第52話 騎士団更迭

「侵入者だ! 第一部隊の倉庫に賊が入り込んだぞ!」



「周囲を囲め! 絶対に逃がすなよ!」


 案の定というか、読み通り第二部隊の騎士たちが倉庫を取り囲んで騒ぎだした。

 盗賊を討伐して手に入れた戦利品を第一部隊に押収された商人は、第一部隊の不正と自分たち以外から押収した戦利品が騎士団詰所の倉庫にため込まれているのを知った。


 不正に集めた押収品である。

 表ざたに出来ないと考えた強欲な商人は一計を案じた。


 自分たちが取り上げられた戦利品だけでなく、倉庫に貯めこまれた他の押収品ごと盗みだしてやれと。

 その現場を第二部隊が押え、盗みに入った強欲な商人を捕らえると共に、第一部隊の不正を暴く、と言ったシナリオなのだろう。


「それにしても随分と気合が入っているわねー」


「ここで俺たちを逃がすわけにはいかないだろうから、そりゃ必死だろう」


「大丈夫ですよね? あたしたち捕まったりしませんよね?」


 ロッテが不安そうに俺たちを見る。


「安心しなさい。捕まるのは第一部隊と第二部隊の騎士たちよ」


「さっきも言っただろ、第二部隊のさらに外側をロッシュ直属の兵士が囲んでいるって」


「そのお代官様があたしたちも掴まえて魔道具もろとも闇に葬る、とかありませんよね?」


 随分と悲観的だな。


「あのロッシュとかいう代官、変態だけど頭は切れるし、損得勘定もちゃんとできるとみたわ」


「あの代官、手持ちの兵力で俺たちを捕らえられるとは思ってないようだしな」


「え? そうんですか?」


 ロッテが不思議そうに聞き返した。


「アンデッド・オーガとオーガ数体を瞬殺できる俺を拘束しようとして、領主から預かった兵士を失ったら責任問題だ。それに最悪のシナリオは兵士を失った上、俺たちが第一部隊に寝返ることだ」


「え? 寝返る?」


 予想していなかったことのようで、ロッテがキョトンとした顔をした。


「代官の兵士と第一部隊を半壊させた上で、『第二部隊と代官から命令されて止む無く倉庫へ案内した』、と言ったら第一部隊のパウル隊長はどう思うだろうな」


「言い方次第でしょうけど、第二部隊と代官が結託して自分たちを陥れようとしたと思うんじゃないかしら」


「騎士団内のことだし第二部隊は有罪まちがいないだろうなー。代官にしてもあの鏡を第一部隊のパウル隊長に献上したら、悲惨な未来が待ってそうだよな」


「たっくんとパウル隊長、どちらの方があの鏡を持っていた方が自分にとって損害が少ないかなんて考えるまでもないでしょうね」


「そんなことを考えてたんですか……」


 引きつった笑みを浮かべるロッテに笑顔で言う。


「何事も対策って大切だろ?」


「シュラさんって、あたしとあまり歳が違いませんよね……?」


「俺が生きてきた世界はロッテが生きてきたような甘く優しい世界じゃないのさ……」


 悲哀の表情を垣間見せ、すぐに背を見せる。

 うん、ハードボイルドな雰囲気だ。


「シュラさん……、辛い思いをたくさんして来たんですね……」


「よせよ、昔のことだ」


「あたし、何にも知らなくて……」


 語尾が咽び声となった。

 よし、いい感じに誤解したようだ。


「ロッテは笑顔でいてくれ。ロッテの笑顔が俺に力を与えてくれる」


 笑顔で振り返ると、俺の不意打ちに茫然としていた。


「男っていうのは、守るべき女性がいると強くなれるって知ってたか?」


「え……」


「俺を信じろ!」


 頬を染めたロッテに力強く言うと、か細い答えが返ってきた。


「……はい」


 よし、準備は整った。

 ボルテージは最高潮だ!


