第64話 仕上げ

 階段を降りて行くと階下から悪徳司教の独り言と二人の神官の声が聞こえてきた。


「何故だ、何故だ……」

「ルーマン司教、大丈夫ですか?」


「信者が追ってくる様子はありません」


 オットー助祭が悪徳司教に代わって奇蹟の力を使って怪我人や病人を治療すると明言した。

 実績を証明済みの若い英雄が現れたんだ、信者の関心はそちらに向かうのは当然だ。


 とはいえ、なかには血の気の多い信者もいる。

 数人くらいは追ってきても不思議ではないが、そこはオットー助祭が上手いこと対処していた。


「何故、奇跡の力が、使えなく、なったんだ……」


「司教?」


「私は選ばれた者だ、有象無象とは違うのだ。こんなことがあっていいはずがない」


 混乱する司教に神官がうながす。


「一先ず人目のないところへ避難しましょう」


「避難だと?」


 虚ろな目で聞き返す司教に神官が返す。


「お怪我もなさっています。治療されて少し落ち着かれるのがよろしいかと。その……、司教の治療は私がさせて頂きますので、ご安心ください」


「貴様まで私をバカにするのか!」


 逆鱗に触れたようだ。

 掴みかかるような音が聞こえ、続いて苦し気な神官の声が聞えた。


「し、司教。け、決してそのようなことは――」


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ! 無知蒙昧むちもうまいな信者どもばかりか、お前まで! お前まで私を愚弄ぐろうする気か!」


「し、司教。落ち着いてください」


 別の神官の声が響き、もみ合う音が聞こえてきた。

 神官二人で司教を取り押さえているようだ。


「離せ! 私に触れるな!」


「ともかく、ここではいつ信者がなだれ込んでくるか分かりません」


「いま信者が押し寄せてきたら我々だけでは抑えきれません」


 神官の悲痛な声。

 オットー助祭が抑えていることを知らないのだから、先程のように暴徒となった信者が押し寄せてくるかもしれないと、という恐怖は相当なもののようだ。


「不敬であろう! 降格処分にするぞ! いや、破門だ、破門にしてやる!」


 揉み合う音と声が次第に遠ざかっていく。

 力ずくで取り押さえるのに成功したようだ。


「あの悪徳司教、神官さんに八つ当たりしていましたよ」


「いい感じに混乱しているわね」


 引き気味のロッテといまにも踊りだしそうな軽やかな足取りで階下へ向かうユリアーナの声が重なった。


「司教の後を追うぞ」


 神罰の仕上げをするべく俺たちは司教が運び込まれた部屋へと向かった。


 ◇


 悪徳司教が運び込まれた部屋の前まで来たが、扉の向こう側からは相も変わらず知性の感じられない罵声が聞こえる。


「貴様ら! どういうつもりだ!」


「先ずは落ち着いてください」


「そうです。ルーマン司教は奇跡の力などに頼らなくても高位の光魔法が使えるではありませんか」


「き、貴様……!」


 悪徳司教が言葉に詰まった。

 それを扉の外で聞いていた俺たち三人の視線が交錯する。


「あの神官、さっきも触れちゃいけないところに触れていませんでしたか?」


「いるのよねー、空気の読めない大人って」


「さっきも言っただろ、その手の煽りは部屋のなかでやってくれ」


「本当に上手く行くでしょうか?」


「雑な作戦だものね」


 ロッテの懐疑的な言葉にユリアーナが苦笑した。


 作戦はこうだ。

 悪徳司教と神官たちの神経を逆なでして、神官二人に俺たち三人を部屋から追いださせる。


 一瞬でいい。

 部屋に悪徳司教一人になった瞬間、俺の錬金工房へ取り込んで神罰の仕上げを行う。


「ダメなら三人まとめて取り込むだけだ」


「結局そこに落ち着くんですね」


「やっぱり雑ー」


 肩を落とすロッテとコロコロと笑うユリアーナに背を向けて扉をノックした。


「作戦開始だ!」


 軽快な音が響くと、扉の向こうから神官の不機嫌そうな声が返ってくる。


「誰だ! 呼んだ覚えはないぞ」


 呼ばれた覚えはないがこちらにも都合がある。

 付き合ってもらおうか。


「失礼します」


「お前たち! 何のつもりだ!」


「ここはお前たちが来ていいところではない。すぐに出ていけ!」


 扉を開けると神官の一人が背後に悪徳司教を庇うようにして立ちはだかり、もう一人の神官が俺たちの方へと踏み出した。


「そちらに用事がなくてもこちらにはあるんですよ」


「おじゃましまーす」


「はーい。信者から逃げ出した泥棒さん」


 俺たちというよりも主にユリアーナの言葉に悪徳司教が鬼の形相を向けた。

 視線で射殺すことができるとしたらあんな眼なのかもしれない。


「無礼者! 衛兵を呼ぶぞ」


「衛兵ですか。歓迎しますよ」


「何だと?」


「今朝、オットー助祭の部屋が荒らされましたよね。あの教唆犯と実行犯についてルーマン司教とお話したくてきました」


「平たく言うと下手くそな泥棒とそれを指示した間抜けな黒幕ね」


 俺の言葉に彼らの表情が強ばり蒼ざめ、ユリアーナの言葉に顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべた。


「うわー、人の顔ってこんな簡単に変わるんですね」


 いいぞ、ロッテ。


「手下の後ろに隠れてないで出てきたらどう?」


「大勢の信者と神官たちの前で大恥をかいたんだ。そりゃあ、隠れていたいだろうさ」


「大嘘吐いて暴動まで起こしかけたものね」


「その暴動を止めた本物の神の力を使えるオットー助祭は信者たちの尊敬を一身に受け、片や嘘吐き司教は手下の後ろでこそこそしている。比べると惨めなものだよな」


「えーと、あたしも何か言った方がいいでしょうか……?」


 追撃の罵声を浴びせる必要がありますか? とでも言いたげにロッテが俺とユリアーナの顔を覗き込んだ。


「出て行け! この部屋から出て行け!」


 唾を飛ばして喚き散らす悪徳司教に向けて、俺はことさら穏やかな口調で返す。


「ルーマン司教。もう一度繰り返します。今朝ほどオットー助祭の部屋に侵入した者とそれを指示した者についてお話を伺えませんでしょうか?」


「お前たち、こいつらをつまみ出せ! 私の視界から消してしわわわええ!」


 最後は言葉にならない程に興奮したルーマン司教の意を読み取った神官二人が俺たち三人を扉の方へと押しやる。


 かかった!

 形だけ抵抗して俺たち三人は神官二人に押しやられるように部屋の外へと出た。


 そう、神官二人を道連れにして。


 神官が後ろ手に扉を閉めた瞬間、悪徳司教を錬金工房へと取り込み、予定通り言語スキルを剥奪してすぐさま部屋へと戻す。

 この間、二、三秒。


「必ず後悔させてやるから覚悟しておけよ」


「お前たちのことは憶えたからな」


 神官たちが扉を背に立ちはだかって恫喝した。

 まるでチンピラだな。


「分かりましたよ。では、今夜改めてお伺いします。そちらこそ忘れないでくださいよ」


 目的を達成した俺たちはきびすを返す。


 とそのとき、


「うー、うー、うおぉぉぉー!」


 室内から意味不明の咆哮ほうこうが聞こえた。


 振り向くと、俺たちを睨み付けていたはずの神官二人が互いに顔を見合わせていた。

 そして、すぐさまルーマン司教の待つ部屋へと飛び込んだ。

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