追い出し会

 ボクは古城明。今日は夏の予選も終ってから二週間後ですが、三年生の追い出し会になっています。これも一悶着あって、水橋さん、春川さん、夏海さん、秋葉さん、冬月さんの五人は県予選の決勝の翌日に退部届を出されたのです。自分たちは単なる助っ人に過ぎないから仕事が終わればいる必要ないって。これにリンドウさんまで、


「ウチも単なる助っ人やし、仕事が済んだから辞める」


 そういって退部届を出されました。そりゃ大騒ぎになりました。誰もあの六人を単なる助っ人なんて思ってる人は野球部にはいないからです。いや学校中にいないはずです。あの六人がいてくれたからこそ決勝にまで駒を進めることが出来たのです。あの六人は野球部が続く限り、いや明文館高校がある限り永遠に語り継がれる栄光のメンバーなのです。

 後援会長も顔を真っ青にして説得に当たっていました。もちろん校長もです。実はって程の話ではないのですが、決勝まで進んだので最終的に結構な額の寄付が集まったそうなんです。甲子園に行けなかったのでかなり残っちゃったのですが、決勝進出の記録を残すために記念碑を作る計画が進んでいたのです。

 記念碑の案を見せてもらいましたが、決勝のスコアと先発ラインナップ、控え選手、監督の名前、さらにGMのリンドウさんも刻まれるとなってました。リンドウさんについては一部というかPTA会長から異論が出たそうですが、校長先生は、


「戦ったのは選手たちだが、今年の野球部を作り上げたのは竜胆君だ。誰よりもそれを私は知っている。その名を刻まない記念碑だったら作る意味がない。私は竜胆君単独の記念碑があっても良いぐらいに考えてる」


 そこまで言い切ってリンドウさんの名前も入ることになっています。ボクもリンドウさんの名前が入らない記念碑は意味がないのは校長と同じ意見です。その肝心の六人が県予選終了後に中途退部されたら非常に都合が悪いというところです。

 ボクらは記念碑云々だけではなく、一緒にあの県予選を戦い抜いた仲間として野球部としてキチンと送り出したいと強く願いました。こんな形で中途退部されるのは残念と言うか、許されない気持ちで一杯でした。大丸先輩や、監督まで説得に出馬されて今日は晴れて全員出席してくれています。もちろん退部届も撤回してもらいました。そのために新チーム発足が先になり、追い出し会が後になっています。

 そうそうウチの部員も増えてます。これは夏の予選を戦いながらボクも不思議だったのですが、あれだけ大活躍してたのに、いっこうに新たな入部者が現われなかったことです。そんなに野球って人気なくなってるのかと思ったりもしてたのですが、実は予選が済むまで監督がシャットアウトしてたんです。なぜかって聞いたら、


「そこまで手が回らんかった」


 あの激闘の中で新入部員の相手をする余裕がなかったとしています。たぶんそれだけでなく、認めれば自動的に八人までがベンチ入りになりますが、五月から頑張ってきてるメンバーのチームーワークを乱したくなかったからだと思っています。

 新入部員を見ていると、ボクでも顔見知りの中学時代に鳴らしたのが少なからずいます。他人のことは言えないですが、野球は中学で終りで高校は勉強に専念するって言ってましたし、ボクが野球部に入ったのを聞いて、


「気でも狂ったのか」


 こう言われたものです。まあ四月の野球部の状態ではそう言われても何も言い返せませんでしたけどね。そんな新入部員の練習を横目で見ていたのですが、えらい緩いというか、ノンビリというか、ラクそうなのです。乾キャプテンと


「甘やかしすぎちゃうんかな」


 てな話をしていたのですが、ボクの中学時代からの知り合いの新入部員の薄田が半泣きになりながら、


「おい古城、竜胆監督の練習って文字通り地獄やな。こんなん、どうやったら耐えられたんや」


 乾キャプテンとボクは首を傾げながら、


「春からやってきたのは、軽く四倍以上ありましたよ。強化合宿の時は二十倍どころの甘いものじゃなかったし」

「そうだったよなぁ、古城。監督が就任初日にやらせた練習でも二倍ぐらいはあったもんな。練習済んだらみんなゾンビみたいだったし」

「キャプテンはなんど成仏されましたっけ」

「古城だって・・・」


 薄田は目をシロクロさせてましたが、その時にやっとわかったんです。監督が魔術師と言われる理由と、大丸前キャプテンをあれだけ高く評価していた理由が。監督はたった三か月足らずで甲子園を目指すせるチームを本気で作ろうとし、それが可能になる練習をさせていたのです。それも水橋さんはともかく、あの寄せ集めのメンバーでやろうとしていたのです。

 そんなものをやろうとすれば、当然のように生地獄なんて生易しすぎる練習になったのですが、大丸先輩があまりにも先頭切ってバリバリやるものですから『あれぐらいは、できるんだ』となぜか思い込まされてしまったから頑張れたんだと。大丸先輩は竜胆魔術の重要なタネだったんです。


