第19話 次に向かう先

「信じられないな」


「信じられないわね」


 俺とユリアーナの声が重なった。


「本当です、嘘は吐いていません」


「嘘を言っているとは思ってない」


 信じられないのはそこじゃない。


「街から逃げだすのに行商人さんの馬車に無断で潜り込んだのは反省しています。信じてください、悪気はなかったんです。他に方法が思いつかなくて……」


 次の街まで三日。

 三日分の食料を抱えて馬車に潜り込む後先を考えない行動力も信じ難いが、信じられないのは、盗賊に襲撃されたにもかかわらず、積荷に隠れたまま眠ってしまう神経の方だ。

 泣き崩れる少女を落ち着かせてようやく話を聞きだすことができたのが十数分前のこと。


 少女の名はリーゼロッテ・フェルマー。

 ここから半日の距離にあるラタの街の出身で、三日前に十四歳になったばかりだという。


 十一歳のときに両親に先立たれて以来、地元の孤児院で暮らしていたそうだ。

 だが、最近赴任してきた代官に目を付けられ、身の危険を感じて街からの脱出を図ったのだという。


「それでリーゼロッテはこれからどうするつもりなんだ?」


「取り敢えず隣の街に逃げ込んで、落ち着いたらどこかの商家か、商業ギルドの職員として働かせてもらおうと思っていました」


 十四歳の少女がそんな簡単に職に付けるものなのか、と疑問に思っていると、


「あたし、文字の読み書きと計算ができるんです」


 そう言っててリーゼロッテがほほ笑む。

 俺と目が合ったユリアーナがリーゼロッテの言葉を肯定するように小さくうなずいた。


 なるほど、この国では文字の読み書きと計算ができる人材というのは貴重なのか。

 一応、考えてはいるようだが……。


「目を付けられた相手は街の代官なんだろ? 隣町に逃げたくらいで何とかなるものなのか?」


「どうでしょう? あたしもお代官様から逃げるのは、これが初めてなのでよく分かりません」


 あまり考えていないようだ。


「街の一つや二つ離れたくらいで逃げ切れるとは思えないけどな」


「その代官の執着度合いにもよるでしょうけど、本気で追いかけてくるようなら逃げきれないでしょうね」


「隣町でなく隣国に逃げ込むなら、その代官からも逃げきれるかもしれないな」


 街を一つ二つ隔てたくらいで逃げ切れるなら、この世界は犯罪者で溢れ返ってそうだ。


「そんな!」


 計画が根底から覆り、絶望がリーゼロッテを襲ったところに、ユリアーナが追い打ちをかける。


「そもそも、その代官は本当にあなたを狙っているの?」


 それはあんまりじゃないのか?

 もし、彼女の勘違いだったら、この逃亡計画そのものがギャグにしかならない。


 リーゼロッテが恥ずかしそうに頬を染め、うつむき加減で話しだす。


「孤児院の帳簿確認を手伝っているときもやたらと身体を触られました」


 二歳しか違わない俺ならともかく、大人ならロリコン確定だ。


「お屋敷に来るよう言われたり、無理やり馬車に連れ込まれそうになったりしたのも一度や二度じゃありません」


 世界が変わっても権力者のやることは汚い。

 俺の中の正義感を何かが刺激する。


「それに、昨夜は怪しい男の人たちにさらわれそうになりました」


 そう言って涙を流しだした。


 決まりだ。

 悪代官、許すまじ。


「リーゼロッテ、君には三つの選択肢がある」


「一つは、ここで俺たちと別れて隣国を目指す。もう一つは隣街へと向かう。もう一つは俺たちと一緒にラタの街に戻る」


「お二人と一緒に隣国に向かう、という選択肢はありませんか?」


 無理な頼みだと分かっているのだろう、額に汗が浮かび、その一部が頬を流れる。

 とはいえ、意外と強いな、この娘。


「あなたねー、慈悲深いあたしでも限界があるわよ」


「ごめんなさい! 希望です、希望を行ってみただけなんです」


「それで、どうするつもり?」


「どうしましょう?」


 小首を傾げるリーゼロッテに、ユリアーナがため息交じりに返した。


「聞いてるのはこっちよ」


「ヒッ、ごめんなさい」


 ベッドの上で後退るリーゼロッテに言う。


「俺たちは三十一人の盗賊を簡単に倒せる力がある。その悪代官がリーゼロッテに迫ってきても俺が守ってやる」


「え?」


 驚くリーゼロッテの頬がわずかに赤らんだ。


 おや?

 これは脈ありか?


「このままじゃ他国に逃げない限り、常に悪代官の追手に怯えて暮らさないとならないぞ」


「それは……」


「必ず守る」


 彼女の手を取ると、頬の赤みが増した。

 もう一押しだな。


「リーゼロッテも故郷を離れたくはないだろ?」


「それはそうです、が……」


「俺を信じてくれ。もし、途中で信じられないと思ったら逃げだしてくれて構わない」


 彼女に金貨の入った皮袋を投げる。


「これは?」


「信じられないと思ったときに逃げるための逃亡資金だ」


「信じます! あたし、シュラさんを信じます!」


 身を乗りだして俺の手を強く握り返した。


 背後から聞こえるユリアーナの『ばっかじゃないの』という言葉は聞かなかったことにしよう。

 こうして俺たちの次の目的地が決まった。

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