龍すし
「カズ君、こっちもあるんだ」
「こりゃ、凄い。栄光のメンバーのアルバムやん。じゃ、ひょっとすると」
「お目当てはこっちでしょ」
私はパラパラとアルバムをめくるとお目当ての写真を探し出してあげました。
「こりゃ、目が潰れるな」
「大げさな」
「いや、真剣にや。だってリンドウ先輩が真ん中で、左右がシオとコトリちゃんの夢のスリーショットやんか」
準々決勝では写真係をするって逃げ回ってたんだけど、リンドウ先輩は写真部の顧問の先生どころか、校長先生から、後援会長、はたまた私の実家まで根回ししてチア・リーダーやらされました。
「サイズ合わせが・・・」
これで逃げようにも、実家まで手が回っていたもので、バッチリサイズのコスチュームが出来上がってました。既に準々決勝から動員されていたコトリちゃんには、
「逃げようと思っても無駄。相手を誰だと思ってるのよ」
たしかに、相手は天下無敵のリンドウ先輩でした。でもね、結果としてやって良かったと思います。すっごく恥しいと思ったけど、試合が始まったら恥しいもなにもなくなっちゃいましたもの。それぐらい準決勝も決勝も感動ものだったし、ひたすら熱狂してた。
「シオには悪いけど、三人並んでもリンドウ先輩、抜けてる気がする」
「ううん、全然悪くないわよ。私とコトリちゃんが左右に並んでも段違いだったのよ。二人がリンドウ先輩の引き立て役にしか感じなかったもの」
「ボクもあの時に見てたけど、実際そうやったし、みんなもそう言ってた」
リンドウ先輩はもともと可愛い人でしたが、三年に進級された頃から可愛さに輝きが加わって行った気がします。その輝きは県予選が進むにつれてドンドン増していかれ、とくに決勝の時には目を瞠るほど綺麗になられていました。前日の準決勝の時にも一緒にチア・リーダーをやっているのですが、コトリちゃんと、
「あの人、ホントにリンドウ先輩よね」
「そのはずなんだけど、どうにも自信がなくて・・・」
「私もそうなのよ」
「昨日に較べても別人としか思えない」
それはもう眩いばかりとしか言いようがありませんでした。私もコトリちゃんも入学してから、ずっと追っかけをされていて大変だったのですが、決勝の日からリンドウ先輩が御卒業されるまでは追っかけが殆どいなくなっちゃいました。私もコトリちゃんもラクになって嬉しかったのですがリンドウ先輩は大変でした。
そりゃもう、リンドウ先輩が校内を歩かれるだけで、加賀百万石の大名行列じゃないかってぐらいの追っかけが付いて回る騒ぎになったのです。もう数えきれないぐらいのリンドウ先輩のグッズが売り出され、飛ぶように売れるというか、奪い合い状態だったのも覚えてます。
「ボクはシオを女神様と思てるし、シオより美人なんて世の中にそうそういないと思てるけど、リンドウ先輩だけはシオより綺麗だった」
「私なんかじゃ、到底かなわないぐらい綺麗だったもの。私もあの頃のリンドウ先輩より綺麗で素敵な人を未だに見たことないよ。辛うじて近いのは最後に会った時のユッキーぐらいかな」
「元気な頃のユッキーでも、まだ及ばない気がする。やっぱり水橋先輩とお付き合いされてから変わられたんかな」
「とにかく、誰も文句の付けようのないスーパーカップルだったものね」
なにせ決勝進出の立役者のスーパーヒーローであり、ため息が出るほど格好良くて爽やかな水橋先輩と、並ぶ者のいないトップいやスーパーアイドルのリンドウ先輩です。お二人が並ばれて歩かれるだけでうっとり見惚れてしまったものです。まさしく絵に描いたような美男美女の夢のようなカップルでした。
「ところでカズ君、水橋先輩、あれからどうされたの」
「どうもこうもないやんか。プロ行きはったやんか」
ドラフト一位だったかな。新人賞も、最多勝も取ってました。
「それは知ってるけど、四年ぐらいでやめちゃったやんか。どっか故障でも起したの」
「シオ、知らんかったんか。引退したんは怪我のせいやないで。今は鮨屋やってはる」
「へぇ、知らんかった。なんていうお店」
「龍すし」
「えっ、ひょっとしてあの有名な龍すし?」
「そうや。グルメ雑誌にもよく出てくるし、ミシュランでも星三個やったんちゃうかな」
「行ってみようか」
まあ超有名店にして、人気店ですから、無理だと思いながら電話してみました。ただ、こういう店は案外当日の方がキャンセルが入って空いてたりするものです。
