第49話 俺は我がままだから、仕方ない
「もー、マナ、許して。本当にわかるのか確かめただけだって…」
リアムがお風呂を出て、入れ替わりでお風呂に向かう僕にじゃれつきながら謝ってくる。
ネタじゃなくて本当に思ってるのがショックだ。本当は許してるけど
「ぷぷっ、もうリアムって…笑っちゃう。怒ってないよ、本当の事だしね」
(そうだ、ザキが『リアムに
もうちょっとザキに突っ込んで聞いておけば良かった、と思いつつ、お風呂の入口で彼と別れ、鏡で胸を見る。
僕の胸の成長は彼の言うとおりあまり芳しくない。
4月に測定を開始した時点とのアンダーとトップの胸囲差が約100mm、つまり10センチ程度でAカップだったが、今は150mmの差が測定されたのでBカップに昇進した。5か月で1カップup…イマイチ成果が出ているかよくわからない。
それに彼と別れてからはマッサージもしていないのだ。
僕はため息をついて風呂場に入っていった。
湯煙が立ち込めたお風呂は8畳くらいの広さがあり、全面タイル張りになっている。湯船は小さいモザイクタイルで曲面が多いし手間がかかっている。形も彩りも面白い。何度も入りたい美しさだ。
僕が身体を洗っていると、ガラガラと戸が開いてシズが入ってきた。
「シズさん!嬉しい、一緒に入れるなんて」
「やっぱりリアムと一緒に入ってない。あなた若いくせに意外と固いのね」
「いえ、そういうわけではないのですが…ちょっと彼が信用できない事件がありまして…今は友達なんです」
「なるほどね…でも二人のそういうところ、好ましいわよ」
褒められた気はしないが、まあ好きと言われているのだから嬉しい。
並んで洗ってから湯船につかった。見ると彼女の身体は老女とは思えないくらいに若々しい。肌に張りがある。
「シズさんって本当に若いですね、心も身体も80代にはとても見えません。そういえばルリさんも100歳なのにすんごく若く見えて。ただ、力を使った後は疲れて見えましたが…蚕様って不思議です」
「何、興味ある?マナならなれるわよ。私は動物を使役できるんだけど、蚕様によって得意分野が違うのよ」
「例えば?」
俄然興味がわいた。
「そうね、治療の反対で、相手に害をなす『逆治療』を得意とする人もいたし、昆虫や爬虫類を使って相手に悪い事を起こすのが得意な蚕様もいた。昨夜のムカデとかを使役するの。後は身体から幽体を飛ばして遠くに行けた人もいるわ。治療以外に出来ることは人によって全然違うの。私の母は力が強かったから幽体で東京まで行って治療できたくらい。
ねえ、マナはルリの記憶を受け継いでるでしょ?わかるの。
ルリはきっと私の母に触れた時に蚕様になってしまってたんでしょうね…でも理解できなくて誰にも言えなかった。そして知らずに能力を使って一族に呪いを与えてしまった。とても可哀そうであり、でも幸運でもある。蚕様で外に出られた人間はいないのよ」
「そうなんですね…」
「この村、すごいでしょ?あのお墓もこの家も、村人の家も。すべてが最高級のものを惜しみなく使っている。治療によってお金は有り余ってるけど、決定的にないものがある。なんだと思う?」
(もしかして…)
「愛、ですか?」
「そう。昔は愛がなくても制度があって無理やり成り立たせていたけど、戦争のごたごたでその制度もなくなり、残ったのは使命感の形骸だけ。もうあと10年でこの村は無くなるでしょう。マナにはこんな能力を
真剣に僕を想い、諭そうとする目はルリとそっくりだった。この人も他人の為に生きている…僕はそう思った。
戻ると広い二間続きの部屋に布団が1組だけぽつんとひいてある。リアムは布団に座っていたが、僕を見てすぐに気まずそうにした。
(え?これって…最後にシズさんってばやってくれたな…)
動揺して目を彼に向けられないまま、彼から少し離れて畳にぺたりと座った。そして横を向いたまま、
「へへへ、シズさんとお風呂入っちゃった。彼女80には見えないくらい、お肌つるつるだったよ」とやや棒読みで話した。
空気で彼も少し緊張してるのがわかる。
「そうなんだ…そういえばグランマもすごく若く見えて、80代の時も60代にしか見えなかったな。俺はお金があるからだって思ってたけど、よく考えてみたらエステとか行くとこ見たことない。能力のせいだったんだね」
「そっか…ってことは、僕が能力者のままだと、若いままでいられるんだ…修行したら人の病気も治せるし他の能力も開花するかも…」
思いついたように僕が言うと、リアムがこちらを向いて口を尖らせた。
「嫌だよ、俺」
言い方が可愛くて僕は笑ってしまった。
「冗談だよ。冗談。綺麗なままだと付き合った時にリアムが浮気しないかなって思っただけ」
僕がそう言うと、彼はすぐに僕の側に来た。
「浮気なんて…しないよ。言い訳に聞こえるだろうけど、バーの事だって浮気だなんて思ってもみなかった。今と同じでマナだけ好きだったんだから…もうあんなことしない、だってマナがいたら俺には必要ないんだから…信じて」
彼は切なげに言って僕の手を大きな手のひらで握り込んだ。茶色い目が潤んでいる。
(そんな顔で言うなんてズルい。そんな表情にさせてる僕が悪いような気になるじゃないか!)
