第35話 家では末っ子甘えん坊
リアムと夢中で話をしていた。
電話と違って彼が前にいる。それだけで嬉しくて仕方がないのだ。
「夜御飯ですよ」
彼のお母さんが呼びに来て上品にドアをノックした。一階から大声で呼ぶうちとはえらい違いだ。
「今日はご両親お仕事休みなの?」
「うん、マナが来るから休んだって」
(…そうだよね、2週間も泊りに来る人がどんな人か確認したいよな)
「なんか申し訳なかったね…僕の家では全然おもてなししてないのに…」
「いいんだよ、そうでもしないと二人とも休まないし。ハワイではね、家族が一番だから」
「家族…」
運動会が延期で平日になると、僕の母は仕事を優先して見に来なかったのをふと思い出した。
(ナユもお母さんが仕事で来てなくて二人一緒にお弁当食べたっけ…)
僕がぼんやり昔を思い出してると、リアムがちょっと不機嫌そうに、
「なに考えてる?」と言ってにじり寄ってきた。
(もうご飯なのにまた押し倒されたら今度こそ殴ってしまうかもしれないな…)
自分の家だからかここにいるリアムは少し子供っぽくてわがままだ。
「僕の家族ってお母さんしかもういないんだな、って思ってただけ。別に寂しくないよ、羨ましいけどね」
「…ごめん、幼馴染のこと思い出してるかと思って…」
「ナユも僕の家族の一人だった。僕の周りからどんどん人がいなくなってくね…」と言う言葉を遮るように、
「俺はマナを離さないから。絶対にいなくならないから、大丈夫だよ。ほら、俺の家族みんな酷い病気になったことないんだ。もともと健康で。だから…」と喉を詰まらせて僕をぎゅっと抱きしめた。
見上げると彼は今にも泣きそうな顔をしている。
こんな顔にさせてしまい、僕は申し訳なくて彼の頬にそっと手を添えた。
「ごめん、ヘンなこと言って。さ、下に行こう。皆待ってる」
「ん…ダメ…離さない…」
なんだかそれ以上言えなくてじっとしてたら、力強い手でグイッと僕らは引き
「こらこら、早く来なさい!みんな待ってるの」
やっぱりキアナだった。口元が笑ってる。
リアムが子供みたいに口をとがらせて「フン」と言ったので、僕は思わず笑ってしまった。これじゃカイより子供だ。
「すいません、遅くなりました」と僕が謝ると、
「いいのよ、どうせリアムが離さなかったんでしょ?ごめんなさいね」とリアムのお母さんがお見通しで答えた。
なんだろう、リアムはこの家では末っ子甘えん坊キャラで通っているようだ。そんな様子を楽しんで微笑んでるルリが食事の挨拶をした。
「さ、今夜はマナのおかげで久し振りに家族が揃って嬉しいこと。マナ、よく来てくれました、歓迎します。自分の家だと思ってくつろいでね。では頂きましょう」
僕たちは掌を合わせた。
「ふぁー、すんごく美味しかった!リアムのお母さん料理上手だねぇ…びっくりだよ」
何から何まで手作りの、身体に良さそうな食事だった。見た目さえも完ぺきだ。僕のハワイのイメージとは違って甘さ控えめで繊細な味付けで、日本食に近い。
「そうだろ?母はフードコーディネーターだからね。基本はグランマや父の身体を気遣った料理を作ってくれるけど、俺らの為にがっつり系も別で作ってくれるんだ」
「フ、フードコーディネーター?」
これまた僕の周りにはいない仕事だ。
(道理で手際が良すぎると思ったよ…)
「リアムのうち、すごいなー」と僕が感心すると、
「ありがと」と嬉しそうにした。
彼が家族が大好きなのが伝わって僕は和む。
「でもごめんね、父の話に突き合わせて。父はハワイが大好きだから…」
「わかるよ、とってもいい所だもんね。それだけ地元に誇りや愛着を持ってるのってカッコイイと思う」