「・・・予約というか今日行けますか」
「申し訳ありません、本日は貸し切りになっております」
あの龍すしを土曜日に貸切にする客がいるのに驚きました。ただなんですが電話の声の主にどこかで聞き覚えがあります。水橋先輩が鮨屋をやられていて店の名前が『龍すし』なら、もしかして、もしかして・・・
「あのう、失礼ですが、もしかして竜胆薫さんではありませんか」
向こうもなにか感づいたようで、
「ええ、そうですが・・・ひょっとしたら加納志織さん」
その後に電話の向こうでなにかやり取りがあって、
「加納やったらOKだって。何人で来るの」
「二人ですけど」
「もう一人は・・・」
カズ君だと言ったら、しばらく考えてから、
「思い出した! ユッキー・カズ坊のカズ坊やんか。もちろんOKだよ」
貸切はどうなってるんだと聞こうとしたら、来てのお楽しみにしときって。とにもかくにも水橋先輩だけではなくリンドウ先輩まで会えるとなって、ワクワクしながら龍すしにお邪魔しました。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは着物姿も凛々しいリンドウ先輩です。本当にお綺麗で、お変わりないというより、高校の時よりさらに魅力的になられています。
「加納も相変わらず別嬪さんやな。そうや、後ろの男連中紹介しとくわ。だいぶ変わってもて、見る影もない奴もおるからな」
後ろの方から
「リンドウ、それはないやろ」
「そこのハゲが何いうんや」
「なにを、このデブが」
こんな声も聞こえましたが、既に集まってる人達を紹介されて目が点になりました。春川さん、夏海さん、秋葉さん、冬月さん、古城君に、竜胆監督までいます。他にも乾君に、里見君もです。そしてね、リンドウ先輩が、
「今日はね、あの時の野球部の連中が久しぶりに集まる日だったの。大丸君と、手塚君は仕事でどうしても来れなかったけど、結構集まってくれて嬉しいの。その上に女神の加納がサプライズゲストに入ってくれて最高よ。ついでみたいで悪いけどカズ坊もね」
栄光のメンバーに囲まれて照れくさいやら、恥しいやら、緊張するやらで、もう大変。隣のカズ君の顔も緊張でガチガチってところです。それぞれの近況報告みたいなものもあったのですが、話題はどうしてもあの夏の激闘になります。私もカズ君も聞いたことがないような裏話がポンポン出てきて時間も経つのを忘れていきます。そんななかで、
「水橋先輩は極楽大附属のエースとプロでも対決されましたよね」
「交流戦の時やったかな」
そしたら夏海先輩が、
「あん時のインタビューが傑作やった」
水橋先輩はスタンドに叩き込んでいます。水橋先輩の十打席連続敬遠は高校野球、いや野球の伝説の一つになっているのですが、試合後のインタビューで極楽大附属の元エースは、
『十一個目の敬遠を続けとけば良かった』
このインタビューもプロ野球の名シーンの一つになっているそうです。あの時に勝負してくれていたら勝っていたしれないの悔しい思いが、どうしたって胸にこみ上げてきます。
私たちのことも聞かれましたが、カズ君が袋叩きになって冷やかされてました。まあ結果的に私とコトリちゃんを天秤にかけて、私を婚約者に選んでますからね。それはもう殺されそうな勢いで乾君なんて、
「山本、なんでお前はそんな美味しい目にあうんや。女神様と天使に惚れられるほどの男にはオレには絶対見えんぞ。加納、お前は騙されてるんだ。目を覚ませ、悔い改めるんだ。今からでも遅くない。山本の正体は悪魔や、オレが追っ払ってやる! エックソーシザマズ ティー オミニス イムンドゥスム スピリトゥス オムニ サタニカ ポテンティス オムニ インクルゥシィオ・・・」
里見君も
「女神様がなんで山本なんかに。そのうえ天使を振ってやと。絶対エエ死に方せんぞ。いいや、この店から生きて出られるとは思うなよ。オレが呪ってやる、祟ってやる。エコエコ・アザラク エコエコ・ザメラク エコエコ・ケルノノス エコエコ・アラディーア・・・」
ユッキーの話もしたのですが、あの氷姫がカズ君のプロポーズを受けて可愛いユッキーに変貌した話に大変驚かれ、
「山本、お前、女神様と天使だけでは飽き足らず、氷姫まで手を出していたのか! ・・・にしても、あの氷姫がユッキー様ならともかく、可愛いユッキーになったのは、オレには想像するのさえ難しいんやが・・・」
