第87話 できれば愛を
マナに入った彼女はベッドで目を覚ました。
「なにこれ、すごーい!めっちゃ素敵な部屋…」
やっとあこがれの彼の家に入ることが出来た。
身体をみると、背も低いし胸も小さい。肌の色も違う。これは私じゃない。
立ち上がって鏡を見る。
小さな女がいた。あの貧相な女。
「…ブス!死ね」
悪態をついても、自分に言っているようで面白くない。
ぶつぶつ言ってたら背の高い女が物音を聞きつけて入ってきた。
なんだこの女、勝手に部屋に入ってくるなんて信じられない!
「マナ、おはよう。大丈夫?ちょっと熱っぽいって聞いたけど…」
「うるさいなー、出てってくれる?で、リアム呼んで」と横柄に言ってしまいはっとする。彼には美人の姉がいるとイーサンから聞いた。この女がそうだろう。
ヤバい、彼の姉みたいなのに…
あ、でもいいや、この身体はあの女のだった
「だ、大丈夫?マナ…?」
彼の姉は心配そうにマナに入ったパウラの顔を覗き込んだ。
「早く呼んでよ!」
彼女がイラついてそう言うと、その女は、
「うーん、待ってて」と不審な表情で出て行った。
ふふん、これであいつの株も下がったろう
「マナ、起きたんだ。大丈夫?」
リアムが入ってきてすぐに彼女の身体を抱きしめる。
幸せだ…
「キス、してくれたら治るよ」と思い切って言ってみた。
「お、どうしたの?そんなこといつもは絶対に言わないのに…でも嬉しいな…」
彼が私にキスする
夢にまで見たリアムとのキス
結局プライドが邪魔して一度も誘えなかったけど、ずっとずっと好きだった
彼に恋人が出来るなんて私は絶対に許さない
彼はすぐに唇を離して額に手を当てて熱がないか確かめている。
「ね、続き、して…」と唇を突き出して甘えてみた。
「え?続きって?」
意味がよくわからないようで、彼は真面目に聞いてきた。
そんなのアレに決まってる
上品な家で育っただからわからないのだろうか
「いつもしてるんでしょ?アレ、して」
リアムの顔が曇った。
なんで?
「…マナ?変だよ、大丈夫?昨日のイーサンとの空手でヘンなとこ打ったかな…ちょっと大学病院に行って検査、しよう」
なんなんだ、イライラする
自分が下品な生き物のように思えてきて惨めじゃないか
「私は大丈夫だって。それより、ね?」
彼女は一番得意なウインクをしたら、リアムの顔がますます曇った。
これで何人も男を落としてきたのに…自信なくすわ
仕方ない、実力行使だ
彼女は彼の手を引っ張ってベッドに座らせた。
「好きなんでしょ?」
そう言って彼の膝に乗ってキスしようとしたら、不意に彼が立ち上がって距離をとった。確信の表情を浮かべている。
「君、マナ、じゃないよね。誰?」
「ちぇ、バレた?私パウラよ。覚えてないでしょ、ずっとあなたを大好きで追っかけてたんだけど、見向きもされなかった。さ、もういいでしょ?彼女の身体が好きなんでしょ?好きにしてよ、ね?」
「パウラ…イーサンの女友達の?一度デートしてやってくれってイーサンに頼まれたけど、彼が君を好きなのはわかってたから断った。ねえ、どうしてマナの身体に入ってるの?俺困るんだけど…マナはどこにいるの?」
「そこらへんにいるよ、多分ね。あいつ私に同情しちゃってさ、バカね。身体を乗っ取ってやった」
「まさか…戻れないの?」
リアムの顔が蒼白になった。
なんだか悔しい
「私が出たら戻ると思うけど…でもこのままでいいじゃない。リアムは私が好きなんでしょ?」
「何言ってるんだ、そんなわけない。俺が好きなのはマナで、君はパウラだ。自分の身体に戻ってよ、君が入ったマナでは俺は愛せない。俺の家族も君では受け入れられないよ。さっきのキアナのヘンなものを無理に食べさせられたような表情の訳はこれか…」とリアムは美しい顔を歪ませて大きくため息をついた。
