負け犬たちの放課後

白Ⅱ

負け犬たちの放課後

 それは最後の日だった。

 卒業式の日だった。

 制服を着て学校に行く最後の日。

 私は幾つものやりそこなった事を後悔しながら、今更どうにもならないしと諦めつつ学校へ行き、式をテキトーに過ごしながら最後のホームルームまで来ていた。

 受け取った卒業証書を早々にカバンにつめた今、見るべきものはそう多くない。今していることは成績表の配布。一人ひとり出席番号順に呼ばれて担任が一言かけている。

 私の番はとおに終わり、あーいよいよ終わりか、とか考えていた。

 教室には程よい音があった。うるさすぎず静か過ぎず。受け取った人と待つ人が席の近くに居る人同士でお喋りをしている。

 話すことは色々あるだろう。さっき配られた卒業アルバムにそれぞれ書き込んだり。緩やかに時間が進んでいく。

 空気には暖かく柔らかい光が溶け込んで窓際の時間が特にゆっくり進んでいる。

 感慨深いとか、思うところは山ほどあれど、大体は自分の馬鹿みたいな時間の使い方についての後悔であって、涙を流したいけれど情けなくてかっこわるいんで押し込めた。

 後悔ばかりで何が悪い。

 そもそも、うまくいくほうが少ないんだよ。

 「・・・・と」言ってみたところで。

 負け惜しみか。


■負け犬たちの放課後■


 ホームルームが終わった後、わたしはいつもどおり図書室へ行った。まぁそこに行けば友達が居る。教室を出るとき後ろを振り返った。

 見えるのはわいわいガヤガヤと楽しくお喋りを楽しんでいるクラスメートたち。教室を出るのが名残惜しいのかそれとも次に行く場所を話し合っているのか。まぁどうでもいいことだ。教室からは私と同じく出て行く人もたくさん居る。彼らはここが名残惜しくないのか笑いながら廊下の奥に消えていく。

 「まぁ・・・」そういうもんか。

 私は未練たらたらに最後までここに居るつもりだ。

 どうせ今日だけなのだ。

 今日を過ぎればもう、特別なことがない限りこない。だから満喫しておくのだ。

 まぁ、あんな風に早々に学校から出て行けるのにはどこか寂しさを感じるけれど、それでも憧れるのは私にはまだ、ここで何かしなきゃいけないと思っているからなのかもしれない。

 まだ、なのだ。

 未練、タラタラなのだ。

 図書室にはすでに5、6人集まってワイワイと騒いでいた。

 最初の挨拶は「卒業おめでとう!」互いが互いにすこし冗談めかしたように陽気に言う。いい感じだ。そして続くのは今さっき終わった卒業式のことについて。

 「三組の誰だっけ名前。回転とかさよくやるよね~」卒業証書を受け取るとき数人の男子がちょっと変わったことをしていたのだ。

 まぁ変といえばそうだし、卒業式の雰囲気を破壊しかねないが、私はそういうことが出来ることがちょっとだけ羨ましかった。

 「歌もあんまり練習してなかったけど出るもんだね」

 「そうだね~」

 一通り卒業式ネタが終わるといつもの会話内容になっていく。聞こえてくるのはどれも昨日までそうだったようないつもの会話。もっとこー卒業式らしい内容の会話は無いのかってくらいいつも通り。未練タラタラな私が馬鹿みたいだ。

 「なんか卒業式って感じしないね」と私がいった。

 「そうか?」

 「卒業式的な話題はないのかい諸君?」

 「卒業式的って、やっぱりあれか?」

 「告白っ!!」

 「そうそう、そんな感じの。来て見たらなんかいつも通りなんだもんさ。がっかりだよ。誰か泣いている人が一人や二人くらい居ないものかね?」あぁ嘆かわしや、青春真っ只中だというのに浮いた話の一つもない。

 「そういうのは自分で実証してから言えよ。さぁー早速俺に告白するといいっ!突然の告白には驚くばかりだが第二ボタンをはずす所存である!」

 「なにが所存だアホ」

 こんな感じで時間が過ぎていく。

 それは心地いい時間の停滞。

 どこにもいけない代わりに、どこにも行かない安心感。

 まぁそれは私が勝手に思っているだけで、みんなはもう次の場所に行くその目の前まで立っているんだろうな。

 わたしには宿題があった。

 別にやらなくても先に進めるけど、出来ればやっておきたい宿題。

 それは夏休みの宿題。のようなもの。

 私は最後までやらない派だった。

 そして手遅れになる頃に動き出して、「ほら、やっぱり私には無理だった」って言いながら秋を待つのだ。

 気づいていた。

 それでもやがて冬が来る。

 待ってくれるものなんてない。

 たぶん、ここに来てようやく本当の姿に触れているんだ。今まで見えてこなかったソレが。

 後悔ってやつを。

 後悔はたぶん薄青色をしていて。

 きっと、朝日が昇り始めたときの空の青に似ている。

 ある日の朝、わたしは夜明けまで眠れなくてソレを見た。

 そして思い出した。

 そうだ。

 アレだ。

 あれが後悔の色だ。

 後悔の色だった。


 後悔の色は黎明で、

 敗北の色は黄昏。

 私は未だに胸が締め付けられる気分になるのだ。夕暮れがあんまりに綺麗過ぎる日は。

 それはまだ中学生のときさ。

 わたしはまだアホ面を下げた本当に救いようのない自惚れた奴だった。

 話を簡単にしよう。

 私は、絵が少しかけた。それで私はうまいほうだと、勝手に思っていたのだ。

 今は違う。

 何故って?