そんなユッキーがカズ君との束の間の幸せな時間の後に病気で亡くなったと聞いて、みんな泣いてくれました。リンドウ先輩なんてワンワン泣きながら、
「氷姫もやっと幸せをつかんだのに、どうして、どうしてそうなっちゃうのよ・・・」
私たちのことはともかく、私が知りたいのは水橋先輩の引退理由と、なぜ今は鮨屋なんだってことです。そしたら今までカウンターの向こうで、料理を出す方にどちらかと言えば専念していた水橋先輩がにこやかに笑いながら、
「あれはな、カオルの親父さんが、弟子入りに、なかなかウンと言うてくれへんかったからやねん」
リンドウ先輩が補足してくれましたが、水橋先輩はリンドウ先輩の実家の鮨屋を継ぐと言ったらしいのです。そりゃ、周囲は大反対。プロに入ればいくらでも稼げるのは誰の目にも明らかだったからです。ただリンドウ先輩の親父さんが弟子入りを断った理由は違ってまして、
『師匠より上手な弟子など取れない』
こういって四年間待って欲しいといったそうです。四年間で何をしたかというと、あの歳から血の滲むような修業をやったそうです。水橋先輩は時間待ちの間に生活費を稼ぎにプロに行ったとか。おいおい、どこか話がおかしいやんか。
「オトンもあれで名人って呼ばれる腕はあったんよ。四年間、頑張った末にユウジの弟子入りを認めたんやけど、弟子入りを認めた翌日には抜かれてた」
師匠も師匠やけど、弟子も弟子ってところです。それで暖簾分けしてもらって、この店作ったんだって。資金はプロ四年間で十分すぎるほど・・・そりゃ稼いでるわよ。四年間で百勝してて、プロ野球界の至宝とまで呼ばれてたんだから。あのまま続けていたら、どれだけの記録を打ち立てたことか、メジャーだって行ってたかもしれません。
ちにみに今は水橋裕司でなくて、竜胆裕司。水橋先輩は男の跡継ぎがいなかったリンドウ先輩の実家の店をなんとかしたいと思ってそうしたようです。ただリンドウ先輩の親父さんも頑固で、店は譲らないというか、水橋先輩と並んで鮨を握るのは死んでも嫌だと頑張った結果が今だそうです。
そんな『いきさつ』って聞いても、どう答えたらわからない状況です。なんとなくわかったのは、水橋先輩がリンドウ先輩を本当に大切にされていることです。もう御結婚されて長いはずですが、まるで新婚、下手すると初々しい恋人同士にさえ見えます。
ちょっと気になって
「今でも助っ人稼業をやられることはあるのですか」
「あるよたまに。でもね、今はボランティアだよ」
リンドウ先輩の話によると水橋先輩は他人に頼られる時にのみ燃えるそうです。一番というか、ほとんど興味がないのが『自分のため』。依頼者が本当に困っていて、他の誰にも頼れなかった時に助っ人として立ち上がるって感じでしょうか。
高額な成功報酬を請求していたのも、依頼者の真剣さを計る物差しだったようです。本当に困っているのなら払えるはずだって。追加請求も依頼者の真剣度が下がったと感じたら容赦なくぐらいでしょうか。それも払えないのなら、たいして困ってないぐらいと見なしていたようです。
「だからね、最終的にはカネじゃないのよ。準備に惜しみなく費用を注ぎ込むから赤字になってた依頼もわりとあったのよ」
これも伝説になっている野球部への成功報酬の話をお聞きすると、水橋先輩が話に加わられて、
「カオルからの依頼は格別やってん。話自体は加納が聞いたんでウソやないけど、オレはな、あの時に一生気持ちを燃やし続けられる相手を見つけたんや」
「もう、ユウジったら」
リンドウ先輩がポッと頬を赤く染められていました。だから鮨屋なのかもしれません。リンドウ先輩を一番喜ばせるものが家業の鮨屋をなんとかさせる事と思い込んだら、プロ野球の高額報酬なんて水橋先輩にとって、どうでも良いことだったのでしょう。
そんなことを感じていたら秋葉先輩が、
「水橋がもしリンドウを不幸にしよったら、野球部総出で〆てやるつもりだったんやけど、見せられるのはコレばっかりで、目のやり場に困るんや」
そしたらリンドウ先輩が、
「野球部で〆るって? ユウジはそりゃ強いのよ。間違いなく全員返り討ちね」
そしたら夏海先輩が、
「たしかに勝てへんわ。喧嘩でも、野球でも、なんでもな。あっというまに覚えて、あんだけ上手になるんじゃ勝負にならんわいな」
