第88話 誰かの想い

「で、気の毒だからってちょっと身体を貸したら乗っ取られたと。…どう思う、姉ちゃん?」


 僕の説明を聞いて、リアムはいままでで一番呆れた顔で大きくため息をついてから、キアナに聞いた。

 とても二人に迷惑をかけたみたいだ、表情でわかる。でも僕だってまさかこんなことになるとは思ってなかった、と包帯を巻かれた腕を見て反省してる。

 キアナは少し考えてから、少し離れた場所から僕を大きな黒い目でじっと見た。まだパウラが入っているんじゃないのかと確かめるように。


「まあ、本当でしょうね。あれは間違いなくマナじゃなかった。マナもグランマみたく不思議な力があるんだ…」


 僕の話を少しは信じてくれたようだった。僕にパウラが入っていたと信じられるほど彼女が酷い言動をしていたのだろうか。


「えっと、元々ではなくって、ルリさんと最後に会った時に不思議な力を受け継いでしまったんです。僕とルリさんは相性が良かったようで」


 僕が説明すると、キアナはやっと近づいてくれて、動けない僕に抱きついて言った。温かい。


「…マナぁ、良かったー!婚約したからって豹変ひょうへんして地を出してきたのかと…めっちゃびびったよ、泣きそうだった。あんな妹ができるの、私嫌だっ…」


「ご、ごめんなさい…」と僕は愁傷に謝った。二人に大きな負担をかけてしまった。


「俺はすぐにわかったよ。ぜんぜん違ってたじゃん」とリアムは威張って言った。さすが婚約者、と言って欲しかったのだろうが、キアナはまるっと無視して、


「でもさ…違い過ぎて面白かったね、今思うと」と言ってクックックと思い出し笑いを始めた。


「確かに…ババアって…プププッ」

 

 2人は盛大に笑った。

 ババア?誰の事だろう。まさかリアムの母に言ったのだろうか?それなら全く笑えない。

 手は傷だらけで痛いし、手足に力が入らなくて立てないくらい体調が悪い。病院でパウラの身体にエネルギーを送り過ぎたのだろう。加減がわからなくて必死だった。

 そう言えばシズさんは修業したら上手に治療できるようになるって言ってた。こんなヘロヘロになるくらいなら、修業しに行こうかな…。


 僕が考え込んでいるのを見てリアムはピンときたみたいで、


「絶対シズさんとこはダメだから!マナは絶対安静だよ。何が欲しい?なんでも持ってくるから、とりあえずじっとしてて」と優しく釘を刺した。相変わらず勘がいい。


 とにかくお腹が空いている。そうだ、『カカアコ・キッチン』のマヒミックスプレートが食べたい。今なら3つは食べられそうだ。

 

 僕がそう言うと、


「わかった、マヒミックスプレートを3つ買ってきてあげる。マンガはいいの?」


「いい。携帯があるから」


「映画も持ってきてあげる」


「いいよ、うるさくすると周りに迷惑だし」


「この部屋で?」


 病室を見わたす。一人部屋でびっくりするくらい豪華だ。映画やテレビも見れる。確かに迷惑はかけないですみそうだ。

 窓からは海が見える。実はかなり高そうでビビっているのだ。ふとルリのことを思いだした。


「そうだ、ルリさんに会ったよ。彼女がパウラを病院に連れてきてくれたんだ」と僕が言うと、


「実は…俺、マナの部屋でグランマの気配を感じてた。やっぱりそうだったんだ…」と普通にリアムが答えたのでキアナがびっくりして、


「え…リアムも?実は私も。言ったら笑われると思って言わなかったけど、パウラがマナの身体を傷付けるのをグランマが止めてるように感じた」とほっとしたように言った。信じられないから言えなかったのだろう。


