突破口はどこ
フォア・シーズンズ説得も一筋縄には行きそうにないんやけど、一番手強そうなのが冬月君。残りの三人はゴリゴリ押しまくればなんとかなりそうというか、どっかで火が着いてくれそうな感触もあるんだけど、冬月君はどうもタイプが違うのよ。
「冬月君、一緒に野球やろうよ」
「どうして野球なのかい」
「もちろん、甲子園を目指すのよ」
「ボクも春のステージが目標だからお互いに夢をかなえよう」
春川君みたいに邪険にはされないんだけど、どう頑張って迫ろうとしても綺麗に野球と一線を引いている感じなのよね。
「野球好きだったんでしょう」
「嫌いじゃなかった」
「だったら一緒にやろうよ」
「悪いけど、野球より音楽の方をずっと愛してるんだ」
これもフォア・シーズンズを説得しているうちに知ったんだけど。冬月君のピアノはかなりどころじゃないぐらい本格的だったみたい。もちろん野球も出来たからやってたけど、どうも冬月君はもともと野球より音楽の方が好きだったみたいって言ってた。
「でも野球もあんだけやってたじゃない」
「人生は可能性を試してみないとね」
「野球はダメだったの」
「音楽を選ぶべきと判断したんだよ」
とにかく表情が変わらないのよね。もちろん無愛想とは無表情とは程遠いんだけど、心の動きを相手に読み取らせてくれない感じ。交渉とか、説得で相手の表情を読むのは得意なんだけど冬月君は手強い。
「野球でやり残したことはないの」
「二年の時に全国大会にも行けたし、県選抜でアメリカ遠征にまで行けたのだから、十分満足してるよ」
それで音楽より興味の順位が低かった野球は満足していると言われると、次の言葉が畳みかけにくいのよね。
「でも三年は地区大会で終ってしまったのは悔しくないの」
「あれも今となっては、良い思い出さ」
冬月君は『貴公子』って呼ばれてるぐらい、ダンディで、ジェントルマンなのよね。フォア・シーズンズの他の三人、とくに秋葉君なんて今からキャッチャーミット構えたって似合いそうだけど、冬月君は、そもそも本当に野球をやっていたのと聞きたいほど匂いが違うの。
こうやって説得すればするほど、悔しいけど冬月君が野球をやっていたのが間違いで、ピアノを弾くのが本来の道の気がしてしまうのよね。どう見たってそっちの方が似合ってるもの。ウチから見たって、今から汗と泥にまみれて甲子園が似合うタイプとは思えないのよ。
ここであきらめたらウチの女が廃ると言いたいけど、残り三人の説得に全力を傾けた方が良い気もしてる。冬月君がダメでも後の三人が入ってくれれば、駿介叔父の九人条件を一人越える十人になるし。
でもなんとかならないかなぁ。冬月君だって野球に対する心の琴線がどこかに残ってるはずなのよね。でもこれだけ、あれこれ説得材料を並べても、かすってる気さえしないのよ、ホンマ。
残念で仕方がないけど、ホントに野球への興味は完全に失くしちゃったのかもしれないと最近は思い始めてるの。もうちょっと頑張るつもりはあるけど、希望は他の三人を説得できたときに、ついて来てくれないかぐらいかな。でも、そんなキャラに冬月君はまったくって言うほど見えないのよね。
ただね、一つだけ可能性はありそうな気はしてるの。駿介叔父の監督就任は決定するまで伏せといてくれって言われたんだけど、話の流れでつい口が滑っちゃったの。なんでそんな条件がついたのかわかんないんだけど、そう言われてたの。
「監督だってくるんだよ」
「良かったね、やっぱり野球部には監督がいなくちゃね」
そこから社会人野球で活躍していたとかの話には冬月君は無反応だったんだけど、
「ウチの叔父さんなの」
「御親戚かい?」
「そうよ、親父の一番下の弟。今は酒屋さんだけど」
「じゃあ、苗字も同じ?」
「そうよ、駿介叔父さんていうの。渋られて、渋られて。それと、これは内緒にしてほしいんだけど監督就任まで名前は伏せといてくれって言われるし、就任のための条件まで付けられちゃって・・・」
「それは大変だったね」
この時だけ冬月君の表情がほんの一瞬だけ動いた気がするの。微妙過ぎるんだけど、ウチにはそんな気がする。後は流されちゃったんだけど、どうして冬月君は駿介叔父さんの名前を知ってたのかなぁ。
駿介叔父さんが野球やってたのは知ってるし、どこかで監督やコーチをやってたぐらいまでも知ってるけど、具体的にどこのチームでどんな活躍してたかは、ほとんど話してくれないの。ウチはとにかく監督の経験者みたいだから白羽の矢を立てただけ。
だってさ、本当に出来る監督だったら酒屋なんてやってないでしょ。そうそう、監督やコーチやってたのも随分前のお話だもんね。その点では不安もあるけど他に頼める人がいないもんね。
まあ、冬月君が駿介叔父さんを知ってるのは酒屋の方かもね。そっちだったらわかるのよ、市内というかこの近辺では結構有名だからね。なんとなく、酒屋の店主が監督するって話に興味を持っただけの気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます