第77話 本当のこと

「なんか隠してない?いつもと違う気がする…」


 リアムに言われて心臓がびゅんと跳ねた。鋭い。


 良かった、電話で…

 会ってたら僕は誤魔化す自信がない


「何言ってるの?自分がやましいからって僕を疑うのは止めてよ」と冗談を言うと、


「えー、なんかアヤシイ…」と野生の勘を働かせている。


「そんなことよりさ…」と話題を変えようとすると、まだ引き下がってきた。


「何言ってんだよ、じゃない!大事なことだろ。…ますますアヤシイ」


 僕はちょっと、一瞬、美月に触れられただけだ(舌でだけど)。罪悪感がそれでも少しある。だってリアムが他の女子にそんなことされてたら嫌だ(してても嫌だし)。

 でも、もっといろいろしてたリアムに言われたくないと思う。


「ふーん、自分はバーでグラマーな美女としてたくせにね…」


 僕の声が冷たくそう言い始めると、話の流れが悪いとすぐに察知し、


「で、どうしたの?」と聞いてきた。ふー、やれやれだ。


「3月の中頃から春休みなんだけど、ハワイに行ってもいい?ルリさんのお墓参りに行きたいと思って」


 最近リアムは勉強で忙しいのか、僕が密かに楽しみにしている歌も歌えないようなのだ。浮気、というわけではなさそうだが、あまりに忙しいなら僕が行くと邪魔になるかもしれない。


「嬉しいな、来て来て!マナならいつ来ても大丈夫だよ、待ってるから。そうだ、結婚式の服とか決めないとね。一緒に試着に行きたいし」


 う…それだけは絶対に嫌だ…


 試着でドレスの胸のカップがスカスカに余っているところは絶対に見せたくない。微乳持ちにだってプライドってものがあるのだ。

 現在誠意努力中だし…そうだ、もしかしたら成果が8月くらいでいきなり出て大きくなって、決めたドレスが入らなくなるかもしれないし…まあそれは嬉しい誤算だからいいけど。


 僕が黙り込んだのでリアムは急に不安になったようで、わざとおどけて言った。


「え…もしかして結婚が嫌になってるの…?ダメだよ、変更は受け付けないから」


 僕はこうと一度決めたら予定は変えたくない派なのでそんなことはない。でも結婚式の和装とドレスでは全く話は違う。


「…キアナかリアムのお母さんとだったら…試着に行く…」


 僕がそう言うと、少しして彼が、


「…だ、俺は二人で行きたいって言ったら?」と聞いた。


 楽しみにしていてくれたならとても嬉しいが、それでも僕が嫌なのだ。


「日本で試着してそれにしてもらう」


 僕がそう言い切ると、彼が向こうでため息をついているのがわかった。そして気落ちした声で、


「ちぇ、見たかったのに。僕の恋人は意地悪だな」と泣きそうな声で言った。


 いや、絶対僕が嫌がってる理由をわかってるくせに一緒に行こうとするのが意地悪じゃないのか?


「泣いてるの?」と少し冗談めかして聞くと、


「こんなことじゃ泣かないよ」と答えた。彼がふくれている顔が目に浮かぶ。


 リアムが僕の見ている前で泣いたのは2回。


 そういえば、美月があんなに泣くところを僕に見せるとは思ってなかったから驚いたのを思い出した。


 あれ?


「リアムって、大人になってから彼女の前で泣いたことってある?」とふと思いついて聞いた。


「マナの前でならあるよ」


「違う、僕以外で」


「え?嫉妬してるの?カワイイ!」と急に元気になって言った。なんでそうなる?


「ちゃんと正直に答えてよ」


「大人になって人前で泣くなんてあるわけないじゃないか、両親でも嫌だ。マナの前でだけ、だよ」と無駄に甘く言った。


 マジか…


 僕は茫然とした。


 そういえばナユだって中学生になってからは僕の前で泣いたことがない。いじめられていても歯を食いしばって耐えていた。大学でアウティングされて死ぬ前も僕には普段通りの顔を見せて、決して泣きついたりなどしなかったのだ。

 ヨッシーも祖母のお葬式でとても悲しそうだったが我慢してた。


 もしかしたら…美月はヨッシーのことが好きだと言っていたが、本気の本気で僕のことを好きなのかもしれない。ぼんやりリアムの話を聞きながら思った。

 



「バーカ、そんな心配すんなら結婚相手の事を心配しろ!」と頭を軽く叩かれた。


 2月の中旬、美月の希望大学の試験を終えた週末、僕は引継ぎの後にコーヒーを飲みながら「もしかして僕の事めっちゃ好きなの?」と美月に軽く聞いてみた。そしたらそんな反応だったので僕はホッとした。


 彼はまた遅番に入っている。その方が落ち着くらしい。


「そんなホッとした顔すんな!なんかムカつくな、襲うぞ」


 間違いなく僕の方が強いから全然平気だ。僕が平気で無視してタイムカードを押すのを笑って見ている。


「お疲れっした!お先です」と頭を下げながら言うと、


「マナ、一回しか言わないけど…俺の話、聞いてくれてありがとな。感謝してる」と初めて聞く優しい声でお礼を言った。


「べ、別に、いいよ。聞くのはタダだしねっ」


 僕は少し照れてしまって、そそくさと管理棟を出て自分のサイトに向かった。




「お疲れ様、マナ。火起こししておいたよ」


 僕のサイトで火を起していたのはカイだった。最近急に大きくなって、言うこともたたずまいも大人っぽさが増してきた。もともと普通より大人っぽかったからなおさらだ。


「あら、いらっしゃい。どうしたの?勉強…じゃないね」

 