 追い出し会のグランドでの最後のプログラムは紅白戦でした。普通はノックが多いのですが、


「最後ぐらいは竜胆マジック抜きで楽しもう」


 これだって旧チーム、とくに四月頃を知ってるボクや乾キャプテンたちは、紅白戦が出来ると言うだけで目がウルウルしたぐらいです。だって四月には七人しかいなかったわけですし、県予選を戦ったのも十二人しかいなかったからです。乾さんなんてたった四人の時代も知っているのです。

 ただ水橋さんは審判やってました。あのピッチングがもう一度見たかったのですが、ピッチングにしろ、バッティングにしろ水橋さんが入ると両軍の戦力があまりにも不公平になるってことで、審判を押し付けられたみたいです。この水橋さんに初めて会ったのは丸久工業との練習試合の時です。無死一・三塁で春川さんがボクのリリーフに立たれ、無死満塁となった時にベンチに下がるボクに、


「古城、よく頑張った。後は安心しろ」


 こう仰られたのです。無死満塁でのリリーフですからどうなるかと思っていたら、目が覚めるような快投を見せてくれました。水橋さんはボクにとってのピッチャーの理想像です。味方がどれだけエラーをしても、どんなに打線の援護がなくとも嫌な顔一つせず、いつもニコニコとみんなを励まされていたのです。水橋さんみたいな球を投げられなくとも、ピッチャーとして、いや人としてああなりたいと生涯の目標にしています。

 紅軍の先発は春川さん。春川さんにもお世話になりました。春川さんは肘を痛めてらっしゃって投手として投げたのは丸久工業戦の敬遠だけでしたが、ボクには本当にあれこれ投手としてのアドバイスを頂きました。とくに肘の使い方。口癖のように、


「投げ方が似てるから気になるんや。同じように痛めさせたら申し訳ないからな」


 白軍の投手は秋葉さん。中学の時は控えの投手でもあったそうです。秋葉さんは、


「中学の時のリュウやったらかなわへんかったけど、今やったらオレが勝つで」


 春川さんもやり返して


「ヒロシに負けるようなら大丸定食おごったるわ」


 秋葉さんのキャッチャー姿を見れないのは少し残念でしたが、本当に素晴らしいキャッチャーでした。水橋さんが凄すぎて影に隠れがちですが、秋葉さんもあのザル守備で崩れそうになる守備陣を必死で支えてくれました。秋葉さんがいなければ水橋さんの負担はもっと重くなっていたと思います。

 夏海さんの力強いサード、冬月さんの華麗なショートをもう一度見れて幸せです。もちろん大丸さんのセカンドもです。五月や六月頃の大丸さんを良く知っていますから、これだけで涙ものです。もうどんな強豪校のセカンドにも負けない名セカンドです。

 みんな楽しそうに紅白戦を楽しんでいましたが、きっと間違いなく準決勝・決勝のあの激闘を頭に甦られていたと思います。ボクだってそうです。あの大歓声と、一投一打にすべてを燃焼させたあの時がフラッシュバックして仕方ありませんでした。


 監督の隣には、笑顔で声援を送られるリンドウさんがおられます。本当に眩しいぐらい輝いて見えます。監督は大丸前キャプテンを使って猛練習のマジックをボクらに施しましたが、リンドウさんはもっと凄い魔法を使ってボクらを決勝まで導いたと思っています。

 魔術師さえ手玉に取ったのがリンドウさんに間違いありません。ボクらが集まれたのは全部リンドウさんの手腕です。そうそう、あの強化合宿の時のことも一生忘れられそうにありません。あれは竜胆魔術の猛練習を重ねていたボクたちでも地獄でした。いつも、


「本当の地獄って、こんなんやろか」

「アホ抜かせ、ここ耐えられたら、本当の地獄なんかぬるま湯みたいなもんやろ」

「ぬるま湯? 天国に感じるんちゃうか」


 そういって愚痴り合っていたぐらいだからです。でもそんな練習に耐え抜けたのはリンドウさんがいたからです。野球部全員がリンドウさんを甲子園に連れて行ってあげたいと暴走したから最後までやり遂げられたのです。

 不世出の大GMにして、これから野球部がたとえ百年続こうとも、いやそんなもんじゃありません。明文館高校が百年続いても二度と並ぶ者が現われない、永遠のスーパーアイドルこそが天下無敵のリンドウ先輩です。あんな素敵な人のために戦えて本当に幸せでした。


 最後に挨拶に立ったのは大丸先輩でした、


「オレたちは竜胆薫さんを甲子園に連れて行けなかった。だがお前らは必ず行ける。その時にはリンドウさんをスタンドに呼ぶって約束してくれ」


 ボクはたちは『絶対に呼ぶ』って絶叫していました。栄光のメンバーがついに届かなかった甲子園には必ずこのボクが連れて行きます。そして一緒にOB戦やりましょう。そんな日が来るのを楽しみに待っています。

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