第2話 天秤

「世界の危機を救うって? まさか、世界が消滅するなんてこともあるのか?」


「そこまで深刻じゃないわ」


 どこまで信用していいか判断に迷うところだが、今は世界が消失する危険がないと信じよう。

 俺が考え込んでいると、ユリアーナが先を続ける。


「でも、パワーバランスが崩れて各地で人の手にあまる事件がこれから発生するの」


「これから発生する? 女神様だから先のことが分かるのか?」


 先回りして解決するのだろうか?

 彼女は俺の質問を『まあ、そんなところね』、と軽く流して先を続ける。


「召喚者であるたっくんには特別なスキルが備わっているはずよ」


 強大な魔力に特別なスキル、か。

 なんて魅惑的な響きだ。


 自然と口元が綻ぶ。

 そんな俺の様子を見たユリアーナが文字通り女神のような笑みを浮かべた。 


「少しはやる気になったようね、嬉しいわ」


 落ち着きかけていた鼓動が再び早まる。

 自分の鼓動が耳を打つ。


 彼女の笑顔に胸を高鳴らせていることを悟られないようにしよう。


「頼まれたら断れない性格なんだよ」


「理由はどうあれ、やる気のある助手は大歓迎よ」

 

 こんな美少女と一緒に魔物を撃破して悪を懲らしめる旅をするのか。


 いいねー。

 女神様を背に庇って悪を懲らしめる自分の姿に胸が躍る。


 俺の中にある天秤の傾きがさらに大きくなる。


「それと『女神様』はやめて。一緒に世界を巡るのよ。それなのに同行する男の子に『女神様』、なんて呼ばれたら周りの人が不審に思うでしょ」


 確かにその通りだ。

 同行する少女を『女神様』なんて呼んでいたら、いろんな意味で不審に思われそうだ。


「OK。これからはユリアーナと呼ばせてもらうよ」


「よろしくね、たっくん」


 世界を救う重大ミッションの人員が二人だけ、なんて事はないよな。

 他者と上手くやれるか一抹の不安がよぎる。


「それで、他の助手は?」


「それがさー、最後の力を使って召喚したから、追加で誰かを召喚するって無理なのよねー」


 形の良い唇から小さく舌をだして笑う。


「ちょっと待て。最後の力だって? それじゃ二人きりで世界を救うつもりなのか?」


「そうなるわね」


 俺の中で何かが弾けた。


「無理だ! 絶対に無理だ! 俺を元の世界に帰せ! いますぐ帰せ!」


「いますぐ戻すなんて、それこそ無理よ」


「俺の輝かしくなるはずの高校生活を返せ! 未来の彼女とリア充生活を返せ!」


「空想の産物でしょ? 空想ならこっちの世界でもできるわよ」


 いま、鼻で笑ったな。

 なおも俺が抗議をしようとすると、突然その手に炎を出現させる。


「魔法、使いたくない?」


 使いたくないと言えば嘘になる。

 だが……。


「命が惜しい」


「冷静になって考えて。元の世界に戻るにはあたしが力を取り戻すしか方法はないの。そして、力を取り戻す方法はたった一つ。この世界に散った神聖石を回収すること」


「二人きりで何ができるんだ?」


 現実を見つめようぜ。

 力を失った女神と高校生のコンビだ。


「言ったでしょ。召喚された者は特別なスキルを手に入れられるって」


「この世界で戦い抜けるだけの力が俺の中に備わっているとでも言うのか?」


「あたしが選んだ助手よ。自信をもってちょうだ」


 マジか!

 口車に乗せられている気もするが……、チート能力があるなら美少女と二人きりというのも悪くはない。


 俺が思案していると女神が先を続ける。


「この世界を救う過程であたしも本来の力を取り戻せるから、必要なら途中で追加の助手を召喚してもいいかもね」


 本当に必要になったらそれもありだが、無理に俺以外の助手を召喚してもらう必要はないよな。


 願わくは俺一人で対処することだ。

 そうすれば役得は独り占めできる。


 思案する俺の耳に女神様の魅惑的な声が響く。


「ミッションコンプリートのあかつきには、元の世界に戻るときに魔法を使えるようにしてあげるなり、この世界で面白おかしく生きるなり、好きな方を選ばせてあげるわよ」


 文明社会に戻ってイジメた連中に仕返しをする未来も捨てがたいが、中世ヨーロッパの領主のように贅沢三昧は得難い魅力があるな。


 俺の中で天秤が振り切った。

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