学校一の美少女が世界の平和を守ってたんだが?

永多真澄

学校一の美少女が世界の平和を守ってたんだが?

「そこまでです! 人々の営みを脅かす破壊活動、この夜明けの勇者、デイブレイク・サンシャインが許しません!」


 その声は、間違いなく美女平 可憐のものだった。

 十階建てのビルを眼下に見下ろすほどの背丈の巨人が、中世の戦士サムライよろしく朗々と名乗り上げる。「夜明けの勇者デイブレイク・サンシャイン」。しかしそれはあくまでその巨人の名であって、名乗りを上げた本人のものではあるまい。それは勇ましく、味方を鼓舞し、敵の士気を挫く勇士の声でありながらも、しかし同時にそれは幼く、あどけなく、可憐であり――まさしく、美女平可憐のものであったのだ。

 聞き違えるはずがない。なぜならば、デイブレイク・サンシャインと目線を同じくする巨人デスワルーEⅢの、そのコクピットシートに座すアクツィラ・ワルーイ3世は、何を隠そう阿久津 光世の偽名を使い通う高校で、彼女と同級生の間柄だからである。


 そもそも、美女平可憐は学校一の美少女としてその地位を恣にしているマドンナであり、たとえ同級でなかったとしてもその名を聞かぬことは無いだろう、というほどの人気者だった。

 人気者なのには外見の美しさ以外にも理由があって、頭脳明晰であり運動神経も抜群であり、博愛の心に満ちていてしかもカリスマがあった。列記すればするほど現実感が薄れていくような存在が、美女平可憐という女だ。校内の男はみんな可憐に惚れていたし、なんなら女もみんな惚れていた。それは愛だの恋だのという性質を帯びている物も多かったが、大多数は美女平可憐の人間性そのものを敬愛していたようにすら思える。

 立てば芍薬座れば牡丹、などという古い都都逸があるが、確かに美人というのは一つ一つの所作に華がある。昔のひとは上手い事を言うものだと日本人どころか地球人ですらないアクツィラをして思わせるほどの美少女が、なんでデイブレイク何某とかいうけったいなロボットに乗って夜の街でガオー!しているのか。それがわからない。


「……」


 もうこれは完全に虚を突かれた感じなので、アクツィラは破壊活動も忘れてポカーンと無防備を晒してしまった。眼前にそびえる巨大ロボットは赤と白を基調とした鮮やかなカラーリングで彩られていて、黒と青を基調としたデスワルーEⅢとは対照的に明らかな陽の者の印象を放っている。別に余が陰キャってわけではないんだけどね。アクツィラは誰ともなしに弁明した。


「あれ?素直にやめてくれた? うーん不完全燃焼だけど結果オーライ。言い訳は署で聞くので機体から出て投降なさーい!」


 向こうもこちらが突然動きを止めたのを不審がっているらしい。依然外部スピーカで呼びかける美女平可憐の声に、アクツィラはようやく平静を取り戻した。数回の逡巡の後、外部スピーカのスイッチを押し込む。


「……余はワルーイ星間大帝国皇帝、アクツィラ・ワルーイ3世である。母星を失い彷徨の民となった我が臣民3億のため、この星もらい受ける」


「あれ? 阿久津君?」


「ばっ、ちげーしアクツィラっつってんだろ!」


 思わずビームガンの引き金を引き絞った。高圧縮された重荷電粒子の死のきらめきが赤黒い尾を曳いてデイなんとかに殺到する。

 やってしまった! アクツィラは息を呑んだ。名乗りの通り彼は皇帝として臣民の命を双肩に載せているものの、年の頃は17。地球で言うところの17歳に相当する、未だ青い部分も抜け切れてはいない少年王である。ついカッとなってしまうことだってある。ただ、ついカッとなったからと言って小惑星を一撃で蒸発させるビームをぶち込んでいいかというとそれはノーだ。双方名乗りを上げたのだからこれは戦士の戦いであって、不意打ちは自分の力量の無さを露見する行為である。皇帝がやっていい事ではないし、なによりアクツィラもまた美女平可憐に惚れた男の一人でもあった。

 なんてことをしてしまったのだ、余は、私は、僕は……! とアクツィラが失意のズンドコに沈むのをよそに、デイなんとかはそれを片手でひらりと払った。必殺の破壊光線が、まるで煙のように霧散していく。