 勉強ならいつもは管理棟に来る。でも彼は驚くことを口にした。


「ねえ、美月となの?」


「いい仲…表現が古くて、びっくりしちゃった。美月は友達。彼には好きな人がいるからね。もちろん僕にはリアムがいるの知ってるでしょ?」


「彼氏と結婚するってホント?」


 カイは急に話が変わるのでたまにぼんやりしてると頭がついていけない。


「う…さっきの美月との話を聞いてたの?」


「うん…『結婚相手のリアム』って言ってた」


 彼は管理棟に来たけど、僕らの話を聞いてここで待っていたのだろう。


「夏にね、結婚する。でも何も変わらないよ。卒業までは日本にいるし、それからもまだどうなるかわからないから」


「そんなら結婚なんてしなくてもいいじゃん!」とカイが急に爆発したので僕は驚いた。


「ど、どうしたの…?」


「なんで結婚するのか教えてよ」


「そうだね…」


 僕はお湯をガスコンロで沸かしながら真剣に答えた。


「遠いから会いたい時に会えないでしょ?お互い不安だから、結婚するのかもしれない。あとは、彼のお祖母ちゃんの遺言かな」


「…お祖母ちゃん?」

 

 急にカイのとんがった気持ちが落ち着くのがわかる。そうだ、カイはお祖母ちゃんっ子だったのだ。


「そう。彼は夏に亡くなったお祖母ちゃんをとても愛してた。そのお祖母ちゃんが僕を気に入ってくれて、リアムは僕と結婚しないとダメだ、って言ってくれてたから」


「ふーん…じゃあ、リアムはマナの事を好きなわけじゃあないってこと?」


 ふぉっ、そういう風に見えるのかな?


 僕はちょっとドキッとした。


「違うよ、僕はリアムと彼のお祖母ちゃん、両方に好かれてるの。僕も二人のことを大好きだし、そこまで言われたら、後には引けないでしょ?これで説明になった?」


 僕は湧いたお湯をコップに入れ、ティーパックを入れてカイに渡した。待っていて寒かったろう、触れた指先が凍るように冷たい。


「うん…ありがと」


「どうしたの?珍しくイラついちゃってさ。何かあったんでしょ?今度は僕の質問」


 彼は少し迷ってから話した。本当は話すつもりで来たわけではないようだ。


「うん…今日クラスのな奴が、『おまえなんか医者になれるわけない』って言ってきて」


 僕はそれを聞いて一気に頭に血が上って立ち上がった。


「何だって?!そんなこと言われたの?なんでカイがなれないのか、そいつに理由を今から聞きにいくよ!」


「どうどう、マナ、落ち着いて…顔が真っ赤!もう…あはは…瞬間沸騰器ってマナのことだね」


 さっきまでイライラして元気がなかったカイが笑ってくれたのは嬉しいが、僕は悔しくて仕方ない。

 何で他人からそんな風に人の可能性を勝手に限定するようなことを言われなくちゃならないんだ!とても失礼で無責任だ。僕はそういうのをとても嫌う。


「何笑ってんだよ!!カイ、行こう、そいつの家知ってるんだろ?」


 カイは僕とは正反対の様子で呆れて僕を見ている。


「もういいよ、ありがと、マナ。なんかもうどうでもよくなった。…あ、医者になることがどうでもいいんじゃなくて、そいつんらのことがどうでもいいってこと」


「…カイはそれでいいの?言われっぱなしで?!」


 僕はまだ興奮が収まらなくて声を荒げた。


「いい。実は俺も自分がなれるわけないかもってどっかで思ってた。自信がないんだ。だから言われてイラっとした。自分に都合の悪いを言われると人は怒るって真実だね。

 でも怒ってるマナを見たら、これは他人には全く関係ない、自分の問題だなって思ったんだ。あー、すっきりした。ね、なんか夜ご飯作って!!あと、勉強わからないところあるから教えて」


「いいよ…でもね、カイ、もし理不尽なことを言われて悔しかったら僕に言うんだよ。そいつが謝るまで僕は許さないから」


「もー、マナは、クールかと思えばけっこう熱いよね、そういうとこ。俺は好きだけど。でもやられてやり返してたらケンカが終わらないだろ?不毛だよ。バカは放っておけばいいんだ、マナ。そいつがバカだってわかったからこれから付き合わなければ時間を無駄にしないで済むし、儲けもんだと思わなきゃ」


 子供に諭されて僕は黙り込んだ。

 確かにそうだ。でもカイが学校でそんなことを言われたなんて思うと頭に血がのぼってしまう。自分を律しなければダメだとはわかっているのだが。


「ちぇ、僕より大人みたいだね、カイは。さ、夜ご飯を作ろっか。火を起してあるから助かったよ、ご飯、用意できる?」


「うん」


 カイはさっさと飯盒にお米を2合入れて洗いに行ったので、任せることにした。



 僕は管理棟に向かった。ちょうど家の裏の肉屋で大量に安くなったスペアリブ肉を買ってきたので、少しずつ食べようと思っていたのだ。


 管理棟のキッチンでチューブの玉ネギ・ニンニクのすりおろし、醤油、はちみつ、パイナップルジュースを厚めのビニールに適当に入れて軽く混ぜた。そこに肉を入れてビニールの口を結ぶ。ニンジン・キャベツも食べやすい大きさに切った。


「よし」


「お、何作るの?」と美月が興味を持った。


「スペアリブ焼くよ。カイが来てるからさ。美月も出来上がったら呼ぶから来てね」


「おう、それは楽しみだな」と彼は目を嬉しそうに細めた。

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