第24話 3人いれば 手巻き寿司

 ナユの墓参りのあと、僕は彼を遊園地に誘った。


 本格的な絶叫マシンが1台しかない家族向けの海辺の遊園地だが、スペインのイメージを前面に押して他の遊園地とは一線を画している。

 青い空に、ぼこぼこした丸みのあるスペイン風の白い壁が映える。


 そして、案の定春休みだというのに、全然人がいない。

 こんなんでやっていけるのだろうかと来るたびに思う。


 ちなみに僕とナユの高校では秋の遠足はここが定番だ。

 その時は3校もの遠足がかぶっていたが、それでも待ち時間は30分以下だ。いつ潰れてもおかしくない。



「へー、遊園地なんて久しぶりだ…ハワイには移動式の遊園地しかないから」とリアムは懐かしそうに言った。


「い、移動式…?そんなの初めて聞いた。大きいの?」


「うん、結構本気モードだよ、絶叫系もあるし。大体は、学校が業者に依頼して数日間開催することが多いかな」


 そんなの初耳だ。


(そっちの方がすごいよ…それも学校?)


 さすがアメリカだ、底力が違う。


「さ、何乗る?」


「じゃ、絶叫系からいこうか。リアム大丈夫?」


「…大丈夫だよ」


 僕らは手をつないで一番怖い絶叫マシンに向かった。




「うう…も、もう無理…リアム本当に三半規管強すぎ…」


 彼に強引に3回連続で乗せられてへたってしまい、僕はベンチに座り込んでいた。

 すいているのですぐに順番が回ってくる。休みなく乗ったらこのていたらくだ。

 僕は空手をしてるわりには運動神経が悪い。

 足をブラブラとさせる、上から吊られる絶叫マシンの遠心力で、頭と足がフワフワして感覚がない。まだ乗っている気がする。


「飲み物買ってくるよ」


 リアムが申し訳なさそうに買いに走った。相変わらずフットワークが軽い。

 少しして冷たい清涼飲料水のペットボトルを持ってきてくれた。


「はい、飲むとすっきりするよ」


「ありがと…」


 僕が2口ほど飲んで、ふー、と大きく息を吐くと、リアムは、


「ごめんね…ちょっと意地悪しちゃった」と小さな声で言った。


(意地悪?気が付かなかった)


「どうしたの?」


「…だって、マナが『リアム』なんて言うから…ナユタの事思い出してると思ったら無性にイラっとしちゃって…悪かったよ」


 そう申し訳なさげに言って僕の背中を優しくさすった。


(僕は無意識に言っていたのだろうか?ナユって絶叫系どうだっけ?一緒に乗った記憶があるな)


「僕の言い方が悪かったよ。ナユの事思って言ったわけじゃなかったけど、誤解させてごめん」


「俺こそ…さっきお墓で『俺が幸せにします』って宣言してきたくせに…恥ずかしいよ」


「したの?」


「した。マナがナユのことどれだけ好きでも、俺は君が好きだ。俺は君のものだよ」


「…僕はナユに『好きな人を連れてきた』って報告した。『彼を大事にする』ってナユに約束、したから…だから、リアムは嫉妬なんてしなくても大丈夫だ」


 そう僕がつっかえながら言うと、リアムは顔を真っ赤にしてから上を向き、隠すように両手で顔を覆った。


(まさか泣いてるの?)


「どんな顔、してるのか見せて?」


 僕は彼の覆った手を外そうとしたが、すごく力が強くて動かせなかったので諦め、僕は彼の身体に腕を回してぎゅっと思いきり抱きしめた。




 遊園地で乗り物を嫌というほど堪能したあと、リアムを家の夕食に招待した。

 母に電話して、酢飯の用意と卵の薄焼きを頼む。


 僕らは帰り道のスーパーで買い込んだ。

 イクラ・エビ・大葉・カイワレ・キュウリ・ねり梅・イカ・マグロ、そしてちゃんとしたでんぷ。海苔くらいはうちにあるだろうが、一応買っておく。これは必需品だ。


 僕は手巻き寿司がとても好きなのだが、母と二人ではなかなか出来ない。やはり3人はいないと具もあまり種類が買えないから張り合いがないだろう。


「お邪魔します」「ただいまー」と言いながら家に上がる僕らを、いや、母が満面の笑みで出迎えた。


「いらっしゃい、また来てくれて嬉しい!」 


 ヨッシーから聞いた話では、柴田のおばさんにリアムを僕の恋人だと自慢してたらしい。


(恥ずかしすぎるよ…っていうか、前連れてきた時点では全然友達だったのだけど…まあいいや)


 今は恋人だ。

 



 僕はベッドにひっくり返った。


「ひゃー、食べ過ぎたよ…」と僕が自分のお腹を触ると、リアムが、


「本当によく食べたね」と笑った。


 久しぶりの手巻きずしに興奮してしまった。昔はナユと母と三人でよくしていた。そういえば2年くらいぶりだ。


 彼がそっと僕のお腹の上の手に自分の手を重ねた。


「妊娠初期みたい」


 医者の卵が言うとリアルすぎる。


 僕は、「へへへ」と笑いながら、


「ねえ、こんな僕のどこが好きなの?いつから?」とずっと気になっていた疑問を口にした。

 だって、乱暴だし見た目は男みたいだし、大学は休学中だ。いいところが思いつかない。


「…初めて会った日に、マナの頬にキスして殴られた時、からかな」


 僕の生活感のない部屋の中の唯一生活感のある本棚を見ながら言った。

 本棚には薬学関係の大学の資料やお気に入りのマンガが詰まっている。

 後は植物関係の本だ。


「…うそ?それって変だよ、リアムってMなの?」


 彼は照れたように、自分の銀髪を触った。


「俺のグランマがね、一目惚れしていきなり話しかけた曾祖父を殴ったんだって。馴れ馴れしい、失礼だ、ちゃんと人を通してから話しかけなさいって。

 それを聞いて育ったから、マナに会って本当にこんな女の子いるんだってびっくりした。俺今まで一度も女の子に殴られたことなんてないんだよ。キスしたら喜んでもらえると思ってた。

 で、気になって見てたら可愛いし、誰にでも同じように親切だし、目上の人には敬意を持っているし…いや、これ終わらないよ?マナの好きなところをあげるときりがない。

 要するに恋、しちゃったんだ。ナユタの話を聞いてすごく悔しく思ってる自分を感じて、この気持ちが間違いないってわかった。今まで嫉妬なんてしたことなかったから。

 正直に言ったよ、どう?納得した?」


 そう言って、僕に綺麗な顔を近づけた。長い指を僕の唇に当ててから、歯科検診みたいに唇の間に滑り込ませて横に引っ張った。


「ううっ…」


「動物のお医者さんの気分だな…もしくは小児科医」


 彼は僕から指をすっと離し、そう言って笑った。茶色の瞳が意地悪に光る。

 無駄にドキドキさせられて悔しい僕は反撃に出た。


「お医者様、胸が苦しいんですが…」


 僕は彼の首に手をまわして引き寄せ、彼の賢そうな耳もとでなるべく苦しそうに言った。そして美味しそうな耳をチロリと舐めた。彼の耳は誰の耳とも違う。スペアを取って飾りたいくらい繊細で美しい形をしているのだ。


「…リアム…?」


 反応がないので遊ぶのを止めて彼の顔を見ると、赤くなって固まっていた。


「ご、ごめん、子ども扱いされてちょっと仕返ししたかっただけなの」


「うんん、大丈夫…でもそういうのされると困る」


「ごめん、キモかった?」


 し慣れてないから変だったのだろう。


「違う、ユーワクしないで!」とリアムは言って、僕に押し付けるようにキスした。

 ベッドの真ん中が二人の重みで沈んでギシっと音が鳴る。ゆっくり舌が入ってきた。


(ううっ、油断してたよ…まさか僕の部屋ではそういう事はしないと安心してた…)


「ん…ダメ、ここでは…やめっ…」


 リアムは無視して僕の中に入り込んでいる。だんだんボウっとしてきて自然に彼の舌に自分のを絡めた。頭の中に音が響く。ふいに服の中に彼の手が入り込んできてびくっとした。


「…やっ…!」


 僕は彼をどかせようと右手で彼の肩を叩いたが、力が上手く入らず、すぐに彼に手を抑えられてしまった。


「マナのせいだよ…」


 彼はまた深くキスをしてから舌を首に這わせた。少し噛まれると僕の身体が跳ねるように反応する。


「マナ、可愛いね。今すぐに俺のものにしちゃいたい…」


 彼は僕の薄手のトレーナーを胸の上までたくし上げて、ブラジャーを上にずらした。彼の顔が僕の胸の上で止まったかと思うと、先端を口に含んだ。僕の頭の中が真っ白になった…。




「ごめん、冗談だって」


 彼は僕が殴った頬を押さえながら謝った。

 いや、絶対冗談には見えなかった。僕はリアムを無視して、彼をお風呂場に放り出し、キッチンの椅子にどかっと座った。


「ケンカ?仲いいね。お布団、敷いておくよ」と母はのんきに笑ってキッチンを出た。


 僕は全然笑えない。ナユはいつも凪の海のように静かな気持ちにさせてくれた。一緒にいてこんなにどきどきしたり怒ったりしたことない。と、またナユと比べてる自分がいてはっとした。


 彼はそれに気が付いているから(と言っても許せないが)意地悪するのだと思い当たって少し反省した。それに最後の夜だ、ケンカなんてしたくない。

 元はと言えば僕がからかったんだし…だんだん弱気になっていたら、リアムがお風呂から出てきた。早い。紺のスエットパジャマは背の高かった(らしい)父のを用意したが、それでも少し小さい。


「ちょっと小さいね、きつい?」とごめんねの代わりに聞いた。


「大丈夫、ありがと。マナの部屋にいるね」


 彼もホッとしてるようだ。


「うん、僕もお風呂入ってくるよ」




 風呂場で洗っていると、さっきリアムが口に含んだ部分など身体が敏感になっているのがわかる。身体が僕の心より先にリアムを受け入れる準備をしているのだ。


(でもな、家、ってのが嫌だ。母親がいる同じ建物で…いや、考えられない。ああでも…やっぱり昨夜最後までしてもらっておけば良かったのかもしれない)


 なんだかなー、と思いながらお風呂を出て、リアムの分もお茶を持って自分の部屋に上がると、6畳ほどの僕の部屋のベッドの横にキッチキチにお布団がもう1組、ひいてある。

 僕はクラリとめまいがした。


(お母さん…なにこれ!?)


 僕の口元がわなわなしてるのを見て、リアムが抑えきれずに笑い出した。

 絶対僕が入ってきてびっくりするのを楽しみに待ってたんだろう。やっぱり彼は意地悪だ。

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