第24話 双翼
ゴトリと静かな博物館に響くは『救済』の足音。
あれだけの業炎に巻かれていたのに、その体には煤一つついていない。
『救済』が大階段へと繋がる廊下へ足を踏み入れる。その目が二人の姿を捉える。彼が捉えたのは、廊下端で座り込み、眠るように目を閉じている真莉の姿。そして、その前に立つ剣を持つ灯護の姿だった。
少女のような顔つきの少年は、眉間に皺を寄せ『救済』を見据えている。
その細身の体に、さきほどまで身に付けていなかったものが増えていた。一番目を引く真っ赤なロングコートにはじまり、剣を持つ右腕にブレスレッド。左耳に大きな血雫のイヤリングなど、鮮血のように真っ赤な、いや鮮血そのものの装飾品がいくつも彼を彩っている。胸元に光る唯花からもらったアメジストのペンダントを除けば、彼の全身は血を浴びたように真っ赤である。
廊下中央大階段の扉に背を預ける真莉の周囲には、水のような半透明の結界が円柱状に展開されている。先ほどの戦闘で灯護に張られたものと同じものだ。彼女の服装は最初見たカジュアルなスカート姿に戻っている。自らの『犠牲の衣』を使い、精神の消耗ギリギリまで魔術を使い、灯護の装具を作ったのだ。
おかげで真莉はもう動けない。顔色悪く目を閉じる様はまるで死者。ならば、その前に立つ彼は騎士か。
灯護の脳裏に、さきほどの真莉との会話が流れる。
『あなたには、私の代わりに戦ってもらう』
『え、でも……』
『わかってるわ。あなたに戦いの技術はない。だから、私が魔術でサポートする』
魔術はあるが、もう体力がない魔術使い。魔術は無いが体力はある人間。両者の足りている部分だけを一つまとめた戦略。
これが真莉の考えた策。
灯護が剣を掲げ、構えをとる。その構えは真莉と似た、いや真莉そのものだ。
『救済』は目の前の少年をもはや弱者とは見なさない。その瞳が少年へと向けられ、視線が彼と激突する。
流れる時は引き伸ばされ、両者の纏う空気が膨らむ。淀んだ空気は押しのけられ、両者の間で鋭く研がれる。
ギ、と床が軋みをあげる。それを合図に両者が動いた。
石の巨体とは思えない跳躍で飛び込んでくるは『救済』。手の翼を広げる様はあたかも飛行のよう。対して灯護は素早い動きで大きく躱す。動きは流麗。明らかに素人の動きではない。
当然真莉の魔術によるもの。
彼女が与えたイヤリングがキラリと輝く。
真莉の剣技と戦闘スキルを灯護に付与した……のではない。いくら戦うスキルを与えられてもそれを使えるだけの判断力や戦闘自体に対する知識がなければ戦えない。
だから真莉は力を渡す以上に手っ取り早い方法を行った。
それは、灯護の精神に自分の精神を同居させるという荒業だった。
掴みかかろうとしてくる石像の拳を次々灯護が躱していく。
避ける判断と、避け方の思考を巡らすのは彼の精神に同居している真莉。実際にその通りに体を動かすのは灯護。思考と実行の別作業。行われているのはいわば二人羽織のようなもの。ただし、彼らがやっているのはそれよりずっと高度なものだ。なにせ、一つの肉体で精神を共有しているのだ。互いの思考がわかるどころではない。互いの思考や判断がダイレクトに伝わりあっている。そこに祖語は存在しない。真莉の判断に完全に身を任せ、彼はほぼ完璧に真莉のイメージ通りの動きをした。真莉は彼の精神内で思考しながら、自分の体を使っているかのように感じた。
石像が迫る。灯護/真莉はそれを見ていない。彼が見ているのはその足元。彼は石像が迫る遥か手前で不自然に飛びのいた。そして短剣を逆手に持ち帰るとすぐさま剣を振り降ろす。真莉の太刀筋とほぼ遜色ないその一閃は、しかしなぜか石像のいない方向へ振るわれる。
絶対的な隙。にもかかわらず、『救済』もなぜか大きく後方へ飛びのいた。
ギャリィンと床へ突き立てられた剣が火花を散らす。
再度開いた距離で両者が向き合う。
と、そのときパキリと乾いた音を立てて石像の翼の先が欠けた。あれほど何をしても傷一つつかなかったはずの体が。
それを見据える瞳には、一人にして二人分の光を放っている。灯護が不敵に口角を上げる。後方の真莉と灯護の口が同時に開いた。
「「ビンゴ」」
今の瞬間、二人の中で仮説が確信へと変わっていた。
灯護がその視線に捉えているもの。それは石像の足元、そこにある影だ。
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