第82話 うろに住みたい

「ただいま~、リアム君来てるのぉ?ケーキ、買ってきたわよぅ」


 のんきな母親が階下から大声をかけた。僕らは一気に全身が冷えて現実に引き戻され、あわてて衣服を身に付けた。




「え~、ごめ~ん。いい感じになってた?だってさ、これ見てよ、シャーリーのケーキっ。リアム君が来るって電話してくれたから買ってきたよぅ」


 僕らの服装の微妙な違和感と雰囲気で彼女はピンと来たようだ。  

 コーヒーをれるのんきな母の声に今日だけはイラッとする。それにリアムケーキ好きじゃないし!


「うるさいな、別にいい感じになってない!」


「まあまあ、マナ、イライラしないで…」


 リアムが心配そうにとりなした。


 ここぞ、というときにはいつも邪魔がはいる。僕たちはやはり呪われてると本当に心配になってきた。蚕様の呪い?悪い事してないのに…。


 でも。

 僕の母の声で青くなったリアムは見ものだった。焦って裸でベッドから落っこちそうだったし…。


「ぷぷぷっ…」と僕が思い出して吹き出すと、リアムがムッとした。


 勘がいいので僕がなんで笑っているのかわかったのだろう。


「やーだ、あんた何笑ってるのよ?やらしー」と母がニヤニヤして言う。


「うるさいって!それより早く食べさせてよ、ケーキ」


「もう6時だし、夜御飯食べてからね。今日はタコ焼きだから」

 

 多分お米が切れたのだろう。重いし買うのが面倒な時は決まってうちはタコ焼きかお好み焼きか焼きそばなのだ。


「えー、タコ焼き?大好き!」と一気にリアムが元気になった。


 ケーキには全く反応しなかったくせに…分かりやすすぎる。


「じゃあ、二人で一緒に作ろうか?」と僕はリアムに提案した。


「作りたい!ハワイでも作って皆に食べさせたいな」


 それは嬉しいな、と思う。ハワイのリアムの両親やキアナたちに出来たてを食べてもらいたい。


 僕はキャベツをみじん切りにし、軽く洗ってザルにあげた。彼はボウルにたこ焼き粉と卵、出汁を入れて混ぜた。僕はタコを切る。


「ねえ、あんまりうまく混ざらないんだけど…になっちゃう」


 料理に関してはかなり真面目なリアムが生地のダマを気にする。


「そこそこで大丈夫だよ、適当適当。あ、メール。…カイだ…今夜カテキョーして欲しいって。ごめんね、リアム」

 

「えー!…まあ仕方ないや。お母さんとテレビでも見て待ってるよ」と少ししょぼんとして言うので可哀想になる。


「ごめんね…じゃあカイも一緒にたこ焼き誘ってみようかな。ここで勉強しよって」


 カイに聞くとたこ焼きを食べたいと言うので、恵子に送ってきてもらって4人でたこ焼きを食べることにした。

 熱くなったたこ焼き用の鉄板に油を敷き、キャベツを混ぜた下地を流す。威勢のいいジュウジュウという音が部屋に広がる。そこに切ったタコを入れて、みじん切りしたネギと紅ショウガ、天かす、桜エビを均等にばらつかせる。その上にまた生地を多い目に流し込む。

 焼きながらひっくり返して丸く成型し、いい色になったら出来上がりだ。


「これ面白いね…はまりそう」とカイが嬉しそうにリアムと焼いている。その間に僕は洗い物をして皿を出し、お茶を入れる。もちろん青のりとかつおぶし、マヨネーズと『おたふく』のたこ焼きソースは準備した。