「えぇ……?」


 驚愕よりも、困惑が先に立った。なんなのそれズルくない? いや余が言えた立場じゃないけどさー……。


「なんだ、やっぱ阿久津くんじゃん。なんでそんなロボットに乗ってんの? 意味わかんないんだけどw ウケるwwwww」


「お前にだけは言われたくねえ!」


 アクツィラはデスワルーE3にレーザーブレードを抜刀させ、勢い込んでデイ(ryに躍りかかった。50メートル級の巨人の質量を全く感じさせない剣さばきは半重力炉の恩恵で、切っ先の末端速度は光速の50%。人が見切れる速さではない。しかもレーザーブレードは帝国最高峰のレーザー鍛冶師が打ち上げた小惑星すら一刀両断せしめる大業物である。この剣に切れぬものは無く、切り結ぶこととてかなうまい。どんな強固な装甲版でも熱したフライパンに落としたバターの如くぬるりと切って見せる。

 しかしデイ(ryはそれに即応した。亜光速の速さで抜刀したレーザーブレードでもって、デスワルーEⅢの剣を軽々いなして見せたのである。これにはアクツィラも驚いた。だがそれも束の間、弾かれた剣をすぐさま体制立て直して再び打ち込む。デイ、それを見こしていたかのように弾く。三たび打ち込む。弾く。四たび。弾く。五たび。弾く。

 傍から見れば、それは目にもとまらぬ亜光速の剣戟だ。剣の残像だけでも見えるものがあれば、その動体視力を誇っていい。並みの目の持ち主ならば、きっと腕と剣が消えているように見えるだろう。

 しかし、アクツィラが見るに、デイの方、つまり美女平可憐には明らかに余力があった。それは大いにアクツィラの自尊心を傷つける。アクツィラは皇帝として最高峰の剣技を叩きこまれてきたし、それを余すところなく飲み下した自負がある。事実アクツィラは天才的な剣の才能を持っていて、10の頃には既に帝国に並ぶ者無しとまで謳われた剣士であった。

 それが、まるで片手間にあしらわれている。思い返せば、デイはこの剣戟のさ中、一歩として足を動かしてはいなかった。あまりに隔絶していた。

 アクツィラはそれを認めたうえで、しかし認められずにデスワルーEⅢに剣を振らせる。そして十度目にしてデイブレイク・サンシャインとデスワルーEⅢは鍔迫り合いにもつれ込み、ついにデイブレイク・サンシャインが一歩後退した。研ぎ澄ました神経はそのままに、アクツィラが口の端を挙げて好戦的な笑みを見せた。しかし、それも杉の瞬間には驚愕の色に変わることになる。


「男の子ってチャンバラ好きだよねー。ま、私も嫌いじゃないんだけどね。よーし、じゃ、今度はこっちの番。いっくよー」


 そんな気の抜けた宣言とは裏腹に、デイの繰り出した剣技はアクツィラが見惚れるほど美しく、正確で、そして苛烈だった。アクツィラをしていなすことすら困難な斬撃は容赦なくデスワルーEⅢの装甲を引き裂いていく。それでも致命的部位には傷一つ入れさせなかったのは、アクツィラの面目躍如といってもよいだろう。しかし、アクツィラにはこれが美女平可憐の本気だとは到底思えなかった。それだけ、底知れぬ隔絶した技量の差を垣間見たのだ。

 しかし、アクツィラに諦めは許されない。なぜならそれは、無明の宇宙で待つ彼の民たちを殺すことと同義であるからだ。諦めることも、死ぬこともアクツィラには許されない。それが、亡国の王としての責務であるから――。


「阿久津くんさぁ、なんで破壊活動とかしちゃったの? 相談ぐらいなら乗るからさ、話して見なよ。クラスメイトだもん。力になるから」


 バックステップでいったん距離をとり、再度攻勢に出ようとしたアクツィラに二の足を踏ませたのは、デイにレーザーブレードを納刀させた美女平可憐の声だった。柄頭に手すら添わせていないのは攻撃意思の無さをアピールするためか、それともアクツィラ程度の相手ならばこの状態からでも即応できるからか。おそらくは両者である。アクツィラは臍を噛む思いで唇を噛んで、レーザーブレードの切っ先を下ろした。


