Canvas ~赤い少女が描いた未来~
那西 崇那
第一章 二週間前
プロローグ
空気の粘度を疑うほどの濃密な怨嗟が空間に満ちていた。
朽ち果てた廃工場。崩れた壁や床に積もった瓦礫が放置された年月を物語っている。先刻から降り始めた雨が崩落した天井から流れ込み、埃っぽい空気に土の匂いを混ぜ込んでいる。
しかし、少年・
息荒く、廃工場の開けた空間で佇む彼は、ただ一つの感情に支配されていた。
それは暗く苦く、赤く重い。例えるならば黒い炎。
すなわち憎しみ。
吸って血の味、吐いて黒煙。
急ぎ始めた雨脚も、空を裂く雷鳴も、彼には遠く届かない。
見つめるは一点。兄の仇。廃工場の入り口に佇むずぶ濡れの少女。
彼女の名は
少女の左手には刃渡り三〇センチほどの両刃の短剣が握られている。薄く青い光を放つそれは、刀身に幾本もの光の溝が折り重なり、幾何学模様を成している。
怨嗟に呑まれた少年は、血走った眼で射殺すように少女を睨む。
「お前を、殺す……」
ただ一言。飾らないその言葉が彼の感情の全てであることは明白だった。
彼は右手に持っていた真っ赤なナイフを掲げる。その動きに呼応するように、彼を中心に広がっていた影のように黒い魔法陣が怪しく揺らめく。
構成するのは全てディザルマ。アルマに対を成す負の万物の
咳込みそうな怨恨の空気。雷が二人を照らす。
観念したかのように。少女は目を閉じた。頬を流れた水滴は涙か雨か。
だがそれは一瞬。
顔に張り付いた髪を一切の迷いとともに振り払い、再びまみえた瞳に雑念はない。
「皮肉ね。あなたにそれを言われるなんて」
囁くような言葉とともにおもむろに剣を構える。剣とともに左半身を相手に向け、自由な右腕が魔術に光る。発動の余波が空気を叩き、耐えかねた工場が悲鳴をあげる。
張り詰める空気。退路はない。双方どちらも。
ほんの数か月前まで、ただのクラスメイトとして出会った二人が、今こうして対峙している。一方は感情に焼かれ、一方は理性で顔を歪ませながら。
少年は変わった。
二週間前まで歪理者の
少女は思う。彼に他の道はなかったのかと。
雨粒が一滴二人の間に落ちた。
「
そして、少女は自らのその胸に、短剣を深々と突き刺した。
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