「あー、リアム!そこひっくり返したばっかりだよ!」


「ごめんごめん」


 二人仲良く、くるくるひっくり返して焼いている。二人とも気が短いのかひっくり返すのが早いので笑えてくる。


 カイが何か言いたそうだなと思って見てたら、


「…この前は蹴ってごめん。痛かった?」とリアムに謝った。


 リアムはびっくりしてカイを見てから、


「…うん、折れるかと思った」と意地悪そうに言った。きっと忘れていたのだろう。


「…そんな痛くなかったくせに。マナ、リアムウソつきだから気を付けないと!」


「ありがと、気を付けるよ」と僕が笑って言うと、リアムが「酷いな…」と呟いたので皆が笑った。


 僕たちはタコ焼きをいっぱい食べた後にケーキも食べて満足した。リアムはケーキをカイに譲り、苦手な甘いものを食べすに済んだ上、カイと母に感謝されてニコニコしている。


 ピローン、とカイの中のリアムの評価レベルが数段上がった音が聞こえた気がする。




「じゃあ私はカイを送って柴田さんちに遊びに行ってくるね。明日早いんでしょ、イチャイチャしてないで寝なさいね」


 カイのいないとこでニヤニヤしながら母が言うので赤くなる。

 勉強が終わったカイを見送り、僕たちは眼を見合わせて、また赤くなった。あまりに母が帰って来た時に焦り過ぎて、続きをしようなんて気には成らなかった。




「じゃあ私もお風呂入ってくる」


 僕はリアムと入れ替りでお風呂に入った。石鹸で身体を洗うと、やっぱりリアムに触られるのとは全然違う。すごく不思議だ。


 お風呂から出て髪を乾かし、部屋に戻ると、リアムはもう寝ていた。銀色の髪を触る。綺麗だ。


「こうしてると子供みたいなんだけど…」


 彼の瞼、鼻、唇、顎、耳の形を指先でたどる。首筋にキスすると「んっ」と身体が動いた。起こしては可哀想だから止めておく。


 彼の作った身体のくぼみにぴったり沿うように寝転ぶと、とても安心する。木のうろに住み着く生き物はこんな気持ちなんだろうか。

 木のうろ、つまり樹の中が腐ってできた穴はサルスベリやケヤキ、サクラなど広葉樹によく出来る。その自然にできたうろにまずはスズメバチやリスやモモンガなどの小さな生き物、だんだんうろが大きくなってくるとふくろうなどが営巣する。


 僕は深い森の中で彼とうろに住みながら夜は彼の見ているのと同じ夢を見て、朝日を一緒に見れたらいいのになと思う。

 そういえばルリは僕の夢に入ってきたっけ。修行したら見られるだろうけど、リアムもシズも反対しそうだ。

 そんなことを考えながら眠りについた。




 次の日、ハワイに着くと先ずは二人でルリの墓に参った。8月に結婚するけど、しばらくは離ればなれで暮らす事、キアナの恋人のこと。


「何か感じる?」とリアムに聞かれるが、僕は首を横に振った。

 全く何も感じないし見えない。年末に訪れた時も感じも見えもしなかったからやっぱり今の僕の力では無理みたいだ。


「シズさんとこで修行したら見られるようになるかも…」


「絶対嫌だ!マナがこれ以上無茶したら、俺は心配でずっとくっついてないとダメになっちゃうだろ…」と言って何かじっと考え込んでいる。

 なんか悪い予感が…。


「マナ、今夜…部屋に行くから」


「え…」


「嫌なの?」


「また邪魔が入りそうな気がするんだよね」


 ここまで邪魔が入ると、なんだかあまり気が進まない。


「…今夜は何があっても絶対にするから、覚悟しておいて、ね?」


「か、覚悟って…」


「もうマナの能力が完全に無くなりそうなくらいにマナとしたいんだ」と真顔で言った。


 マジか…怖いな。

 僕の少し怯えた顔を見て、引くほど言い過ぎたと思ったのか、


「ウソウソ、とにかく待ってて」と慌てて誤魔化した。それほどルリの力が嫌なんだ…。


「…うん、わかった」


 でも僕がそっと彼に掴まると、彼が僕にしようとしてる事があらかたわかってしまい、僕は本当にめまいがして立っていられないし、本当に顔から火が出るかと思った。

 彼はそんな僕には全くお構いなしで悪びれずに、


「もうその能力も無くなるから、今のうちに使っておくんだね」と笑って言った。

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