身体が熱くて、なんだか心臓もバクバクして彼の心が読めない。僕の心が乱されているからだろうか。
「ねえ、どう?わかる?」
「…う、うん…」
僕が困っていると、彼がもっとにじり寄ってきて僕の顔を覗き込んだ。近すぎて余計に困ってしまう。
「どうなの?まだ俺の事信用できない?」
「…でき…かな?」
「良かった!」
彼の顔がぱあっと明るくなって、僕にがばっと抱き着いた。
(いや、できる、って言ってないんだけど…)
「じゃあ、俺と恋人になってくれる?俺を見ても、もう思い出さないで」
(いや、無理だ。あんまりにも衝撃的で忘れられないよ…)
そう言おうとしたら、
「俺だけを見て。ずっと毎日、毎晩俺だけを見てて欲しい。他は全部忘れて…ね」と先手を打たれてしまった。
(忘れる、か。どうなんだろう)
僕は前から思ってたことを聞いてみた。
「…じゃあさ、リアムは僕が他の男性と、その…してるとこ見ても忘れられるの?」
「…無理。そんなことになったらマナをずっと鍵の付いた部屋に閉じ込めちゃうかも…」
(怖いよ!)
僕の頭の中に時代劇の座敷牢のイメージが浮かび上がってぞくっとした。時代劇専門チャンネルの見過ぎだろうか。
それにしても僕には忘れろって言っておいて、フェアじゃない。
僕が不公平だと言って頬を膨らますと、
「だって…俺は我がままだから、仕方ないでしょ?」と開き直った。
「ぷぷっ!なにそれ、リアム…理由になってないよ!もうっ…」
「
「不公平は嫌だけど、リアムは好きだ」
あまりに彼が可愛くて、思わず本音がこぼれた。まんまと彼の誘導に引っかかったようだ。
彼は僕の言葉を引き出して今までで一番嬉しそうな表情を浮かべた。茶色の目が生き生きして輝いて綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「へへへ、やっと俺の事好きだって言ってくれた。嬉しい」
「そんなに?」
「うん。俺はマナが好きだ。とてもとてもね」
そう言って、彼は僕にゆっくり顔を近づけた。僕に回した腕が緊張で少し震えている。初めてキャンプ場で彼がキスしたときに似ている。
「もうマナを逃がさないから」
そんな怖いことを言って彼は僕に深く何度も角度を変えて口づけた。
身体の芯までしびれてフワフワする。それに、彼が一所懸命にキスだけで
今日からまた恋人になって、その付き合った日にすぐ…ってわけには彼としてはいかないみたいだ。
正直僕はもう付き合うと決めたからしても良かったのだが、それは言わなかった。このくすぐったくて甘い気持ちをもう少し味わいたい。
僕たちがまた恋人に戻ることになると、間違いなくアユあたりに怒られそうだ。
でもこれって長期の投資にどこか似ている。
将来の納得(資産価値の高まり)に対し、いまの不納得(低価値)で行動するのが投資の基本だとものの本に書いてあった。読み込んで当たればニヤリと出来るし、外れたらそれまで、ゼロになることもあるだろう。
母は僕に18歳から少額で毎月の投資信託をさせている。
思えば『子供が一人で生きていけるようにする』というのが彼女の教育の一貫したテーマだった。勉強をしろとは言われたことがない。
僕はわからないながらも情報を集めてなんとか独立系の投信に決め、自分で口座を開設し、毎月の積立て購入手続きをした。毎月母からもらう一万円を投資して、聞かれた時には収支を母に報告する。増えるときもあれば元本を大きく割るときもある。最初は焦っていたが、段々慣れてきた。下がったら上がるまで待てばいいとわかってきたからだ。
星の数ほどある投資信託商品や独立系投信会社の中で僕がそこを選んだ理由は、それまでの実績と、その会社が震災の際にまとまった金額の支援を迅速にしていたことと、社長の愛読書が僕の好みだった事、それだけだった。要するにその会社のありようが気に入っただけだ。金儲けにロマンなんておかしな話だが。
でも18歳なんて知識もないしパッケージで選ぶ、そんなものだ。
たまに日経平均の基準価格と自分の投資信託の価格を比べると面白いし、他の国で何かがあると値動きするのを見るのも面白い。世界と僕が持ってる金融商品が繋がっている、その感覚が楽しいのだ。
果たして彼と僕は1年後2年後、そしてもしかして結婚などしていたら40年後はどうなっているのだろう。最後にニヤリと出来ればいいのだが…まさに賭けだと思う。
せっかくの人生だ、またがっかりさせられるかもしれないが、大好きな人と一緒に居るという銘柄に僕は賭けることにした。
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