結崎高校

夏野彩葉

第1話赤い糸が見える女の子のはなし

 その糸が特別なものだと気づいたのは、まだ保育園に通っていたとき。

 先生が、赤い糸の巻きついた小指の隣に、新しい指輪をつけていた。

「先生、指輪に糸絡まない?」

 私に尋ねられた先生は、「糸?」と呟いて、絡まないよ、とにっこりした。

 私は自分の小指に巻きついた糸をいじった。とても細くて、切れそうで、ぐるぐる絡みそう。教室の中は、そんな糸がそこかしこに散らばっていた。


 みんなには見えないのかな。

 私には不思議だった。



「ママ、この糸取って。」

 私が左手の小指を指さすと、母は、え?と首をかしげて笑った。

「なあに?糸取りしたいの?」

ほら、何にも付いてないでしょ?糸持っておいで。

 母はそう言って私に赤い毛糸を取りに行かせた。

つむぎが言ってるのは、こんな糸かな?」

 母は自分の、何もつけていない薬指の隣の小指に毛糸を巻きつけた。

 私はてっきり母には赤い糸が見えているのだと思って、うんうん、と大きくうなずいた。

「これはね、『運命の赤い糸』っていうの。」


 このとき私は二つの事実を知った。

 赤い糸はみんなには見えていないこと。

 赤い糸は愛する人と繋がっていること。



 それから十年以上がたって、私は高校生になった。

 母は再婚して、私には新しい父と兄ができた。母と父の小指には、お互いと繋がった赤い糸があった。

 相変わらず、赤い糸は出会う人みんなの指に絡みついている。もちろん、私の指にも。

 それ以前と同様にー多少糸が太く見えるような気もするがー赤い糸は教室中でぐるぐる絡みあっている。


 自分の小指を見てみる。

 千切れたっておかしくない糸は、他の糸と同じように教室のドアから外に出ている。


 この糸を手繰って行けば、私の愛する人と繋がっているのだろうか。




 一つ上の兄には、初めての彼女ができたらしい。

「マジで柊羽しゅうのおかげだよ!」

 私は、兄の言葉に頻繁に登場する『柊羽』という人物が気になっていた。

「柊羽って、誰?」

「去年からクラス一緒のやつ。紬、文化祭実行委員でしょ?柊羽もだから、たぶんそのときにわかると思う。」



 文化祭実行委員会のあと、私は一つ上の男の先輩に声をかけられた。

「『成田』って、もしかして正樹まさきの妹?」

 それが、柊羽先輩その人だった。


 兄と同じ剣道部で、私と同じでアニメが好き。スマホのゲームも、同じのが好きだった。

 文化祭の巡回分担では、人見知りする私のためか、私と同じクラスの子や柊羽先輩と組めるように上手く取り計らってくれた。


 人見知りのせいか、異性と話すのは苦手なはずだった。でも、柊羽先輩は違った。優しくしてくれて、意識しなくても何でも話せて。




「紬さ、付き合ってる人とかいる?」

 実行委員会の打ち上げの後、駅までの道すがら、柊羽先輩は私に訊いた。

「いませんよ。」

「好きな人は?」

「それもいません。」

 柊羽先輩の質問の意図がわからず、私は心の中で首をかしげた。

「先輩?」


 私は途中ではっとして、自分の小指に視線を送った。


 ない、赤い糸がない。


 柊羽先輩と仲良くなってから、赤い糸のことを全く気にしていなかったことに初めて気がついた。

 それ以上に、先輩と話すのが楽しくて、もっと一緒にいたくて。そればかり考えていた。


 うつむいていた先輩が、顔を上げて私を見た。

「その、よかったら、付き合ってみる?」

 そう言った先輩の顔が、少し赤くなっていた。



 赤い糸なんて見えなくても、私の赤い糸が誰と繋がっているか、一目瞭然だった。

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