第69話 初詣
僕らは眠い目をこすりながら朝6時に起きて用意し、初詣に向かった。
5時と言っていたが結局起きられなかったのだ。
バイクで30分程の場所にあるここいらでは一番大きくて由緒ある神社だ。この時間なら無料の神社専用駐車場も止められるくらい
僕らはリアムのバイクをはしっこに止めて鳥居をくぐり、ジャリジャリと音を立てて境内に入っていった。
鳥居から本殿までゆっくり歩いて15分くらいある。
白無垢と紋付袴の花嫁行列を僕は思い出していた。以前に見たヨッシーの兄の冬の結婚式は本当に美しくて、僕はナユと二人でうっとりした。
お嫁さんの髪と
その時僕はナユと将来そんなふうに歩けたらいいなと思っていた。彼がゲイでも偽装で僕と結婚してくれるかもしれない。それでもいいって思ってた。
(そんなことナユがするはずないのに、僕は本当にバカだな。でも今リアムとその道をこうやって歩いている。とても不思議だ…)
山の中腹に神社があるので街より空気が冷たい。
小さな頃は正月の早朝にもなると肌が切れそうに痛かったが、最近はそこまで寒いと感じない。氷もあまり張らなくなった。見かけてもとても薄く、靴の先で少し押すだけでピキっと音を立てて割れる。
僕でさえ温暖化が進んでいるのを毎年肌で感じている。
大人は皆わかっているはずなのに他人事のように声をあげない。偉い人ほど自分の考え方やライフスタイルを断固として変えたくない為に目を逸らすように見える。
それどころか勇気を持って声をあげる人を引きずり落とそうとする。それが一国の首長だったりする世界だ。頭を使わず眼を開かずに生きているのだろうか。困るのは自分の子供や孫たちだというのに。
もう目を逸らせられない時代が来ている気がする。例えば個人ごとに毎日の炭素排出量を測定し、スコアとして出せば自覚できる。少ないほど優秀だと規定されれば皆やっきになり、世界が変わるかもしれない。
痛みを伴うが仕方ないことだ、世界と個人は繋がっているのだから。マーセル・セローの『極北』の世界の終わりのような景色、僕は嫌だ。
そんなことを考えながら、本殿までの荒い石畳を川沿いに歩きながらぽつりぽつりと話す。
あまりに静かだから、ワイワイしゃべっていると神様に怒られそうだ。
「人が少ないね」
リアムが夜露で濡れた石畳で転ばないように僕の腕をしっかり持っている。なんだか僕が子供みたいだ。シズさんのとこに行く山道で僕が転んだのを思い出しているのだろう。
「うん、まだ7時だからね。でも9時くらいになると混んできて大渋滞だよ。お詣りに半日かかっちゃう」
僕がそう言うと、彼はクスリと笑った。
「マナは人込みが苦手だね…お母さんとは全然違う」
(確かに母はきっと一番混むであろう時間にわざわざ来そうだ)
「そうだね、母は賑やかなのが好きだから、きっと混んでる時に来るだろうね。…ねえ、リアムって僕と一緒にいて楽しいの?」
だって僕といると地味だし、若者らしい事なんて全然してない。クラブやライブも行かないし夜遊びもしない。そう僕が言うと、
「そうだな…夜遊びとかはもういいかな。マナといられればいい。でもたまには夜に一緒に出掛けたいよね。マナがグランマとショーを見に行ったみたいに。俺の歌も、今度こそ聞いて欲しいし。
ねえ、俺ふと思ったんだけど、いつまでもマナと出来ないのって、グランマの力かもよ。だっておかしくない?もう付き合って半年以上で、チャンスもいっぱいあるのに…」
「本当にルリさんのせいなら結婚まで諦めたほうがよさそうだね…どうする?」
「うーん、したいけどまさかこんなに難しいとはね…」
小さな声で言ったが、全然聞こえてる。
(諦めないんだ…まあいいか、今は本当に浮気してないみたいだし)
「じゃあ、今夜。家はお母さんがいるから、昨日のラブホテルにまた行く?正月だからあそこくらいしか空いてなさそう」
「うーん、あのミカンとお茶を持ってきたおばあちゃん、ちょっと妖怪みたいだった…日本のホテルって面白いね」
(確かに、部屋にお茶菓子を持ってくる、そんな親戚の家みたいなラブホテルって普通なのだろうか?あまりラブホテル事情に詳しくないのでわからないが、ちょっと似つかわしくない気がする。今度会ったらアユかホリジュンに聞いてみよう…)
「ちょっとびっくりしたよね、確かに…」
そんなことを言いながらいびつな石の階段を登っていたら、本殿前に着いた。
「さ、お
僕たちはお
『リアムの家族とお母さん、僕の周りの人たちが健康でいられますように。どうぞお願いします』
隣をふと見ると、リアムも真剣だ。ふと、触って何をお願いしてるのか見ようかとも思ったが、止めた。失礼な事だ。
彼が顔を上げて茶色の目が僕のと合うと、ちょっと照れくさそうに銀色の髪を触った。
そのしぐさは本当に可愛くて、僕はこの今の幸せに心から感謝した。
「あ、甘酒だ。飲んでもいい?」
僕らは休憩所で座って甘酒を飲んだ。意外に身体が冷えていたのだろう、激アマのそれは生姜が効いていて内側から温かくなる。
ふと顔を上げるとリアムが甘酒の入った大きな湯呑みを両手で持ちながらなにかをじっと見てる。それはこの神社で行った結婚式の写真だった。今時の派手な白無垢と深緑の袴を着たカップルが新緑鮮やかな神社で結婚式を挙げている。これは5,6月だろうか。
「ああ、ここで結婚式出来るんだよ。この前の餅つきでいたキャンプ場のオーナーのお兄さんもここで式をあげた。僕も母と見に来たけど、本当に
彼はじっとその周りに飾ってある何枚かの結婚式の写真を見ている。
「…マナ、俺これがいいな」
「は?」
(舞いたいってことだろうか?それとも楽器が欲しいの?)
