城翔学園戦
チームの方は駿介監督に任せるとして、ウチがやりたいのは応援の動員。二回戦は豊岡で一人ぼっち、三回戦も尼崎の記念公園野球場だった上に月曜日のド平日。まだ夏休み前だから一般生徒を応援に動員して欲しいと校長に談じ込んだんだけど、さすがにアカンて言われてもた。
校長の奴、こう言うんだよね、
「三回戦進出おめでとう。ただ、いくら竜胆君の要請でも、この段階で生徒を休ませて動員するのは無茶すぎる」
こればっかりは校長に理があると認めざるを得なかった。そんなことをすれば、あちこちの部活の応援のたびに学校を休みにしなければあかんもんな。もっともウチは内心で『甲子園は別格や』と叫んでたけど、ここを争ってもさすがに勝ち目はなさそうやし。それでも『はいそうですか』と退き下がったらGMの値打ちがないから、
「四回戦になればブロック代表決定戦になりますし、既に夏休みに入っています。その時にはご支援をお願いできませんか」
そしたらね、校長は口を滑らしてくれたんだ。
「せめて準々決勝まで進んでくれたら我が校の名誉になりますから、考えさせて頂きます」
そこからがGMとしてのウチの交渉術の見せどころで、『考えさせて頂きます』から粘って粘って、応援バスを『出す』ってところまで言質は取ってやった。もちろんボイスレコーダーにばっちり。どうせそこまで勝てへんと思てるかもしれへんけど、ユウジとウチを舐めとったら破産するで。
だから尼崎の三回戦でもまた一人ぼっちを覚悟してたんや。そしたらね、
「リンドウさん。一緒に頑張って応援しよう」
ファンクラブ連合の応援団のメンバーが二十人ぐらい来てくれたんだ。尼崎記念公園野球場は豊岡のこうのとりスタジアムより近い言うても、乗り換え二回で二時間ぐらいかかるから嬉しかった。なにせ応援バスを出してくれないから、みんな自前だもん。そのうえ学校は欠席してやで。それでね、みんなは黄色のスポーツタオル持ってるの。
「それなに?」
「これはね、こうやって振るの」
私もタイガースの黄色のスポーツタオルを愛用してるから、合わせてくれたみたい。みんなホンマにありがとう。二回戦の二十倍以上いうても二十人程度やったけど、黄色いタオル振りまくって黄色い声あげまくって応援して、最後に肩を組んで校歌を大合唱した。
ほいでもって野球部が四回戦というか、予選で二回勝ったのは四十年ぶりやそうです。七月二一日がブロック決勝にもなるシード校の城翔学園戦。これが姫路球場。なんでこんな遠いとこばっかりやねん。
それでも乗り換え三回頑張って、乗り継ぎが上手くいけば二時間ぐらいで到着するから、尼崎よりちょっと条件が悪いくらい。まあ乗り継ぎ一本失敗したら一時間遅れるから、尼崎よりチト悪いかな。
それにしても野球部にしたら四回戦進出でも快挙なんやけど、相変わらず応援バスは出えへんし、ウチもファンクラブ連合のメンバーも必死になって声かけてくれたけど反応はイマイチ。
でも最後にやってやった。前日の終業式の日に放送室に忍び込んで、
「明日は野球部がブロック代表決定戦になる四回戦を姫路球場で戦います。お願いです、どうか応援に来てください」
試合前日までにファンクラブ連合と一緒に黄色いスポーツタオルをなんとか百枚ぐらいかき集めて、
「これが足らんかったらイイのにね」
そう言いながら姫路に向かったの。でも姫路球場に着いてみると、やっぱり来てるのは三回戦と同じ二十人ばかり。ここまで反応が悪いのには理由があって、サッカー部も同じ日に試合があるのよね。野球部の人気も四月に較べればだいぶ上がったけど、サッカー部にはまだまだ及ばないのよ。応援バスもサッカー部には出てるから、みんなそっちに行きそうなのよ。声をかけても言われたのは、
「悪いけど、サッカーの方に行きたいから」
そりゃ、サッカーの方に行くなら無料でバスで送迎やし、弁当代わりの軽食みたいなものまで出るからねぇ。後援会がしっかりしてるから、応援も華やかだし、父兄の動員も部員が多いから半端ないんだ。ブラバンもそっちに行くから『悪い』って頭下げられたら、さすがのウチもどうしようもなかったもの。いうまでもないけど写真部のあの加納も行くし。
ファンクラブ連合のみんなと
「サッカー部と同じ日に試合って、不運だね。でもわたしたちだけで、百人分も千人分も応援しよう」
そう言って慰め合ってた。そしたら試合が三回になる頃から、
「来たで、リンドウ」
来てくれたのよ。それも次から次に、それもみんな黄色いスポーツタオルもってだよ。持ってない人もいたから配ってたら、みんな代金くれようとするんだ、それは受け取れないって言ったら、
「野球部への寄付やから」