そうやってみんなで大笑いしてました。そこからはさらに盛り上がっていって、フォア・シーズンズの四人が突然バンドを組んで歌いだすんです。なんで鮨屋にギターや、キーボード、さらにドラムまであるのよってところです。
水橋先輩もギターを弾いて歌い出しました。話には何度も聞いたことがあるのですが、水橋先輩は本当になんでも出来ます。それも一流のプロの腕です。そしたら冬月先輩が私の傍に来て、
「加納さん、お久しぶり。ますます売れっ子みたいだね」
「冬月先輩こそ」
冬月先輩は夏の予選が終わった後にピアノに専念され、芸大を経て今はプロのピアニストです。マスコミが付けているフレーズは、
『ピアノの貴公子、天才冬月進』
私は前に仕事で御一緒させてもらった事があります。相変わらずダンディでジェントルマンで、仕事の時にもあれこれ気をつかってもらいました。もちろん売れっ子で有名人で、こんな鮨屋でキーボードを余興で弾いてることが知られただけで、ちょっとした事件としてマスコミ・ネタにされてしまうかもしれません。
「本当に水橋が鮨屋をやってくれて助かった。ピアノなんかやられてたら、ボクなんてピアニストとして食べて行けたかどうかわからないもの」
いくらなんでも思いましたが、
「水橋先輩、ピアノも弾けるんですか」
「もちろんさ。水橋、ちょっとピアノ弾いてくれないか」
「よっしゃ」
もうなんで鮨屋にピアノが出てくるかなんて、もう気にしない事にします。そりゃ、見事な弾き語りで『ア・ソング・フォー・ユー』歌われました。いつ水橋先輩がピアノを覚えられたかですが、県大会終了後に冬月先輩が音楽室でピアノの弾いてる時に水橋先輩が来られて、
『冬月、ちょっとピアノ見せてもらってエエか』
『良いけど、また仕事かい』
『いや、カオルの誕生日に・・・』
その日に冬月先輩のピアノを見て覚えてしまったそうです。
「えっ、本当にたったそれだけですか?」
「水橋にとっては十分なのさ。そんなのは何度も見てるんだ」
それでも冬月先輩に較べるのはさすがに無理があると思って、
「でも冬月先輩に較べたら・・・」
「今だけならボクの方が上だけど、水橋が仕事で請け負ったら三日で抜かれる。ゴメン、ちょっと言い過ぎた、半日もあれば余裕で置き去りにされる」
春川先輩は実家の工務店を継いでおられ、この店の工事も請け負われたそうです。その時の話をあれこれして頂いたのですが、
「ところがなぁ、水橋の奴、全部自分でやりたがるんで困ってもたんよ。そりゃ、何やらしてもうちの職人より上手いから文句も言いにくくて」
リンドウ先輩が笑いながら、この店も一人で作りかねない勢いだったけど、内装だけで我慢してもらってるって。このハイセンスな内装を水橋先輩が一人で作り上げられたと聞いて絶句してしまいました。
「それとなリンドウが値引き交渉するんだよ」
「やだ春川君、ちょっと友達価格でサービスしてって言っただけじゃない」
「オレはリンドウ相手に交渉するってのが、どんなものかを骨の髄まで経験させられたわ。あれこそが天下無敵だわ。うちの営業担当は泣いてたし、持ってこられた契約内容見て目剥いたもの」
「春川君相手だから、そんなに無理言ってる気はなかったんだけど」
そうそう古城君と竜胆監督に、
「惜しかったですね」
竜胆監督は古城君が三年になるまで監督を続けられたのですが、夏は結局ベスト8止まり。
「やっぱり極楽大附属も、SSU附属も強かったわ」
古城君も
「二年の時がSSU附属、三年の時は極楽大附属にやられちゃいました」
クジ運としか言いようがないのですが準々決勝で当たってしまい、どちらも惜敗。春はどうだったかですが、、
「一年の時は県大会まで進んだけど一回戦でまたもや極楽大附属に、二年の時は第三代表で近畿大会まで進んだけど一回戦で大阪の・・・」
「二十一世紀枠もアカンかったし」
チーム力は決勝に行った時より上かもしれなかったそうですが、乾君や里見君も来てちょっとしたボヤキ大会みたいになってしまいました。なにか竜胆監督と古城君、乾君、里見君には心残りがあったようです。、
「まあ、ついて来れへんかったもんな」
「そうですね、監督。やっぱり、リンドウさんと大丸先輩がいないと無理があったかもしれません」
「それでも、あのチームに水橋がいたらなぁ」
