第9話 街道
「街道よ、見える?」
耳元でユリアーナの軽やかな声が響いた。
彼女が指さす先、樹々の間から明らかに森や草原とは違う、乾いたむき出しの地面がわずかに見えた。
あと十数分も歩けば到着する距離だ。
「最初はどうなることかと思ったが、日が暮れる前に森を抜けられるな」
移動を開始する直前、飛行能力で上級から周囲を確認したユリアーナとの会話が蘇る。
――――地上から百メートル程の高さで、フワフワと浮いているユリアーナが言う。
「町も村も見えないわねー」
「もっと高く飛べないのか!」
地上から声を張り上げた。
「低レベルの飛行能力、って言ったでしょ。これが限界なの」
「山小屋とか街道も見えないのか」
「ちょっと! のぞかない、って約束したでしょ」
「微妙に見えないから安心しろ」
本当だ。
風でスカートが揺れるが膝の上あたりまでしか見えない。
想像は掻き立てられるが充分セーフの範囲だ。
「本当でしょうね?」
ゆっくりと降下してきた彼女が疑わしげな眼差しを向けた。
「俺だって、のぞき見で神罰なんか下されたくないからな」
これは本音だ。
彼女は『まあいいわ』、と軽く流すと、
「取り敢えず樹々がまばらになっている南を目指しましょう」
迷いなく言い切ったのが数時間前のこと。
「随分と時間がかかったな」
赤く染まりだした西の空を見る。
「身体強化を使わなかったら、今日中にたどり着けなかったでしょうね」
「終始発動させっぱなしっていうは、精神的にも疲れるんだな」
俺は肉体の疲労感だけでなく、精神的な疲れがあることを訴えた。
「精神的な疲労感は魔法障壁を展開しているからよ」
道中、俺は魔力による身体強化と同時に、魔力で身体全体を覆う練習も並行して行っていた。
それが魔法障壁だ。
魔法障壁は魔法攻撃と物理攻撃の両方に対してダメージを軽減する効果がある。
一般的には戦闘時に展開するものなのだが、今回は訓練を兼ねて身体強化と一緒に終始発動させて移動していた。
「ユリアーナは随分と楽そうだな」
俺と同じ目の高さでフワフワと空中を漂う彼女に言うと涼しげな表情で返す。
「低レベルとは言っても飛行魔法は結構疲れるのよ」
◇
程なく街道に到着した俺たちは路面の様子を確認すると、幾つもの馬蹄と
「割と新しい轍の跡が幾つもあるから、頻繁に使われている街道みたいだな」
「轍の跡も結構深いし、隊商か行商が最近通ったのかもしれないわね」
そのことから、ユリアーナはそう離れていないところに、ある程度の大きさの街があると推測した。
「今夜はあの辺りで野営しましょう」
街道から百メートル程離れたところにある平地を指さした。
「野営の準備って何をすればいいんだ?」
「先ず火よ」
ユリアーナはそう言うと、昼食でクマの肉を焼くのに作った、石でできた
そして、石の釜戸に薪をくべながら言う。
「たっくんは寝床を用意して」
「寝床? 街道脇の草でも集めるのか?」
「錬金工房でベッドを作って頂戴。それが終わったら椅子とテーブルをお願いね」
「OK」
道中、狩った鳥やイノシシはもちろん、目に付いた巨木や岩など幾つも収納していた。
俺は錬金工房内にあるそれらの素材に意識を集中して作成を始める。
「料理はあたしに任せなさない。夕食は鳥肉よ」
「焼いただけの肉だろ」
昼食がまさにそれだった。
料理でも何でもない。何の味付けもせずにクマ肉を焼いただけだ。
「贅沢は敵よ。少なくとも街で塩を手に入れるまでは我慢しなさい」
「街に着いたら料理屋に入らないか?」
この世界の標準的な料理を口にしてみたい、という好奇心が不意に湧きあがった。
「その前に金策ね」
「もしかして無一文なのか?」
完成したベッドを錬金工房から取り出して地面に置いた。
「今はお金がないけど、そのベッドを売れば当面の生活費くらいにはなりそうね」
ユリアーナの視線の先には巨木から削りだした二台のベッド。
そこに加工したクマの毛皮を敷く。
ベッドが売れそうなことに満足したのか、彼女が釜戸の鳥肉に向きなおった。
鳥肉の焼ける音と匂いが食欲をそそる。
昼食のクマ肉よりは期待できるかもしれない。少なくともクマの肉よりも鳥肉の方が柔らかそうだ。
たったいま作成した椅子とテーブルを取り出す。
続いて、同じように木から削りだした皿とコップ、スプーンとフォークを並べた。
鳥肉を半分程食べたところで、思いだしたようにユリアーナが口にした。
「途中で食べられそうな野草や果物を採取してくるんだったわ」
「それを言うなら、せめて香草だけでも取ってくるんだった」
素材の味しかしない鳥肉にかぶり付いた。
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