第39話 灯が照らし上げたもの
熱い。
貫かれた胸に最初に覚えた感覚はそれだった。
次に来たのは激痛。しかし、それに叫ぶ間もなく意識は呑まれ、痛みはどこか遠くへ旅へ出る。痛みで無理やり鋭敏にさせられた感覚も、血潮とともに流れ出ていく。
琉月にディザルマを食われたことで灯護は僅かながら自分自身の感情を取り戻していた。
意志は変わらない。
救いたい人と、変えたい結末は変わらない。
だから、
だからこの刃を受けたのだ。
感じる。自分自身のディザルマが琉月に流れていくのが。
琉月の中に灯護のディザルマが蓄積されている。
すなわちそれは、
(
彼の能力で操作できるということ。
少年の瞳が煌めく。
唯花が目を見開いたのも束の間。
彼女の持つ琉月が震え、次の瞬間には勢いよく宙へ飛び上がった。
唯花の手から、灯護の胸から離れた琉月は血をまき散らして宙で踊る。
剣を抜かれたことで灯護の胸と背から堰を切ったように血が吹き出す。
だがそれでも止まらない。
「がっああぁぁぁ!」
血を吐きながら叫ぶ。
琉月は一直線に大樹の根元に、その魔法陣に飛ぶ。立ちはだかる黒い根たちをいとも簡単に切り裂き、深々と陣の中に突き刺さった。
対処しようと振り返る唯花。しかし遅い。
「ぐうぅあぁぁァッ!」
命すら吐き出さんばかりの叫び声が何十にも木霊する。肺に穴を開けられ、血が溜まり始めたうえで絞り出されたその声は、ひどく淀んでいた。それでも彼の瞳だけは輝きを失っていない。
突き立てられたままに琉月が氷上を走る。氷ごと魔法陣を切り裂き、後に傷だけを残してなお止まらない。一つ陣の線を切るたびに、紫電が走る。黒い大樹は揺らぎ、氷の破片を散らしていく。
縦横無尽に琉月は魔法陣を荒らしまわる。そして、ついに琉月は大樹の幹にぶつかって止まる。灯護が倒れたのと、大樹に大きな亀裂が走ったのは同時だった。黒い氷でできた大樹は傾ぎ、灯護の後を追うように音を立てて崩れていく。その音はこの魔術の断末魔であるようだった。
大樹の倒壊を避けて唯花はその場から離れる。
歯がみする唯花を尻目に、砕けた大樹の破片が地に落ちていく。地に落ちた破片は次々と霧散し、黒い煙が舞い上がる。
一分もたたずして、黒氷の樹木は夢であったかのように黒煙へと変わっていた。
黒煙の中を唯花が睨む。
「
静かな、しかし抑えきれない怒りが滲み出た声がした。
黒煙の中で青い光が淡く灯る。
唯花は冷たく目を細めた。
黒煙が晴れる。二つの人影が現れる。
そこには、端の岩に背を預けられて意識を失っている灯護と、そんな彼を前に膝をついている真莉の姿があった。彼女の左手には流月が握られている。
灯護の胸の傷は塞がっている。それどころか彼の傷は余すところなく消えている。ただ服には生々しい血の跡が残されているのみ。代わりにその傷は全て真莉に刻まれていた。溢れ出る血が彼女の服を染め上げていく。額の傷から流れた血が、目尻を通って頬を流れた。
彼女は傷を塞ごうとしない。瞼を下ろし、彼の受けた全ての痛みをその心に刻んでいた。
胸から脈打って溢れる血液。一呼吸ごとに、一鼓動ごとに走る痛み。だがそれら一切の痛みが霞むほどの痛みが彼女の心に走っていた。
少女が立ち上がり、唯花に向き合う。
「どういうつもりかしら」
唯花の声色はあくまで優しく。だがそれはいかにも空々しい。もはや言葉など交わすまでもない。その証拠に彼女の表情は冷えきって、油断なく腕から黒い剣を出現させている。
互いにわかっている。しかしそれでも言葉は必要なのだ。
この姉妹の、決別のために。
「姉さん。私……」
言葉が紡がれる。迷いなく。淀みなく。
覆っていた殻は全て剥がれ、感情の奔流に流された。残り出てきたものはエゴ。
いままで理性で抑えていたもの。激情に流されるまえまでは、これが本心だとすら気づかなかった。その片鱗が見えても認めなかった。
ああ、だがもう全てがどうでもいい。
もはや敵意しか抱けない。
「私は、生きたい。生きていたい」
宣誓というよりは祈るように。確かに姉にそう伝える。
唯花は大きく息を吐きだす。
「それは、私を見捨てるということ?」
「そうよ」
誤魔化しもない。断固として切り捨てた。
「貴方のためだけの命でいるつもりだった。……そうしてきた。でも結局できてしまったの。いろんな人とのつながりが」
優斗に救われ。灯護に救われ。そして大なり小なりいろんな人に救われ、助けられてきた。
「私の命は、あなたのものでも私のものでもない。私は、できたつながりを断ち切りたくない。だから姉さん……あなたを殺すわ」
彼女の決意に呼応して、刻まれた傷が治っていく。
「魔術の繁栄より私益を選ぶなんてね」
「ええだから誓うわ。生き続けたあなたを超える魔術師になることを」
「それは、私を殺してから言いなさい」
「そうね……」
これにて幕間は終わり。姉妹としての時間も。会話も。思い出も。二人はこの瞬間にあらゆるものを最後と葬った。瞬き一つしたあとに、目の前にいるのは殺すべき相手。それ以上でも以下でもない。
「
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