「ええ、水橋さんがいたら言うまでもないですが、リンドウさんがいるだけでも絶対だったのに。せめて大丸先輩がいただけでも勝てたかもしれないと思います」
あの決勝に進んだ年の練習は野球部でも伝説になっているそうです。しかしあれ以降は、あそこまでの練習を続けることは無理だったみたいで、あの練習を知っている古城君、乾君、里見君、手塚君、扇君、須藤君たちはかなり歯痒かったみたいです。
「あの時の練習はホンマに辛かったけど、ボクらは幸せやったかもしれへん」
「そうですね。大丸先輩みたいな名キャプテンと、偉大なGMのリンドウさんがおられたのですから」
「今から思えば、あのお二人が同時におられた偶然があの練習を可能にしたんやと思う。それが二人ともおられなくなってしまったもんな」
「そして二度と現れなかった」
こんな練習では極楽大附属や、SSU附属に勝てない、ましてや水橋先輩抜きで勝とうとするのは甘すぎるみたいな感じでしょうか。それでも明文館高校野球部の黄金時代を作ったのは間違いありません。たった三年間でしたが、甲子園への夢を抱かせてくれた時代でした。でも監督も古城君も甲子園に行きたかったろうな。私も見たかった。
そのうちに秋葉先輩が何かの話で盛り上がってきて、
「・・・見たい」
そしたら春川先輩も、古城君も
「見たい、見たい、ぜひ見たい」
こんな話が急に盛上がり、いったい何を見たいかと戸惑ってると水橋先輩が、
「カオル、みんなああ言うてるで」
「わかった、まかしとき」
そういって奥に入られました。冬月先輩がピアノで急にコンバット・マーチを奏で出し、皆様がわっと盛り上がったところに、
「は~い」
もう腰が抜けるとはこのことで、リンドウ先輩が、あのチア・リーダー姿に着替えられてボンボンもって踊って出て来られたんです。全然スタイルがお変わりになっていないのにも感心したんですが、当然のように引っ張り出されて一緒にボンボンもって踊らされちゃいました。
そうやってると里見君が
「五番サード夏海君」
そうアナウンス風に呼ぶと、夏海先輩がバッターボックスに入る仕草をするんですが、
「あかん、また三振や」
そうやって、さも無念そうに天を仰ぐ仕草をして大爆笑。秋葉先輩も、乾君も、冬月先輩も、春川先輩も、古城君も次々にコールされて続いていきます。それぞれにパフォーマンスをやられて、最後に水橋先輩もコールされて、
「あちゃ、また敬遠や」
こう言ってバカ受け。でも改めてこうやって知っても、あの決勝まで進んだメンバーの素晴らしさに感動しています。とくにスーパーエースの水橋先輩と、天下無敵のリンドウ先輩の桁外れさに。こんな人々が集まってあの夏に私たち全員を熱狂させてたんだと。
そうそう記念写真を撮ろうという話になってカズ君が撮ってくれたのですが、撮れた写真を水橋先輩が面白がって、
「こうやるんか」
私は茫然。なんと、あの光の写真をあっさり撮ってしまったのです。カズ君もあんぐりしてました。冬月先輩が仰る通り、水橋先輩が鮨屋で良かったとつくづく思いました。同業者ならエライ目にあいます。
本当に熱かった時代の空気を胸いっぱいに吸わせて頂いて、本当に爽やかな気持ちにさせて頂きました。またこの栄光のメンバーと会うことはあるのでしょうか。そうそう別れ際にリンドウ先輩が、
「次、やる時もおいでよ。その時は小島も呼んで、チア・リーダーのそろい踏みやるで。コスチューム残ってるやろ」
リンドウ先輩が『やる』と言ったら必ずやらされそうです。でも、相当シェープアップしないと入る気がしませんが、許してくれないだろうなぁ・・・コトリちゃんも間違いなく引っ張り出されるよね。でも、まあいっか、頑張ってダイエットとシェープアップに励んでおこう。
カズ君との帰り道、二人の想いは同じ、二人は同じ時間にいる。あの時間の中に二人はいる。あの日が鮮やかに甦る。あの熱い熱い夏の日の激闘の記憶が甦る。あの時、私は確かにいたんだ。スタンドで一緒に戦ったんだ。球場を震わす大歓声が聞こえてくる。魂を震わすあの大歓声の中に二人はいる。
「カズ君、あの試合ってホントにあったんだよね」
「間違いなくあった。リンドウ先輩が作り上げた奇跡の時間が・・・」
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