「そう?ありがと」とこれまた嬉しそうに言った。
彼のお父さんは熱心にハワイの住宅建築について話してくれた。
「ここ、マキキの歴史は特性があってね。20世紀初期の他のハワイのコミュニティとは違って、いろんな階級が混合で住んでいた。この家が建つ西部地域は中産階級や労働者階級が主だったんだ。僕の父もここで育った。
ブルーノ・マースが育った場所であり、フィリピンのマルコス大統領が追放後に快適に住んでいた場所でもある。
リアムが通ってた高校の近くにあるアルフレッド・ホッキングハウスはね、このオアフ島で最も印象的なアン女王ゆかりの家だったんだ。石の壁と小塔は立派で一見の価値があるよ。
マキキにはそんな歴史的住宅が数多くあって、30の窓が付いたチューダーリバイバルハウスや、1930年代の地中海リバイバルスタイルもある。西洋とアジアの両方の要素を含んだハワイアンバンガローもあって、ハワイ独特の西洋と東洋の文化あるんだ。
裕福な家が有名な建築家に依頼してハワイアン住宅を建てるのが流行したおかげで、特徴がある多数の作品があるんだよ。ハワイの住宅って面白いんだよ。歴史的な住居、見るに値する住居がたくさんあるんだ。次の休みに連れてってあげよう」
せっかくお父さんが言っってくれたのに、
「バカね、お父さんと社会見学なんてしてるより、私とビーチでも行きたいわよね、マナ」とキアナが言ったので僕は困って赤くなった。
「いえ、誘って頂いて嬉しいです。是非案内して欲しいです」と僕が言うと、
「なんかさ、みんなで俺がマナを独り占めしないようにしてる?」とリアムが苦情を言った。
「あんたがマナにヘンなことしないようにね。マナのお母さんに申し訳ないでしょ!」
そうキアナが言ったので家族全員が大笑いした。
(いや、あんま笑えないし…でも結構オープンなんだな)
僕がリアムを見ると、ニヤニヤして、
「ほら、マナのとこと同じでしょ」と言った。
ふと視線を感じて上座を見ると、ルリと目が合った。
この空気を楽しんでいるらしい笑顔の彼女が、僕におちゃめにウインクした。そんな可愛いらしいウインク、今まで外国の映画でしか見たことなかった。
「時差でしんどいだろ?今夜は早く寝なよ」
僕を気遣ってリアムが部屋を出ていったので、似合わないゴージャスなシャワールームで身体を洗い、さっぱりした。
ゆっくり眠れそうだな、とこれまた夢のようにゴージャスなベッドに寝転んだ。
(疲れた…)
いつの間にか目が閉じてしまい、まだ飛行機の中にいるみたいにフワフワ
身体を起こし時計を見ると12時だった。いつの間にか3時間ほど寝ていたようだ。頭は時差ボケが治ってすっきりしている。
僕は耳を澄ました。
(誰かが呼んでる?)
木が茂っているせいで道路の車の音も聞こえ辛いのに、定期的に誰かに名前を呼ばれた。ふと窓から庭を見ると、ピンクのストールを巻いたルリがこちらに手を振っている。
(僕?)
試しに振り返すと、手招きした。間違いなかった。
僕は急いでパーカーを羽織って靴を履いた。
「どうされたんですか、こんな時間に。風邪、引きますよ」
「こんばんは、マナ。あなたなら気が付くと思って、呼んでたのよ。眠りが浅くなってたから、チャンスだって思ってね」といたずらっ子みたいに舌を出した。
「もう、僕が怒られちゃう…とりあえず座りましょう」
「そうね。こっちにあずまやがあるの。死んだ息子夫婦が作ってくれたのよ」
(ん…?リアムの両親は生きてる。ってことはルリさんってリアムの祖母じゃないのか?もしかして曾祖母…?)
「失礼ですがおいくつなんですか?」
「今年で100だよ、多分ね」
(ほー、ひゃく…100歳?)
