第50話 キャンプに似つかわしくない客

「もう相手を離さないようにね。そして、早めに能力は手放して、二度とここに来ちゃダメよ」


 そう言ったシズは優しくて強くて少し寂しくて、ルリにやっぱり似ていた。


 僕らは村を早朝に出た。10年経ったら無くなっているかもしれないこの村の事を、絶対に忘れないように目に焼き付けながら。




「リアム、シズさんと話してたね。なんて?」


 彼はルリと似たシズにとても懐いていたので、来ないように言われて落ち込んでいるのがまるわかりだった。


「ここを一緒に出ないかって誘ってみたんだ。でも断られた…頼りないよね、俺では。情けないよ、もっと大人だったら…」


 僕と同じことを言ってたんだと思うと何だか胸が熱くなる。


「そっか…リアムの優しさ、シズさん喜んだと思う。でも彼女はあの場所で生きて死ぬことを運命として深く受け入れてた。ルリさんだって、同じ立場ならそうしてたと思う。リアムのせいじゃない。…でもわかるよ、僕もとても悲しい」


 あの世に近いあの場所だけで生きて死んでいくシズのことを考えると泣きそうになる。そしたらリアムがびっくりするようなことを言った。


「マナ、来るなって言われたけど、また来てもいいよね…?」


 僕はもう二度と来るなと言われて、頭っからそうするものだと思っていたので、その言葉に飛び上がるほど驚いた。


「さ…さすがっ、我がままだと自覚するだけあるね…ふふふっ」


「なんで笑うんだよっ」と怒る彼を僕は長い時間笑った。


(そうだよな、なんて言われても泣くほど会いたいんだから来たらいい。僕が馬鹿だった…ふふふ)


 きっとシズは僕らがまたここに訪れたらびっくりしてあきれちゃうだろう。その日が楽しみだ。

 



 僕らは空港で別れ、お互いの家に帰った。


 非日常は終わった、と思っていたら、家で車のトランクに入れたシズからの『お土産』の小さな紙袋には封のついた札束が乱雑に5束入っていた。コンニャク5つ。


「ルリを連れてきてくれた御礼」と和紙に黒々と達筆で書かれたメッセージが上に乗っかっている。


「お使いにしては高額過ぎだよ、シズさん…」


 僕はその文字をしばらく眺めてから、和紙を折って手帳に入れ、紙袋を押し入れの奥に隠した。そこだけあの村の非日常が続いているってのも面白いのかもしれない。




 大学の新学期が始まり、ゼミ、家庭教師、週末はキャンプ場でバイトして泊った。平日はだいたいリアムと電話する、そんな平凡で幸せな日常が戻ってきた。


 彼は僕の為に歌をYouTubeにあげてくれる。


(忙しいんじゃないの…?)


 そう思いつつもかなり嬉しい。

 エルトン・ジョンの『Your Song』で「みんなに、君の為の歌だっていっていいんだよ」っていうとこや、エド・シーランの『Shape Of You』で付き合いたてのカップルが食べ放題でデートするとこなど、女子がときめく甘い甘い曲ばかり…。

 聞いていて恥ずかしいのだが、何度も開いてしまうのだった。




 のんびりしてるような忙しいような、飛ぶように過ぎる日々のなか、サイトの掃除をしていたら桜が紅葉を始めていた。今年は朝夕の寒暖差が激しいのできっと鮮やかな紅に色づくだろう。

 もう11月になっていた。


 アイランドキャンピングパークの桜紅葉さくらもみじの始まりを僕はさっそくホームページに掲載した。桜の花があれだけ見事なのだ、紅葉も素晴らしいだろう。

 フリーサイトでピクニックは500円のワンコインでできる。のんびりしにふらりと来てもらえれば、と思うのだ。



 桜紅葉が人を呼んで賑わう秋の連休の前日、その男性は予約なしで受付に現れた。

 受付票に記入してもらい、僕は用意しながら何とはなしに目で追った。


森田克もりたかつみ、55歳、ソロキャンプ…?)


 どう見ても彼は「ソロキャンプ」に似つかわしくなかった。高級ホテルが似合う人種だ。

 地味だけど高級そうな仕立てのスリーピーススーツにピカピカに磨かれた紐の革靴。どちらもホコリも付いておらず丁寧に手入れされている。自分で手入れするような感じではないから奥様だろう。

 手のかかりそうな人に見えるので、すべて自分でするソロキャンプとはベクトルが違い過ぎる。


「テントやチェアなど普通にいりそうなものをレンタルでお願いします。設置も有料でいいのでできるならお願いしたい」


「はい、かしこまりました。何泊ですか?」


 彼は少し考えてから言った。

 ここで考える人は珍しい。大体皆決めてくるものだ。


「そうだな…1週間で」


「…はい。ではとりあえずレンタル抜きで2万1千円お願いします」


「では…これで。お釣りはいい、レンタルもこれから買うものもそこから払っておいてください。面倒ですがお願いします」


 彼はジャケットの内ポケットからピン(プラチナか?それだけで大した金額になりそうだ)で挟んだ1万円札を10枚出して、トレーに丁寧に置いた。ピンにはあと20枚ほどは挟まってるように見える。