「先ほども言っただろう。余の双肩には帝国臣民3億の命が乗っているのだ。民たちが安住できる場所を作るのが、皇帝たる余の勤めである」


「それがどうして破壊活動につながるのさ?」


「整地だ。3億の民が暮らすための土台をまずは開かねばならん」


「うーん……」


 美女平可憐は困っていた。なにやら事情はあるらしいが、かといって破壊活動を認めるわけにもいかない。その他にも、いろいろ疑問点はある。


「なんでわざわざこんな山奥で森林破壊してるの? 平地の街均した方が手っ取り早くない?」


「ねえ君正義の味方だよね?」


「いやー町の方が駆け付けやすいから私も楽だし」


「えぇ……」


 アクツィラは美女平可憐の物言いにドン引きを禁じえなかった。というか、先ほどからいやに語り口がフランクというか、あけすけだ。学校ではもっとこう、ほわわ~っとしたお嬢様感のある、虫も殺さないような博愛主義者の趣がある。どちらかと言えばこちらの方が素に近いのだろう。妖怪猫かぶりだ。女の子って怖い。アクツィラは思った。

 それはさておき、いやホント正義の味方としてはどうかと思うのだが、美女平可憐の提案には理があった。なんせアクツィラは地球人からしてみれば宇宙からの侵略者なわけで、どうせ侵略するなら便の良いほうを分捕ったほうが良いだろうという至極まっとうな話だ。アクツィラは大きく息を吐いた。


「そもそも、そもそもだ。帝国皇帝たる余が、なにゆえ一介の高校生に身をやつして日本で暮らしていたと思う」


「趣味?」


「ちがわい!」


 ノータイムで帰ってきたトンチキアンサーに激高したものの、すぐに我に返ったアクツィラは、わざとらしい咳払いで軌道修正を図った。


「ンンっ、ともかくだ。余がわざわざ市井に紛れて生活をしていたのは、この星の民が我らと共存するにふさわしい民であるかを見極めるためだ」


「ほう? ずいぶん上から目線だけど、まあいっか。王様だもんね。そんで、阿久津君の目に地球人はどう映ったの?」


「皇帝な? まあともかく、そうだな。余の目には、お前たちも我らの民たちと何ら変わらぬ精神性を宿しているものと映った。醜いものもあれば、清いものもある。十把一絡げに語れるものではないと確信した」


「ほうほう、それで?」


「なればこそ、余はこの地の余剰の土地を拓き、そこに我が民を入植させることとした。何か問題はあるか?」


 アクツィラ/デスワルー3Eはレーザーブレードの切っ先をゆるりとデイブレイク・サンシャイン/美女平可憐に突き付けた。そこに攻撃の意思はない。ただ、純粋な問いかけであった。


「ン~……」


 美女平可憐は顎をこねくり回しながら唸った。難しい問いかけである。ぶっちゃけ可憐が判断を下していい領分は逸脱していたのでその辺はおいおい大人たちで話し合ってしまうとして、とりあえず言っておきたいことはあった。


「あのさ、阿久津くん。とりあえずふたつ、良いかな」


「ああ」


 アクツィラは可憐がどんな言葉を返すのか、固唾をのんで待つ。


「まず一つだけど、阿久津君がばっさばっさ破壊してたとこ、私有林だから別に未開の土地じゃないよ」


「えっ!?」


「んで二つ目。仮にここら一体の森林整地しても、3億人は無理だと思う。この国クッソ狭いし」


「ええっ!!??」


「たぶん海の真ん中に人工島とか作ったほうが早いよ絶対」


「えっマジ?」


「マジ」


 そういうことになった。

 これは後日の話だが、ワルーイ帝国は私有林の持ち主にちゃんと損害賠償金を払ったうえ、国連決議で公海上に人工島を建設しそこに住むことになった。議題が上がって三日のスピード採決である。美女平可憐が暗躍したという噂もないことはないが、それは胸にしまっておくべき話だ。

 ともかく、人工島が正式に稼働するのは2年後。それまでアクツィラは阿久津として高校生を続けることになったが、彼の正体については極秘事項トップシークレットとされた。


 なお、アクツィラと美女平可憐の仲が進展するかどうかについては、とりあえず今後に期待ということで。少なくとも特殊な秘密を共有する仲とか滅茶苦茶アドバンテージなんだから頑張れ阿久津! とは日本自衛隊特殊作戦群特殊ヒト型運用中隊所属のお姉さん(二尉)のコメントである。


 ともあれ、彼らの未来は明るい。がんばれ若人!めでたしめでたし!!


-完-

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