第13話 迎えにきました

 邪魔にならない場所に社用車を止めると、晴高はすたすたと門の中へと入ってしまう。


「あ、ちょ、待ってください……!」


 千夏も助手席から降りると、慌てて晴高の背中を追いかけた。追いついたときには、すでに彼は茶色いツナギを着た業者の男性に話しかけているところだった。


 こちらも晴高が事前に電話連絡してあったため、名乗るだけですぐに「ああ、聞いてますよ」と千夏たちを奥の倉庫へと案内してくれた。


「いやー。ここのところ、引き受け依頼が多くてね。引き受けたはいいが、まだ整理が終わってないんですわ。いつもなら売れそうにないものは処分して、家具とかはリサイクル業者に引き渡してるころなんですがね。たしか、あの家から引き揚げてきたものはあの辺りじゃなかったかな。小さな細々したものは処分しちゃったんですが、デカいものはまだあるかもしれないですね」


 男性の言うとおり、倉庫の中はタンスやベッド、家電など様々な家具や雑貨であふれかえっていた。


 幸子の言う『アカチャン』が仕舞われていたのは確かタンスだったはず。もしかしたらそこにまだあの小箱が入ったままなんじゃないかと予想していたが、倉庫内には似たような家具が多くてパッと見には区別がつかない。


「どれだろう……」


「名前が書いてあるわけじゃないからな。手当たり次第に調べてみるしかないだろ」


 頼りになる情報は、業者の方が教えてくれた『あの辺りかな?』という何ともざっくりした範囲指定と、千夏と元気があのアパートで幸子の記憶らしきものを見たとき視界に写ったタンスの外観のみ。


 みつかったところで、中に入っていたものはすでに処分されてしまっている可能性もあった。そのあたりは、整理業者の『仕事が多くてまだ整理が終わっていない』という言葉に期待したい。

 この辺りだろうと示された倉庫の片隅を、千夏と晴高とで手分けして調べ始めた、その矢先。


「なぁ。あれじゃないかな……」


 それまでジッと家具の山を眺めていた元気が、スッと手を挙げて倉庫の一角を指さした。そこにもタンスなどが詰め込まれていたが、元気はそのうちの一つを指す。


「うっすらとだけどさ。あそこのタンスの上にちっさい赤ん坊みたいなのが乗ってるのが見えるんだ」


 元気に言われて千夏もそちらに目をこらしてみるが、千夏には何も視えない。晴高もやはり視えないという。

 それを聞いて元気は小さく苦笑を浮かべた。


「俺、幽霊だから。生きている人間とは視えるものの解像度が違うのかもな。割とはっきりと、小さな霊がくっついてるのが視えてるよ」


 千夏と晴高は家具の間を縫ってそちらに近づく。近くまで寄ってみると、記憶の中にあったタンスと目の前にあるものが寸分たがわず同じ外観をしていることがわかった。


「これだ!」


 千夏はすぐにタンスに取り付くと、一番上の引き出しを開けようとした。

 しかし引っ張り出す前に、晴高に腕をつかまれて止められる。怪訝な目で彼を見るも、晴高は何も言わずタンスの前で静かに手を合わせて目を閉じた。


(あ、そっか……)


 自分たちには視えないけど、元気の話ではここには赤ん坊の霊がいるという。その霊に、挨拶というか、敬意を示したのだと千夏も晴高のしぐさの意味を理解した。


 すぐに隣で千夏も手を合わせる。

 そのあと晴高が引き出しを引っ張り出すと、中にはまだ衣服が残されたままだった。


 千夏はその中に手を入れて、中の服を取り出すとタンスの上に重ねていく。一番上の段の服をすべて取り除いたあと、引き出しの奥に手を入れて手先で探すと、指の先がカリッと何かに触れた。それを指でつまんで引っ張り出す。


 出てきたのは、小さな小袋。

 一度タンスの上に置いて手を合わせると、その小袋を開けてみた。

 

 中には、マッチ箱ほどの小さな箱と、小さく折りたたまれた紙が入っていた。

 紙を開いてみる。


 やはり、幸子の記憶で見たものと同じ。

『出生届』だった。

 しかもあの映像では分からなかったが、ところどころ丁寧な字で記入がされている。


 田辺幸子の名前。住所。

 父親の欄には何もかかれていない。

 そして、一番上の『子の氏名の欄』。

 そこには、『田辺 小雪』とあった。


 その文字を見た途端、千夏の視界が歪んだ。目の奥から熱いものが湧いてくる。鼻の奥がつんと痛くなる。

 かすれる声で、千夏はつぶやいた。


「見つけたよ。幸子さん。小雪ちゃん、見つけたよ。間に合ったよ」


 こんな小さな小箱だ。服を処分するときに気づかれることもなく一緒に処分されてしまう可能性もあった。寸前で間に合った。

 そして、千夏には視えないけれど、タンスの上にいるかもしれない小さな霊にむかって優しく声をかける。


「迎えにきたんだ。ママのところに帰ろう?」


 倉庫の窓から差し込んでタンスに当たっていた光の筋が、一瞬きらりと輝いたように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る