冬月の家にて

「あれ、リュウの奴は来てないのか」

「あえて呼ばなかった」


 今日は冬月が是非相談したいことがあるからと、冬月の家に集まったんだ。そうそうオレは夏海大輔、バンドのリーダーでボーカル兼ギター担当してる。中学の時は野球部のキャプテン。


「ボクは野球やろうと思ってる」

「なにを言い出すんだススム」


 おれは冬月の言葉に驚いた。冬月は天才肌のプレーヤーでピアノを選ぶか野球を選ぶか悩んでた。チームの強化のためにオレは必死で口説き落としたんだ。高校になりキーボードを担当してもらってるが、冬月は野球より音楽の方が好きだと思ってた。


「リンドウさんに誘われたからか」

「そうだ」

「今さらだぞ」

「そうだ、今さらでもだ」


 冬月はいつもクールで感情を表情に出さないタイプ。表情だけでは真意が読み取りにくいのだが。秋葉も不審そうに、


「オマエ、リンドウさんが好きなのか」

「いや、悪いがタイプではない」

「じゃ、なぜ」


 冬月の意図は読めない。


「前に決めたやんか。文化祭のステージが終わったらフォア・シーズンズは解散して受験勉強に専念しようって」

「そうだよススム、お前も賛成したやないか」


 冬月は少し間を置いてからおもむろに話しはじめた。


「バンド名決める時のことを覚えてるか」


 あの時は、いろいろ考えた。やっぱり名前は大事ってところ。あれこれ意見が出たんだけど、春川がフォア・シーズンズにするって猛烈に頑張ったんだ。バンド名として軟らかすぎるってみんな反対したけど、春川が『どうしてもって』いうから渋々同意したぐらいだった。


「あのときにリュウがフォア・シーズンズに、なぜこだわったか考えた事があるか」

「そりゃ、オレたちの栄光の時代だからじゃないか」

「その通りだ。でもそれだけじゃないと思う」

「他に何があるんだよ」


 冬月は静かに話しを続けた、


「あの夏、ボクたちはそれぞれに故障を抱えていた。そのために十分な力を発揮できなかった。そのために地区大会で敗退せざるを得なかった」

「それはもう済んだ話だよ」

「そう済んだ話だ。でもあの時に一番責任を感じていたのはリュウだ。リュウは自分さえ故障しなければ全国ぐらいは行けたと思ってる」

「リュウを責める気なんてあらへんよ。故障はお互い様だし」

「そうだお互い様だった」

「それ以上、なにがあるって言うんだ、ススム」


 冬月はなにを言いたいんだろう。


「あの時の故障はそれぞれ重傷ではあったが、ボクら三人は時間さえかければ治るものだった。しかしリュウは違う。リュウの肘は完全には元には戻らない」


 オレも秋葉も黙り込んでしまった。


「ボクたち四人はあの夏で野球を断念したが、実は理由が違う。リュウは元に戻らない肘が理由だが、ダイスケ、ヒロシ、お前らはそうじゃないだろう」


 胸に苦いものが込み上げてくる。故障も原因の一つなんだが、あの地区大会の決勝の三番手投手の球に、自分の才能の限界を思い知らされた部分が大きいんだ。あんな化物がこれからの競争相手の世界では野球じゃとても食っていけないと痛感したんだ。


「リュウはホントは野球をしたいんだよ。だからフォア・シーズンズなんだ。したくても出来ない自分をせめてなぐさめるために、バンド名としてフォア・シーズンズを残したんだ」


 そうだったかもしれない。


「リュウも懸命に野球を忘れようとしたんだろうが、リンドウさんが現われてしまったんだよ。リュウは、やりたくて仕方がない野球に誘われて、できない自分にいらだってるんだ」


 そういえばリンドウの勧誘攻勢が始まってから春川のイライラはひどいからな。春川は『リンドウのせいだ』と言ってるが、あれはリンドウの持ってくる野球の臭いのせいなんだ。まあ、あれだけ猛烈な勧誘攻勢を受ければオレだってぐらつく部分はあるぐらいだしな。


「もう一つあるんだ。リュウはオレたち三人がリュウに付き合って野球を断念したと思い込んでるんだ」

「そんな」

「ボクはそう見えてしかたがない」


 だからって、今さら野球じゃ


「ボクはリュウをもう一度グランドに呼び戻したい」

「でもリュウはやらないんじゃないか。あの肘じゃ、悪いがもうピッチャーは無理だ」

「だからボクは野球をやる」


 冬月の言いたいことがボンヤリとわかってきたけど、それだったら春川と冬月がやれば良いだけの話で、オレや秋葉は必ずしも必要ないじゃなかい。


「なぜ四人ともなんだ」

「リュウが野球を再開するには、リュウが付き合って野球をやめていると考えてるボクらが野球をやる必要がある」

「リュウへの義理立てか」

「違う、ボクは野球がやりたい」


 冬月の言葉は省略が多すぎてわかりにくい時があるから困る。ストレートに聞いてみるか、


「どうもわかりにくいんだが、何が言いたいんだ」

「ボクはあの夏の決勝に忘れ物をしてるのを思い出した。あれをどうしても取りに行きたくなった」


 オレと秋葉はじっとあの試合を思い出していました。


「そういうことか」

「そうだ」


 冬月の話がやっとわかった気がする。


「それならオレだって」

「オレもだよ」


 冬月は最後に


「あれはボクたち四人が一緒に取りに行かなきゃならないんだ」

「だからリュウを引っ張り込む必要があるんだ」

「わかってくれて、ありがとう」


 冬月の家からの帰りに秋葉と話していたんだが、


「ダイスケ。ススムも水臭いと思わへんか。あんなクドクド言わんでも、ストレートに『一緒に野球をやろう』で良かったんちゃうか」

「それで即答で野球やったか」

「どういうことや」

「たぶん、あ~や、こ~や、渋ったんちゃうやろか」

「言われてみれば」

「ススムのやり方やんか」

「そういうことか」


 秋葉は上手いこと乗せられたんかと笑とったが、オレはちょっと違うことを考えてた。冬月のやる気は本物や。なにがなんでも野球に誘い込む気だったんじゃないかと。そりゃ、あんな話を聞かせられたら、あの冬月でもそうなっても不思議ないと思うわ。

 それにしてもリンドウには感謝せなあかん。冬月の言う通り、あの夏の決勝にオレたちが置き去りにしてしまったものを、間違いなく取りに行かせてくれるはずや。そのために春川は欠かしたらアカンねん。

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