 さすがに10枚は頂けないので、


「多いです、3枚で」と7枚返した。


「いや、かけますので」


(迷惑…?お世話でなく…)


 僕は気になって仕方なくて、


「あの、服にゴミが…取っても宜しいですか?」と聞きつつ、もう肩に触ってた。




「アユとルイって明日から連休でしょ?秋で紅葉が綺麗だから暇なら泊りにきてくれない?ちょっと相談したいことがあって。テント張っておくし」


 僕は森田のテント一式を見晴らしのいい、管理棟からすぐ見えるサイトにセットした後、すぐにアユたちに連絡した。彼らの力が必要だった。


「えー、嬉しい。相談なんて初めてじゃないですか?ルイに聞いてまた連絡しますね」


「うん、ありがと」


 二人はバイトをしてない。今は二人の世界を楽しんでいる最中なのだ。


『明日の昼に行きますねっ』『仕方ないから行ってやるよ』とさっそく二人からメッセージが来たので、僕は森田の隣のサイトを予約済にした。アユたちにそのサイトの片方を使ってもらうのだ。もう片方は僕が使う。




「お疲れ様です」


 僕が引継ぎの後急いで上がろうとすると、カウンターの美月が「おう、リアムでも来るのか?」と茶化した。


(いや、そんな楽しい事でもないけど)


「いえ、ちょっと気になることがあって」と答えると、眉を寄せた。


「気になるな、言ってみろよ」


 カウンターの裏でずいずい寄ってくるので僕は部屋の隅に押しやられた。美月さん怖いよ、と言おうとした瞬間、ザキが美月の頭をはたいた。


「こらっ、マナをおどかすンじゃないよ、この猛獣が!見境いなしやな」


 でも美月は真剣にザキにも訴えた。


「こいつ変なんだよ、何か隠してる」


 さすがザキの野生の勘、美月の様子を見てザキも加勢を初めたので僕は負けた。




「え…あの16番ソロサイトの森田さんが…?マジか、なんでわかるんだよ」


「いえ、僕の勘なので…だから黙って監視しようかなって。明日は友人が来るので、相談して昼間なんとなく怪しい素振りがないか見ててもらおうと思ってます」


「おまえー」「マナー」と二人が怒っている。


(そりゃそうだ、勘なんかで騒ぎを起こすなって思うよね…)


「そういうことは早く言えよ!」「そういうのは早く言わなあかン!」と二人が同時に言ったのでびっくりした。


「へ…?でも勘ですよ?」


「でもおまえはそう感じたから監視までしようと思ったんだろ?俺も協力するよ」


「私もや。マナ、もっと仲間を頼らな」


「仲間…」


 そう言われて胸がほわっと温かくなる。このキャンプ場はきっと冬でも温かい。




 僕は美月に説明した後、自分のサイトになに食わぬ顔で来て隣を見た。

 荷物も一切なさそうだ。本当に手ぶらでキャンプに来る人は初めてだ。


「今晩は、今夜はいい月ですね」


「お、管理棟にいた従業員の方ですね。今晩は。バイトの後はこちらで泊られて、明日もバイトですか?いいですね、自由な生き方。憧れます」


 僕は森田が買い物でいない間にテントを隣のサイトにセットしておいた。

 彼は僕がセットしたテントの前のロゴスのあぐらチェアに座ってランタンを吊るして本を読んでいた。彼がいる部分だけ落ち着いた書斎のように感じる。

 机にはワインの瓶だけ。グラスがないので仕方なくそのまま飲んでいるようだ。ゴミ箱にお弁当のゴミが入ってるので夕飯はとったのだろう。もう6時半だ。


 僕はたき火用のU字溝に火を起こし、網の上に5人用の鍋を置いて水を入れて沸かす。

 そこに鳥ガラスープの素、醤油を入れて味を見る。白菜、ニンジン、大根を拍子木切りにして入れた。そこに家の近くにある肉屋の鶏肉の味付きミンチ2パックをスプーンで丸く成型しながら投入した。いい匂いが立ってくる。


「マナ、いい匂いだね~、スープ?」と言いながら人が寄ってくる。


「鳥つくねスープだよ。あと5分で出来るから、皿を持ってきてくれたらおすそ分けします」と皆に言うと嬉しそうに去っていった。もう夜は肌寒いからスープが欲しくなる。

 火が通っているか団子を味見をしていると、


「マナさん、というんですね。皆に慕われていて…若いのに立派です」と森田が声をかけてきた。


「いえ、僕はここが好きなだけです。一人の人もグループの人も誰でも温かく受け入れる場所です。…森田さんもたくさんの温かい人に囲まれてる人に見えますがね。はい、おすそわけ」


 僕はできたてホカホカの鳥つくねと野菜を入れたプラスチックのスープ皿とスプーンを彼に手渡した。


「…そう見えますか?ありがとう、頂きます」


「どうぞ。お口に合うといいのですが」


 森田は両手で丁寧にそれを受け取り、上品に口にして汁まで飲み干した。

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