「…酷い…そこまで言わなくても…こんな女のせいでっ」
彼女はカッとなって何かこの女の身体を傷付けるものを探したが、見つからない。
仕方ない
彼女は窓ガラスに近づき、手を思いっきり突っ込ませた。皮膚が千切れ腕が一気に血に染まった。
痛い…
こんな感覚は久しぶりだ
音を聞きつけてさっきの女も来た
二人が顔面蒼白になっている
私でなくこの女を心配してだと思うと余計に悔しい
彼女は下に落ちたガラスの破片を取り、手首に当てた。
「私のリアムを取り上げたこのクソ女と一緒に死んでやるからっ」
彼女は破片を引いて身体を切り刻もうと思ったが、手に力が入らなくなった。破片が床に落ちる。
何かが彼女の手を掴んでいた。見ると白髪の老女だった。
「手を放せ、ババアっ」
リアムとキアナは近づくに近づけず、成り行きを見守っていたが、パウラが突然大声で何もいない空間に向かって
『マナの口でそんな下品な言葉を吐かないで欲しいわね。悪いけど、あなたをマナから出すわ。あなたの本体はもうすぐ時間切れで死んでしまう。可哀想だと思って見てたけど、もう限界。今度はおとなしい動物にでも生まれ変わるのね、カピパラとか。それとも元の身体に戻る?』
「死…死ぬのは嫌だっ!元の身体に戻せっ、お願い…」
『じゃあ付いてらっしゃい。今度リアムとマナに悪さしたら容赦しないわよ。わかったわね?』
「…」
彼女は不服そうに、でも仕方なく頷いた。
すると、マナの身体からすとんとパウラが抜けた。
ババアに連れて行かれた先は病院だった
両親と
私、本当に死にかけてるんだ…
私の身体の横には憎いあのクソ女がいた。
『マナはね、あなたが死なないように自分のエネルギーを渡していたのよ。元気になったら、ちゃんと周りを見てごらんなさい。あなたが幸せになれないのは感謝の気持ちが足りないからよ。じゃあね』
ババアに押されて大嫌いな自分の身体に戻った
リアムに愛されない身体
こんな身体意味ないって絶望してた
でも違うのかもしれない
私が目覚めると家族とイーサンが酷く泣いていた
ババアの言うとおり、私の周りはそれほど悪くないのかもしれない
お人好しなあの女が微笑んで私の手をぎゅっと握って消えた
きっと無事に身体に戻るだろう
あの怖いババアがいるから大丈夫だ、きっと
「あれ?ここ病院…?」
目が覚めたら病院だった。本物の自分の身体に戻っていた。
長い夢。ルリに会えた、多分本物だ。
身体を起こそうと手をつこうとしたら皮膚が引きつるような痛みがあった。
…空手の傷ってこんなに酷かった?
見ると右手が包帯でぐるぐる巻きにされている。
手を動かした拍子に何かの管が抜けたようで機械がピーピー鳴っている。
ヤバい、なんとか直らないかな…
僕がアワアワしていると、リアムが部屋に飛び込んできた。
「パウラ?」
彼が僕でない女性の名前を呼んだのでびっくりした。
なんなんだ、それ!
「誰、パウラって?!」と言おうとしたが、乾いてうまく声が出ない。
僕がたくさん刺さった管を無理やり抜こうとしたら、泣きそうなリアムが僕の手を取って優しく抱きしめた。
「マナ…戻ってきたんだ…良かった」
そうだ、パウラってあの女性の名前だ。病室でイーサンたちが話しかけてた。
「あれ、もしかして僕、皆に迷惑かけた…のかな?」
リアムの後ろにはキアナが心配と怒りの入り混じった表情で仁王立ちになっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます