速度がどういう原理で発生しているのかはまだよくわかっていない。

 いちおう空気をうまいこといているという説があるけれど、どう考えてもそんな微弱な加速減速ではない。それにあの乱雑な手足の動きが上下左右前後の複雑な動きを管理できているとも到底思えない。


 ともあれ、国際宇宙ステーションの生物実験室で誕生したまぎれもないの姿は、なかなか見ものであることには違いなかった。


 さて、声をかけられたユウリの手には地球から持ち込んだ実験リストがある。


 運動能力や呼吸能力だけではなく、知能テストも並んでいる。ネコの短い寿命でこれらの試験をこなしていけば、いずれ地球に降りることもなくこのネコは実験動物としての生涯を終えるのだろう。


「ユウリはあと何ヶ月宇宙にいるのだ?」


 会話さえできなければ、それに苦い顔もしないで済んだかもしれない。しかしこの無垢な白いホワホワした生き物には十分すぎる知能がある。


「1年半だから、残り1年5ヶ月かな」


「長いな。筋肉が落ちるぞ」


「テリーに言われたくはないな」


 重力を経験したことのないウチュウネコはほとんど筋肉がない。ちなみにテリーはこの子の名前だ。3番目の宇宙生まれネコだからスリーとなりそうだったところを、まぁ一応それらしくしようということでテリーになったらしい。


「地球に降りる予定はないからよかろ」


 テリーはめいいっぱい伸びをする。伸びをするということは、筋肉を伸ばしたりしようという生理反応があるということだ。いったいウチュウネコがどういう生物なのか、短い滞在中に解き明かすことができればよいのだが。

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