そういってドンドン置いてくのよ。タオル百枚もすぐなくなっちゃった。気がついたら合宿の時の女将さんも来てくれてた、お好み焼きやさんの大将も来てくれてた、OB会の人も来てくれてた。散々直談判を繰り返した校長先生も、サッカー部やなく、わざわざこっちに来てくれてた。校長は、
「野球部はよく考えたら直談判に来る竜胆君しか見てない気がする。今日は野球部の試合を見たくなった」
応援だから鳴り物がずっと欲しかったんだけど、ついにトランペット部隊が来てくれた。ウチもトラキチでよく甲子園に行くんだけど、そこで顔見知りになってるタイガース私設応援団のトランペット部隊にダメモトでお願いしていたの。そしたら、本当に来てくれたの。太鼓も抱えてきてくれた。
「トラキチのアイドル、カオルちゃんに頼まれたら断れへんやん」
応援のトランペットがタイガースのモロ応援メロディーなのは御愛嬌だけど、かえって応援席はノリが良かった気がする。そりゃ、なんと言ってもタイガースだもん。これで盛り上がらんかったら関西人やない。
「ソ~レ、かっ飛ばせ秋葉、ライトにレフトにホームラン♪」
「ここまで飛ばせよ、ほりこめ、ほりこめ、夏海♪」
これやったら、関西人なら一発で乗れるもんね。とにかくトランペットと太鼓が鳴り響き、数えきれないぐらいのタイガース・カラーの黄色いタオルが振り回されるスタンドを見て、もう胸がいっぱいでひたすら。
「ありがとう」
こういって頭を下げまくってた。これだけ、みんな来てくれたんだ。今日も勝つよ、ユウジは絶対勝ってくれるよ。勝ってみんなで六甲おろし、じゃなかった校歌を歌おう。
でも今日の相手は強敵。駿介監督に見通しを聞いたら、
「打てんからな、我慢比べになるやろ」
ユウジは例のキャッチボール投法をやるんだけど、相手はユウジのスローボールに的を絞ったみたい。それもバントを多用してくるんだ。ユウジは軽快に処理するんやけど、ユウジが処理できない時にうちの弱点が出てくるのよ。
サードの夏海君はまだソツなくこなすけど、ファーストの春川君のバント処理はやはり不安定。春川君も急造ファーストだし、コンビを組んでいるセカンドの大丸君はだいぶマシになったとはいえうちの穴だし。
相手のピッチャーも問題。さすがにシード校で、二回戦や三回戦とは大違い。丸久工業のエースを思い出させる好投手。あのクラスになるとうちの打線じゃ点を取るのが難しいのよね。
四回にユウジが投げて初めて先行された。春川君がバント処理をしくじって、さらに大丸キャプテンがエラー。どうも相手はバンドでユウジのスローボールに目を慣れさせて、慣れた頃に強打する作戦だったみたい。
ここでユウジのスローボールは見事にとらえられて外野に。これもうちの穴の外野がバンザイして後逸した上にボール処理にもたつく間に二点を取られちゃった。でもユウジには感心した、打たれても
「ほぉ、けっこうやるやん」
こんな表情にしか見えへんのよ。これは今までもそう。どんだけ味方がエラーしても、全然気にする素振りも見せないの。あれだけエラーしてもチームが崩れないのはユウジの余裕の笑顔があるからだと思うわ。
ユウジは秋葉君を呼んで何か相談してるみたいだけど、秋葉君が珍しくユウジの意見に反対してるみたい。でも、そこからはユウジのピッチングが変わった。キャッチボール投法をやめて丸久工業戦の力感あふれるフォームになったの。
ユウジがそうなるとまず点は取られないんやけど、点を取り返さないと勝てないのよね。凡退を繰り返すうちの打線だったけど、夏海君が六回にツーランを打ってくれた。あの時のスタンドはまさに狂喜乱舞だった。黄色のタオルがグルグル振られてた。
で、最終回、ユウジの打席。ユウジは夏の予選に入ってから一回もバットを振ってないのよ。このままじゃ延長戦かと覚悟していたら、レフトスタンドに放り込んた。サヨナラホームランなの。ダイヤモンドを一周するユウジの雄姿にスタンドはもはや狂乱状態。誰彼となく抱き合って泣いてた。ウチも泣いてた。
ついにブロック予選突破。それでね、それでね、試合終了後にスタンド前にナインが整列して応援団に感謝の挨拶をした後に、ビックリするようなことが起こったのよ。野球部十二人全員が声をそろえて拳を突き上げて、
「オレたちは必ずリンドウを甲子園に連れて行く」
こう言ってくれたの。最初は何を言われてるのかわからなかったけど、意味がわかって、もうワンワン泣いちゃった。みんなありがとう、ホントにありがとう。行こうね、みんなで甲子園に。必ずユウジが連れてってくれるよ。
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