「ひゃく!!ダメだ、中に入りましょ、ね!」
「急に年寄り扱いしてもらっても困るわ。見たでしょ?家族はみんな私の好きにさせてくれてる。明日死んでも誰も文句は言わないわよ」
(…いや、僕が困る)
「ダメです、帰りましょう」
「じゃあ、ひとつだけ、私の話を聞いてくれないかい?」
「ひとつ…ですね?」
ひとつならそれほど時間はかからないと判断し、僕は頷いた。
「わかりました、聞かせください」
ルリさんの長い話が始まった。
「私はね、奈良との県境に近い三重の山中の特別な集落で産まれたの。
そこには『
でも私の父は、夫のいる美しい蚕様に
そして好きあって生まれたのが私。
掟を破った父がいる私の家はずっと村八分にされてた。その父も戦争が始まると真っ先に最前線に送られて死んだ。父の両親もすでになくなっていて一人ぼっちになった私を救ってくれたのが、腹違いの姉だったの。
彼女は私をずっと妹と呼んで大事にしてくれていた。
ある日、治癒をした高貴な方のつてを頼って私をお金持ちの商家に養女に出したの。それは私が10歳くらいの年で、彼女は15歳くらいですでに蚕様になって苦労していたのでもう大人だったのね…。
それからは養女になった家の為に懸命に働いたわ。下女がするような仕事も率先してやった。そのうちに私に商才があると義父が見込んで、ハワイに連れてきてくれた。そこで夫に出会った。
私はね、触れると相手の気持ちがわかっちゃうの。あなたは気が付いたでしょ?だから相手がペテン師かまともな商売人かはすぐに判断できたし、裏をかくこともできた。
ハワイで道を歩いていると、日本人だからって『いくらだ?』と聞かれたわ。そういうのは慣れっこで無視していたんだけど、夫はね、ずっとしつこく付きまとってくるのよ、それこそ犬みたいに。だから、『ちゃんと間に人を置いて話を通して下さい』って頼んだの。彼が私のことを本当に心から好きだってことは、触れなくても空気越しですぐにわかった。だから、この人と幸せになりたいって思ったの。そんな風に私のことを一番に好きになってくれる人、それまで一人もいなかった。
でもね…罰が当たった。能力をお金儲けに使ったせいで、男の子を一人授かってすぐに夫は死んだ。怖くなって一切仕事には能力を使わないようにしたわ。でもその息子も結婚して子供が出来たら夫婦で事故にあってね、あっけなく死んでしまった。
リアムの両親にはまだなにも起こっていないから、もう私は許されたのかもしれない…でも私は自分が許せない。今もまだ」
彼女の瞳は真っ黒で、海の底みたいで…僕は吸い込まれてしまった。しばらくは息をするのも忘れてじっと海底に沈んでいた。
「寒くなってきたわ、戻りましょう」
彼女が立ち上がろうとするのを僕は引き留めた。
「あの…」
「なあに?」
振り向いた彼女は、昼に見た時よりずっと年老いて見えた。今なら100歳と言われても驚かない。
「なんで僕に…?」
彼女はふっと笑って、
「日本から帰ってきたリアムの心をのぞいたら、あなたが真ん中にいた。あの子の周りにはあまりいい子がいなくて…リアムに問題があるせいなんだけどね。それも私の罰なのかもしれない。でもマナを選んだってことは、まだあの子にも救いがあるかもしれない。だから、ここに強引に呼んだのよ。マナ…何があってもあの子を見捨てないであげて欲しいの…お願い…」
僕は頭が混乱した。
(リアムに問題が?)
でもそれより何より、この目の前の女性が僕に懇願して泣いているのが問題だった。あまり泣くと身体に触る。なんせ100歳だ。
「わ、わかりました、ってば。だから、泣かないで下さい。僕はリアムのことがとても好きなんです。だから安心して…」
「あら、そう?良かった。約束よ、マナ」
ルリはぱっと泣くのを止めて大きく微笑んだ。まさにひまわりのような笑顔で、僕は呆れて、夜なのに一緒に大声で笑ってしまった。
僕はまんまと騙されて約束させられた。やはり僕は可愛い女の子に弱いようだ。
ルリを部屋まで送り届けて部屋に戻ると、リアムがベッドに寝ていた。
僕は彼の顔が良く見えるように向かい合ってゆっくり起こさないように寝転んだ。
指で頬を触ると少し動いたのでびくりと手を引っ込めた。寝てる人を起こすのは僕のモットーに反する。
「…僕はずっと…リアムのそばにいられるのかな?」
(どうなんだろう…ルリはああ言ったけど、どっちかと言うと僕が彼に捨てられる確率のがどう考えても高い。だって僕は何も持っていないし、彼はすべてを持っているように見える。でも…本当に綺麗だ)
僕は彼の胸に耳を付け、一定のリズムで打つ心地よい心臓の音を聞きながら眠りについた。
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