「舞うのはちょっと聞いてみないと…」
「違うよ、俺たちの結婚式、ここでどう?パンフレットもらってくる!」
いや、リアムもうここに決めてるじゃん、と思いながらも、少し嬉しい。僕もここが好きで憧れていたのだ。
8月のいつぐらいがいいのかリアムはさっそく家に電話して聞き、僕の予定も聞いて結婚式の大体の日取りを決め、
「さ、その日が空いてるか聞いてこよう!」とさっそく事務局に向かった。
(は、早い…。パンフレットどころじゃないよ)
「はい、そのお日にち周辺は空いております。お取りしておきますか?」
受付の女性は早朝の、それも明らかに外国人のリアムの申し込みにも全くひるまずに受け答えしてる。
(さすがだ…)
「ハイ、オネガイシマス」
リアムが嬉しそうに答えた。
僕たちはその事務局の女性に結婚式までに大体の決めなければいけない事のスケジュールを教えてもらい、大体の全体の人数を告げた。お互い親戚が少ないので把握は簡単だ。
春の連休に有料の試食会があるので参考に来てくださいと言われて申し込んだ。ならばと、その時に料理や花、結婚式の白無垢や袴もその時に決めることになった。
「マジか…」
僕が余りのトントン拍子の即決めに、茫然自失でどんとのでかい火に当たっていると、
「暖かいね」とニヤニヤしながらリアムが笑いかけて僕の肩を抱き寄せた。
「マナさ、結婚する実感なかったんでしょ。顔に書いてある。ハワイの式も色々決めなきゃだから、今年は忙しくなるよ」
僕はまた心の中で『マジか…』と呟いた。
並んでどんとに当たっていると、後ろから肩を叩かれてどんどに落ちそうになった。リアムが慌てて僕の手を掴んだ。
「リーアムっ、マナっ!あけましておめでとっ」
どこの酔っぱらいかと思ったら自分の母だった。
(新年早々乱暴だな…)
僕は間違いなくこの親の血を引いていると新年早々に実感する。
「あけましておめでとうございます」とリアムは驚きつつも母に挨拶した。
「おめでとう…危ないんだけど。カラオケの帰り?」
母は僕の苦情など聞いてやいないようで、
「そうそう、今朝まで歌ってて、朝ごはんを食べてきたの。今から参ってくるよ。しかしすごい人だね、もう並んでる」とうきうきしながら答えた。
「お母さん、また話すけど、リアムとここで結婚式しようってことになって」
「へー、いいじゃない?日にちは?」
「8月のお盆の前かな」
「わかった。明日実家行くし、おじいちゃんたちに言っておくね。そうだ、結婚するんだしリアムも私の実家に新年の挨拶行く?顔見せてあげると喜ぶよ」
母の実家には母の両親とお兄さん夫婦が住んでいる。そこに明日3人で挨拶に行くのはどうかとリアムに聞くと、
「いきます」と即答した。
(今夜はラブホテルね、って言ってたのに…うーん、切り替えが早い。僕が一番付いて行けてないよ)
初詣の後、僕たちは家でまったりとお節を食べている。
母は昔から毎年正月元旦だけは何もしない。
元旦は新春のくだらないテレビを見ながら、お昼はお雑煮とお節を食べる。ナユもなぜか正月はうちに来てて、毎年こうやって3人で過ごしたものだ。懐かしくて仕方ない。
リアムが、毎年マナがしてるような正月でいい、と言うので、特にどこも行くわけでもなくのんびりしている、というわけだ。
雑煮のお餅は先日の餅つきの余りを延ばして作った切り餅だ。
僕は雑煮の作り方を彼に教えた。
かつおでだしを取ってから、手でちぎった白菜を入れて醤油と味醂で味付けする。リアムが僕が手でちぎると驚いた。お正月は包丁を使わないんだ、と教えると疑っている。怠け者だと思っているのだろう。
白菜が煮えたら切り餅を投入する。
「ねー、お母さん何個食べる?」
「んー、2つ」と眠そうに答えた。そりゃそうだろう、寝てないんだから!
「りょーかい」
僕たちも2つずついれる。そしてお椀に入れてかつおぶしを散らした。とてもシンプルだ。でもなぜか母に作らせると餅がドロドロになって出汁にとけるほど加熱するので、毎年僕が作るようにしている。
でも油断するといつの間にか母が作ろうとするので要注意だ。
さっそく、頂きます、といって手を付ける。
「とても美味しい」とリアムが言うと、なぜか母が僕より喜んで、
「そうでしょ?マナのお雑煮、これから毎年食べてあげてね」と言った。
それほど大した料理ではないので恥ずかしくなるじゃないか。でもリアムは真剣に、はい、と答えた。
年長者には驚くほど素直だ。これが彼が皆に愛される
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