「…きっとルリさんです。悪いものが家に入らないように結界もはってありますし、亡くなってからもずっとあの家を守ってるんです」


「そうなんだ…」と二人はシンクロしてつぶやいた。さすが姉弟だ。


「パウラは結界で家に入れなくて…リアムに会いたいって言ってました。だから…すこーしだけ身体を貸したんです」


「ふうん、すこーしね…それでこの大騒ぎだ。もうマナって…本当に信じられないくらいお人好しで…早く能力を無くさないと俺は安心してマナを日本に返せない」


「無くしちゃうの?もったいない気もするけど」とキアナが真面目に言った。


 そう思うのもわかる。僕も少しそう思ってるのだ。


「このハワイ滞在中に無くそうと一生懸命俺がしてるのに、みんながこぞって邪魔するんだもんな…姉ちゃんもだよ!」


「え…まさか、セックスしたらなくなるの?」


 キアナが驚くほど的確に見抜いて僕はベッドで赤くなった。もう少しオブラートに包んで欲しかった。


「そうだよっ」とリアムはふてくされた顔で答えた。邪魔されたことをまだ根に持っている。


「じゃあ、二人はまだしてないってこと?やだ、信じられない!リアムが…そんなの笑っちゃうじゃない!!」と言って大笑いし出した。そこかよ!と僕は心でツッコんだ。


「面白過ぎるからエマに言ってくる。ごゆっくりー」


 病室は一気に静かになった。キアナは小さな嵐みたいだ。

 ふいにリアムが真面目な顔になって僕に謝った。


「…マナ。ごめんね、こんなことになって。…パウラのことは俺に責任がある」


「ないよ。彼女はリアムのことを好き過ぎただけでしょ?みんなのリアムを僕が取り上げたでしょ。だから…その気持ち、少しわかるんだ。僕も、リアムが皆のものってのが我慢出来なかったから。やっぱりパウラは可哀想な人だよ…」


 リアムは僕を優しく抱きしめ、涙に濡れた僕の頬にキスした。


「…ごめん。ねぇ、パウラと俺の関係を疑ってたんでしょ…?」


「うん…でも何もなかったんだね。好きだけど相手にしてもらえなかったって言ってた。皮肉だよね、手も出してない女性に付きまとわれるなんて」と嫌味みたいなことを思わず言ってしまって、しまった、という表情になった僕を見て、リアムはすまなさそうに僕の唇に何度も自分のを重ねた後、大真面目に提案した。


「…マナ、ここを退院したら…すぐに能力を無くそう。どっかのホテルの部屋に一日中籠ってさ…」


 彼の考えていることが頭に入ってきて顔に血が集まる。


「バカ!!勉強でもしておいでよ、僕疲れたしもう寝るから」


「そうだね…顔色も真っ白だし、ゆっくりお休み。美味しいお弁当買ってきてあげるからね。マナが調子悪いと俺までおかしくなるから…早く良くなって」


 さすがにちょっと照れて僕から離れた。

 昔の僕だったら間違いなく変態だと思っただろう。でもよく考えてみれば、生殖活動を伴わないセックスはある意味すべて変態だと言える。

 彼が部屋を暗くするボタンを押すと自動でカーテンが閉まって暗闇が訪れた。ドアがパタリと閉まる音がした。


 静寂で満たされた暗闇で僕はぼんやり思った。


 今回は本当に迂闊うかつだった、一生霊体のままだったらと思うとぞっとする。その可能性が高かったけど、戻ってこれたのはひとえにルリのおかげだ。

 でもパウラもちゃんと自分の身体に戻れて、経過は順調だとリアムから聞いている。イーサンは幼馴染パウラが元気になってきっと喜ぶだろう。


「ありがとう、ルリさん」


 僕はお礼の気持ちを口に出してからゆっくり目を閉じた。




 異常なほどたくさん食べる僕は病院の皆を驚かせたが、思った以上に体調は良くならずリアムやリアムの父親を心配させた。結局帰りの飛行機の朝までギリギリ入院していた。

 エネルギーをパウラに与える行為は魂が削られていく感覚だった。確かにこれを続けていれば長生きできないだろう。ルリの先祖が代々短命だったのもうなずける。



「すいません、大変お世話になりました。あと、窓ガラス、あんなんにして本当にすいませんでした…入院費と一緒に弁償しますので、いくらかかったか教えてください。振り込みます」


