駿介叔父さん

 うちの野球部に足りない物の、まず一つ目を埋めるために駿介叔父さんとこに向かってる。うちの野球部に足りないものの一つに監督不在があるんだよ。十年前に監督やってた先生が異動でいなくなってから、ずっとまともな監督が不在なんだ。今の顧問の先生も名前だけの運動音痴の野球音痴。練習に顔を出したのも見た事ないんだから。

 叔父さんはプロには行かなかったけど、社会人野球で活躍してたんだ。引退後はコーチや監督もやってたんだけど、今は実家で酒屋やってる。なかなか通好みの酒を集めてるって評判の酒屋で結構繁昌してるの。


「あけましておめでとうございます」

「おう、カオルちゃんか、とりあえず上がれ」


 叔父さんには可愛がってもらってるんだ。ウチが野球狂になったにも叔父さんの影響がたっぷりあるんだよね。小さい時からキャッチボールしてもらったり、甲子園の阪神戦に連れて行ってもらったりしてたんだ。もちろん春や夏の甲子園や、県予選なんかも連れて行ってくれたんだ。


「カオルちゃんも綺麗になったもんだ」

「やだ、叔父さん、お上手ばっかり言うて」


 新年の挨拶を一通り済ませてから酒盛り。ホントは高校生だから良くないんだけど叔父さんはお酒が大好きで、この相手をしないと話が進まないんだよね。


「実はお願いがあるんだけど・・・」


 うちの野球部監督就任を頼むのがGMとしてのウチの仕事始め。いつも冗談ばっかりの駿介叔父さんがいつになく真剣に聞いてくれた。とりあえず実情を話したんだけど。


「それでカオルちゃんは、そのヘッポコ野球部をどうしたいんや」

「甲子園に連れて行きたい」

「電車代ぐらいやったら貸したるで」

「全国高校野球選手権の県代表として行きたいの」

「無理や」

「どうしても行きたいの」

「カオルちゃんが東大行くより一万倍難しいわ」


 まあ普通に考えれば無理なのはわかってるけど、ここで挫けたらあかん。こんなことじゃ挫けないよ。本当の目的は甲子園やけど、今日の目的はうちの野球部の監督に駿介叔父を引っ張りこむこと。


「甲子園は夢として、せめて初戦突破して校歌を聞きたい」

「えらい夢のレベルが下がったな」

「それやったらどう?」

「ゼロやないな」

「初戦突破でも」


 甲子園への道の果てしなさに目眩がしそう。


「じゃあさ、初戦突破がゼロより上げるためになにをしたらエエの」

「とりあえず九人そろえんと始まらん」


 野球は九人でやるものやから当たり前の条件だけど、そんな条件さえハードルが高いのがわが野球部。


「練習いうても、たった四人じゃ、やりようがあらへんやろ」


 キャプテンはやる気だけはあるけど、四人じゃキャッチボールがせいぜいやもんね。バッティングだって素振りするのが関の山。そうなってしまってるのは人数だけやないけど、これもすぐにはどうしようもあらへん。


「だから監督が必要なのよ」

「監督がおっても選手がおらへんかったら試合も出来へんよ」

「GMのウチがそろえて見せる」

「言うのは簡単やけど、今正月やで」

「だから今からでも部員募集やって・・・」

「そんなんで集まるんやったら、誰も苦労せえへんやろ」


 そうなんだよね。募集して集まるぐらいなら、なんで野球部に四人しか部員がいないか説明できないもんね。自分で言うのもなんやけど、あんなヘッポコ野球部に、三学期にもなってノコノコ入ってくるのがおる方が不思議やわ。


「集められる可能性がゼロやないのは四月になってからやろな」

「悔しいけど、それはウチもそう思う」


 ピカピカの一年生を騙してでも引っ張り込むぐらいしか手はないもんね。でも五人もいるんだよ。それだけで途轍もないぐらいハードルが高いのよねぇ。


「それとなピッチャーいるな。ええピッチャーがおったら勝てる可能性はゼロやない。それだけやない、ピッチャーだけは短期で養成できへん」


 これも痛いところ。今年のチームで去年のチームよりさらに弱くなってるのがピッチャー不在。去年のエースだってコールド負けやけど、ウソでもピッチャーいたもんね。今年はゼロやから、もし夏の予選に出るにはピッチャーから助っ人呼ばなあかんのよ。


「カオルちゃんが、ちょっとでもマシなチームにしたいんやったら、一年坊主の頭数だけそろえても無理あるで。それなりの経験者を集めんと夏には間にあわへんからな」


 駿介叔父さんの言ってることは全部正しいんだけど、全部足りないのがうちの野球部。


「夏までいうても、実質四月か下手したら五月からやろ。なんかアテでもあるんか」


 グッとつまるウチでしたが、実はないこともないんや。五人ほどいるんやけど、どれも難物。それでも四人はまだ可能性があるんやけど、もう一人は簡単やけど事実上無理。というかいくらウチでも勧誘をやりとうないぐらい難物中の難物。ほいでも、ここで弱音を吐いたら駿介叔父は引き受けてくれないから、


「あるよ、ちょっとブランクあるけど一級品やと思う」

「ブランクって」

「二年ぐらい」

「モノが良ければギリギリ夏に間に合うかもな」


 ここから夜遅くまで粘りに粘って、


「そこまでカオルちゃんがいうなら、四月にそれなりの頭数とピッチャーがそろえられたら考えよう」

「やったぁ、駿介叔父さん大好き」

「おいおい、集められたらだよ」


 GMとして今年の初仕事はなんとか成功。足りないものだらけの野球部の穴が一つだけ埋められる目途がついた。めでたし、めでたしって言いたいところだけど、駿介叔父の監督就任の条件はそりゃ厳しいのよね。

 普通やったら条件以前のもんなんやけど、どれ一つ取ってもそびえたつ山ほど厳しい。でもそれを一つずつ乗り越えていかないと、ウチの夢の甲子園は実現しないんだ。駿介叔父の家からの帰り道に気合だけ入れてた。そうよ、この竜胆薫が野球部を必ず甲子園に連れて行くんだって。

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