海辺のメリーゴーラウンド

道上拓磨

第一話 曇天と海と制服の女の子

 最初から気が乗らなかったんだ。

 誰だよ、遊園地に行こうなんて言い出したのは。



 小学校の卒業式を目前に控えた僕達は、地元の遊園地で遊んでいた。

 僕を含めた男女七人組で、男四人、女が三人だった。


 友人の男達がここぞとばかりにかっこつけて、女の子達はジェットコースターで男にべたべたと甘える。

 そんな姿を見ていて、僕は気持ちが疲れてしまった。


 それで僕は一人、遊園地から抜け出た。

 でもきっと、誰も気づいてないんじゃないかな。

 僕がいなくなったことに。


 無理に作り笑いを浮かべているよりは、こうして一人で海を眺めているほうがまだマシだった。


 鳥が鳴いてる。

 僕は空を見上げた。

 灰色の空はどこまでも続いて、空と海は同じ色をしてた。


 海は穏やかだった。

 潮の香りがした。

 海岸には僕一人だけだった。


 海を臨むように回転する観覧車には、昼過ぎだというのにもうライトが灯っていた。

 緑や赤のライトがちかちか光って、薄暗い曇天の午後にはお似合いだった。


 こんな雰囲気にぴったりの音楽を聴けたらなと思うんだけど、残念ながら僕は音楽に詳しくない。

 それに音楽プレーヤーだって持ってない。


 さっき遊園地で乗ったお化け屋敷だけは面白かったなあ、なんてふと思い出す。

 歩いていくタイプじゃなくて、ライド型のお化け屋敷だった。

 みんなでじゃんけんをして、僕は渡辺わたなべさんって女の子と二人で乗ることになった。彼女はその結果になんだか不服そうだった。

 僕達は小さな黒い乗り物に、係員によって押し込まれた。乗り物が動き出してから終わるまでの間、渡辺さんは一言だって喋らなかった。きゃー、とも言わなかった。

 でも僕は、そんな彼女のことは気にせず楽しんだ。


 レールに沿って乗り物は進み、それは終始きーきーと音を立てていた。

 お化け屋敷の中はほとんど暗闇で、機械仕掛けのお化けの唐突な出現に伴う派手な効果音と毒々しい照明が僕を驚かそうとした。実際、驚きはしなかったけど。あんなのに驚くことが出来るのなんて、きっと幼稚園生くらいのものだろう。


 西洋風のお化け屋敷だった。出てくるお化けはみんな定番のモンスターばっかりだった。それも僕の気に入った。


 先の尖った木の杭でヴァンパイアがぶっ刺されるシーンは、特に素晴らしかった。

 蝋人形特有の奇妙な無表情を浮かべた男が、棺桶に眠るヴァンパイアの胸に杭をぶっ刺していた。蝋人形の腕だけが可動式で、杭と一体になった彼の腕がぎこちなく上下しているところはなんだか滑稽だった。

 杭を打ち込まれているヴァンパイアは、間抜けっぽく口を開けたまま叫び声を上げてた。

 僕はつい笑ってしまった。


 今日楽しかったのは、それくらい。

 あとはずっと退屈で、憂鬱だった。


 誰とも会話を交わさずにベンチでアメリカンドッグを食べてる時なんて、なんともいえない虚しさを感じた。他のみんなは楽しそうにあれこれ会話していたけど、僕だけ蚊帳の外だった。

 そもそも僕は、アメリカンドッグが好きじゃない。

 ジェットコースターに乗って、その後なぜだかわからないけどみんなでアメリカンドッグを食べる流れになったんだ。

 売店に並んでアメリカンドッグを買ったんだけど、店員が僕に対してだけつっけんどんな態度をとっていたような気がした。そんなことで僕は余計に滅入ってしまう。


 アメリカンドッグを食べ終わると、みんなは次の乗り物へと向かって走っていった。

 僕はそのままベンチに残った。

 それから一人、僕は遊園地を出た。


 海岸は、遊園地から出てすぐのところにあった。

 砂浜へと続いているコンクリートの階段に、僕は腰を下ろした。


 精神が擦り切れてしまった。

 喧騒から距離を置きたかった。


 僕は一人、海を眺めながら心を落ち着かせようとしていた。


 そんな時だった。


「横、座ってもいい?」


 声がした。


 僕は横を見上げた。

 制服の女の子が立っていた。

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