第22話 ラタの街

「シュラさん、ユリアーナさん、ラタの街が見えてきましたー」


 御者席からリーゼロッテが声をかけた。


「盗賊たちを一旦出すから、馬車を止めてくれ」


「はい」


 快活な声とともに馬車の速度が弱まる。

 停止すると同時に俺は馬車を飛び降りて、後方に檻で出来た馬車を二台出現させた。


「これが檻馬車?」


「リーゼロッテに聞いて作成したこの地域で使われている護送用の馬車だ」


 大きめの荷馬車の上に鉄格子の檻が設置されており、罪人の護送、奴隷や魔物の移送に使われているそうだ。


 会話の間に檻馬車をかせる馬を八頭出現させた。

 すると駆け寄ってきたリーゼロッテが馬を連れて檻馬車へと向かう。


「檻馬車に繋ぎますね」


「すまないな、リーゼロッテ」


「ロッテでいいですよー」


 返ってきた笑顔は年相応の愛らしさが感じられ、少し前まで見せていた怯えは見当たらなかった。

 だいぶ慣れたようだ。


 手かせと足かせで拘束し、さるぐつわをませた盗賊たちを、空っぽの檻馬車二台に分乗して出現させる。

 途端、盗賊たちの抗議のうめき声で辺りが騒がしくなった。


 なかにはこちらを威嚇してくる者もいる。

 心配になってロッテを見たが、盗賊たちの威嚇など意に介してはいなかった。


「最初はどうなることかと思ったけど、順応力が高い娘で良かったわ」


 出発前に魔道具での実戦を経験しておきたかったので、丸一日森の中に入って魔物狩りをした。


『無理です! 魔物となんて戦えません! ゴブリンとの戦闘経験だって数回しかないんですよ!』

 と涙ながらに主張するロッテも、ゴブリンとの戦闘経験が一度しかない俺と並んで魔物と戦った。


 最初の数戦は戦闘開始を待たずに気絶。

 その後も、泣くわ、喚くわの大騒ぎの末、開始間もなく気絶する始末だった。


 だが、そこは順応力の高いロッテ。

 俺と並んで次々に魔法で魔物をなぎ倒し、最後の方はショートソードでの接近戦も無表情でこなしていた。


「あの様子なら悪代官を前にしても、畏縮いしゅくすることはなさそうだ」


「それどころか、悪代官に攻撃魔法をぶっ放さないか心配よ」


 そう言ってユリアーナが笑った。

 笑い事ではなく、本当にそれができてしまうだけの力がいまの彼女にはある。


 彼女の右手薬指に光る白金の指輪。


 地・水・火・風、四つの属性魔法のスキルを付与してあるのだが……、スキル付与は同じスキルを重ねて付与することで、少しずつだが強化できることが分かった。

 遭遇した魔物が持っていた魔術スキルは全て剥奪し、三人が持つ指輪に重複付与した。魔術師としてどの程度の位置にいるのかは分からないが、ゴブリンの一個小隊くらいなら単独撃破できるはずだ。


 もっとヤバいのは魔力とそれに伴う身体強化。


 興味本位で収納した魔物から魔力を剥がしてみたら剥ぎ取れた。別の魔物に剥ぎ取った魔力を付与してみたら、ほんの少しだけ魔力があった。

 やることは決まった。


 あとは片っ端から魔力を剥ぎ取ってロッテに付与して彼女の魔力量を底上げした。すると、底上げされた魔力量に応じて身体強化も底上げされる。

 魔物との最終戦、ゴブリンの顎をミドルキック一発で砕いた。


 それが自信になったのだろう、盗賊たちを恐れる様子は微塵もない。


「終わりました。出発の用意をしますね」


 檻馬車二台に馬を繋ぎ終えたことを知らせると、先頭の馬車へと駆けていった。


 ◇


「こんにちわー」


 御者席のロッテが門番に手を振ると、門番がもの凄い勢いでこちらに走りだした。


「知り合いか?」


「何年か前の孤児院の出身者なんです。一緒に過ごしたことはありませんが、ときどき孤児院に食べ物をもって顔を出してくれるんですよ」


 門番が駆け寄ってきたので馬車を止めると、


「ロッテちゃん、どこに行ってたんだ?」


 そう言って彼女の隣に座っていた俺をもの凄い形相で睨み付けた。


「どこって? あ!」


 ロッテが小さく叫んだ。

 そうだった……、彼女は行商人の馬車の積荷にこっそり隠れて街から逃げだしたんだ。


「その男は誰だ?」


 門番が俺に向けた眼差しは、完全に不審者を見る目だ。


「行商人さんの馬車で眠ってしまって、気付いたら街の外だったんですよー」


「行商人の馬車で眠ってしまったって?」


 そんな間抜けな言い訳が通用するわけないだろ! ロッテが街の外にいる言い訳を考えておけばよかった。


「そうなんですよー」


「ロッテちゃんらしいな」


 二人揃って笑いだした。

 ロッテ、お前って周りの人からどんな風に見られているんだ?


「それでそっちの男は?」


 門番の視線が俺へと移る。


 ロッテのアドバイスを取り入れて、俺は軽装の革鎧を着込んでいた。

 腰の後ろにコンバットナイフを装備しているが、旅の商人としてはそれほどおかしな恰好ではない。


「街道で途方に暮れていたところを、こちらの親切なご兄妹に助けて頂いたんです」


「兄妹?」


「ハーイ」


 衛兵が疑惑の視線を再び俺に向けるのと同時に、相変わらずのゴスロリ姿のユリアーナが馬車から顔を出した。


「ハ、ハーイ」


 釣られて鼻の下を伸ばす衛兵にロッテが説明をする。


「こちらのご兄弟は旅の商人さんなんです」


「奴隷商人か?」


 門番が盗賊を詰め込んだ檻馬車を見ていった。


「違いますよ、普通の商人です。檻馬車の中は、ここから半日ほど行ったところに巣食っていた盗賊たちです」


「盗賊だって!」


「全部で三十一人います」


「本当ですよ。だから騎士団の方を呼んできてもらえますか?」

 ロッテが助け舟をだした。

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