 やっと歩けるようになり、荷物を取りに部屋に帰ってぶっ飛んだ。

 無残な姿の窓にポリカのパネルが応急処置で張ってあったのだ。僕はすぐにリアムの両親に謝った。


「あれくらいの事、全然いいんだよ。でもケンカでガラスを割るなんて、マナも意外に激しいね。驚いたよ」「本当、私も驚いた」と彼らは顔を見合わせて少し笑って言った。


「へ」


 僕が驚いてリアムを見ると、誤魔化すようにあっちをみた。いくらなんでもそれは酷いじゃないか。僕がそんなことするわけない。


「リアムぅ…」


 だって、それくらいしか言い訳が思いつかなくて…ごめんよう、と手を繋いで僕に伝えた。

 まあいい。確かに僕が(正確には僕の身体をのっとったパウラが)やったのだ。


「本当にすいません!」


「いいんだよ、リアムが悪いんだろ?ひいては親の僕らのせいだからね」


 彼の父がそう言うと、キアナと母が笑った。確かに笑える。僕も笑うと、苦い表情のリアムがいた。




「ただいまー」


 僕が帰ると、お母さんは相変わらずこたつでミカンを食べている。もう3月も終わりなのに、うちは二人とも冷え性なのでこたつが手放せない。


「おかえり、リアムとご家族は元気だった?あんたがいなくてヨッシーが悲鳴をあげてるんじゃない?バイトは大丈夫なの?」と質問に次ぐ質問を繰り出してきた。相変わらずだ。


「うん、新しい人が入ったから」と僕はゆっくりこたつに滑り込んだ。温かい。ずっと入院していたので筋肉が落ちている。調子も出てきたし、このあと軽く走りに行って、筋トレしに道場に顔を出そう。


 キャンプ場のバイトに入ったルイは大学院に受かったのであと2年間工学部の材料科で学ぶ。

 地元の自動車会社の研究開発室に入りたいそうだ。彼が卒業するとき丁度アユも卒業で、一緒に就職できる。辛い事や厳しいことが同じ時期に起こるだろうから、二人の絆が深まることだろう。


「ねえ、結婚式のドレスの写真ありがとね。柴田さんに見せたら喜んじゃって。で、相談なのだけどね、ヨッシーにいい人いないかしら?」


 確かに今は彼女がいないらしい。そういえば今回はいない期間が長い、半年以上だ。いつも居るのにな。僕がそう言うと、


「もうヨッシーも年だから彼女を見つけるのが一苦労なのよ。あんたいい人見繕ってあげなさいよ」と軽く言い放った。そんなおせっかいな…


「えー、めっちゃ面倒だな」


 考えるだけでぞっとする。


「何言ってるの?ずっと中学生からお世話になってるくせに…」と長い母親の話が始まった。


 僕はこう言うときは右耳から左耳に通すようにしてる。だって長いんだもの。15分周期で人の集中は切れると聞く。でも僕は5分も聴いていられない。

 だってヨッシーに彼女を紹介したらザキに殺されちゃうし、ザキとくっつけたら美月に悪い。


 そう言えば美月はどうしてるだろう?もう旅行から帰ってきて、東京にいるのだろうか?

気になるが、ヘンに突っつくと期待させてしまうかもしれない。それは嫌だ。

 友達になれると一番いいが、過分な望みだろう。彼から言ってくれればいいのだけど。


「聞いてるの?」


 母がむくれて僕に聞いた。僕は全然聞いてなかったが、


「うん、友達探してみるよ」とウソを言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る