「十五、六歳の子どもが大人の真似をして背伸びしても恰好悪いだけよ」


 ユリアーナのささやきが俺のやる気を削ぐ。


「別に格好つけているわけじゃない。俺の気分問題だ。ああいう事を口にすると不思議とやる気が湧いてくるんだよ」


「ほどほどにね。聞いているこっちが恥ずかしくなってくるから」


 まるで信じていない眼差しが向けられた。


「分かったよ」


「慌ててこっちへ向かっている一団がある。多分、第一部隊でしょうね」


 倉庫エリアに侵入者があって、そこへライバル関係にある第二部隊が先に駆け付けたとあっては生きた心地がしないだろうな。

 顔が見られないのが口惜しいかぎりだ。


「その間抜けたちは一先ず措いておくとして、悪そうな笑みを浮かべている第二部隊を制圧する」


 俺は口元が自然と綻ぶのを感じながら倉庫の外へと踏み出した。


「コンラート隊長、これはどういう事ですか?」


「たとえ第一部隊に非があろうとも、騎士団に侵入して盗みを働くとは許しがたい!」


 俺の言葉はあっさりと無視された。


「私たちを騙したんですか?」


「さて、なんのことかな?」


 悪意に満ちた笑みが向けられた。

 世間知らずの小僧をまんまと嵌めてやったという顔つきだ。


「ふざけるな! 絶対に後悔させてやる! 絶対に復讐してやるからな!」


 俺の激高した叫び声にご満悦のようで、薄ら笑いが高笑いに代わった。


「はははは! 誰も貴様の言葉などに耳を貸すものか!」


 そう言うと、部下たちに号令する。


「小僧たちを捕らえろ! 倉庫の品は証拠品として押収!」


 号令一下、十数人の騎士たちが一斉に倉庫へと押し寄せる。

 手にした抜き身の剣にかがり火が反射して幾つもの淡いオレンジ色の光が揺れた。


「大人しくしろ! 抵抗すれば斬り捨てる!」


 先頭を走る騎士が言葉と共に剣を振り被る。

 その瞬間、倉庫前のスペース数メートル四方を対象にスリープの魔法を発動させた。


 すると、まるで何かに足を取られたかのように、駆け寄る騎士たちがその勢いのまま盛大に転ぶ。

 地面を二転三転して止まった彼らは、その後はピクリとも動かずに静かに寝息を立てる。


「お見事」


 称賛の言葉をユリアーナは『もっと派手な魔法を使うかと思ったわ』、と意外そうに俺を見上げる。


「現在進行形で悪夢を見るのは後ろで偉そうにしているヤツらだけで十分だからな」


 下っ端連中は目が覚めたら罪人だ。


「貴様、何をした……」


 コンラート隊長が眼前の出来事が信じられない、と言った様子だ。

 いい感じに混乱しているな。


「眠っているだけですよ。目が覚めたら色々と証言してもらわないとなりませんからね」


「魔術だと? この、この人数を眠らせた、だと?」


 目が見ひらかれ唇が震えている。 

 真っ青な顔で『ありえない、そんな魔術師など聞いたことがない』、首を横に振りながら後退る。


 取り調べでは魔法を使って自白を引き出す予定なんだが。

 さて、そんな魔術を目の当たりしたらどんな顔をするんだ?


 コンラート隊長の眼の前で部下たちが次々と自白していくシーンと、そんな部下たちを見て取り乱すコンラート隊長の顔が目に浮かんだ。


「驚くのはまだこれからですよ」


 いや、絶望するのは、の間違いかな。


「捕らえろ! あの小僧を捕らえろ!」


 狂気を孕んだような表情でコンラート隊長が叫んだそのとき、


「そこまでだ!」


 ロリコン代官の溌剌とした声が夜空に響いた。

 だが、コンラート隊長の悪あがきは収まらない。ロリコン代官が名乗りを上げる前に部下に指示を出した。


「侵入者だ! 警笛を鳴らせ! 他の部隊を呼び寄せろ!」


 警笛が夜空に鳴り響くなか、ロリコン代官が名乗りを上げた。


「カール・ロッシュである! 周囲は我が兵士と騎士団・第三、第四部隊が包囲した。抵抗すれば斬り捨てる!」


 ここでも『斬り捨てる』かよ。

 この世界、俺が考えている以上に人の命が軽いようだ。


「これで一段落ってとこかしら」


「まだ司祭だったか司教だったかの問題が残っているだろ?」


「司教よ」


 ユリアーナは短く訂正すると、


「現時点で限りなく黒いけど、それでもあたしの信徒なんだからちゃんと確認しないと」


 信徒じゃなければ確認は適当でいいのかよ。

 そう口に仕掛けたが、『そうよ』と軽く返されそうな気がしてセリフを飲み込んだ。


「あの、シュラさん? もう終わったんですか?」


 ロッテが扉の陰から恐る恐る顔を覗かせた。


「俺たちを嵌めようとした第二部隊はご覧の通り終わった」


 下っ端連中も包み隠さず白状したところで余罪もあるだろうし、強制労働は免れないだろうな。


「第一部隊も取り押さえられたみたいよ」


 魔力感知で離れた場所の様子を探っていたユリアーナが満足そうに微笑んだタイミングでロッシュが声をかけてきた。


「君たちのお陰で騎士団に巣食う悪を一条打尽にできた。改めて礼を言おう」


「お礼の言葉なんて必要ありませんよ」


「そうそう、約束さえ守ってくれればそれで十分よ」


「君たちならそう言うと思っていたよ」


 笑みを引きつらせたロッシュが申し訳なさそうな表情を見せると、


「実は取り調べにも協力して欲しい。君たちの証言が必要だし、その、可能なら色々と証拠を用意してもらえると助かる」


 それって、証拠の捏造ねつぞうか?

 まあ、手っ取り早く済ませられるならそれに越したことはないか。


「欲しい証拠があれば言ってくださ、ゴフッ!」


 セリフの途中でユリアーナの肘が俺の脇腹にめり込んだ。


「証拠は後でお持ちします。今夜は休ませて頂けませんか?」


「そうだな、分かった。明日の朝、宿屋に迎えの者を行かせる」


 俺たち三人はコンラート隊長の心地よい罵声を背に受けて騎士団の詰所を後にした。


――――――――――


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