 おいおい、みなまで言わすね。

 そうだよ、ある日、本当にうまい奴(まぁ私よりうまい人に)出会っちゃったんだよね。

 それは黄昏時。

 あんまりに綺麗な夕日が窓ガラスを破って美術を満たしていた時。

 ああ、そうだ。

 未だに思い出す。

 猫の絵だった。

 うまい人が居ることは知っていたけど。私の周りには居なくて。どこか遠くだからすごいと思っていれた。

 遠くだからだ。

 物理的な距離というのは案外、精神的な距離に似て。

 影響力って奴がやっぱり違う。

 遠くに居る人の影響は確かにあるにはあるけど、近くに居るショックもやっぱり計り知れない。

 まぁ、いい訳だ。

 いまなら言える。

 あんたは甘いよ。

 ・・・・と。


 「おっし八切り上がりだっ」はっとする。

 目が覚めた。

 あれからどれくらい経ったろう。外は琥珀色に染まり黄昏が迫っていることを告げていた。

 私たちは今、大貧民をやっていた。

 早々に上がってしまった私は物思いにふけっていたというわけだ。

 思い出すにはあまりにも情けない過去だったけれど。

 ゲームは終わったらしくビリがカードを集めて切っていた。

 私はなんとなく席を立った。

 「あれ?酒田」

 なんとなく

 「ちょっと学校回ってくる。最後だし」意味が分からない。でも誰もソレを深く聞かなかった。助かった。うまく説明できないだろうから。

 がちゃり。

 静かな廊下に響く音は寂しげで、もう残っている人が少ないことを教えてくれた。

 「・・・さて」私は家から持ってきていたデジカメを手に持ち階段を下り始めた。

 どうしてそんなことをしたのか、今となってはわからない。ただ、馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまで馬鹿だと、いよいよ笑えてくる。

 私はどこに向かったのかって、それまで避けていた美術室に向かっていたのだ。それだけならまだいいけど、中に入れず扉の周りをぐるぐる回るなんてことをやっていた。誰かに見られたら完全にヤバい奴だ。入るなり、立ち去るなりどちらにも行けず、うろうろとしていた。まったく、馬鹿だよ。本当。

 だから、あの時の出会いはむしろ助かったと言えるのかもしれない。

 「あのっ」と声をかけられて振り向くとそこには見知らぬ人が居た。背は普通、顔も普通の黒い学ランを着た見知らぬ男子。

 「あっはい」びくりと答える。美術室の前でウロウロしていたのを見られてませんようにと心に念じた。

 「美術室に用ですか?」見られていた。

 ああ・・・ああぐぁああ・・・。

 「あ、いえ、えーと用があると言えば、あると・・・いえないとも・・・」どっちだよ。と自分に突っ込みを入れつつもどっちが最善の答えかもう私には判断が出来なかった。

 「カメラ」

 「・・・あっ。ああ、えーとコレで撮って回ってんです。さ、最後だし」

 「と、言うことは卒業生ですか?」

 「はい、卒業生しか居ませんよ今日は」

 「そうでもないですよ。後輩だって少ないけど来てますよ」よかった、話がそれた。

 「それで、美術室を撮るんですか?」あっと・・・しまった。これではいま入らなければいけなくなる。

 なんで今入るのがダメなのかよく分からなかったけど、今は入ることができそうになかった。まったく、いつだって同じなんだから、早く入ればいいのに。それどころかどんどんチャンスは無くなっていくのに。

 「美術室は、あ、後で撮るんです。次はた、体育館辺りまで行こうかな・・・と」ここから早く離れないと誰が扉から出てくるか分からない。美術室に出入りしている友達だって多いのだ。こうしている間にも扉が開くかもしれない。

 「そうですか・・・」

 「あの、一緒に行きません?」何故、そんなことを言ったのだろうか。今でも分からない。ソレこそが、美術室に足が向かったよりも奇妙なことだった。

 「・・・」少し考えてから彼は頷いた。

 「それも、いいね」


 美術室から体育館までは間逆の方向。寄り道をしていけばさらに時間はかかる。私たちは誰もいない廊下を歩いていた。本当にもう卒業式が過ぎてしまったのだ。

 「名前はなんていうの?私は酒田舞です。三組の」

 「ありゃ」私の名前に驚いている。私のことをしっているのだろうか。

 「どうしたんです?」

 「いや、俺も、坂田だ。坂田竜介」

 「サカタ・・・本当ですか?!すごいね。卒業式にあった人が同じ苗字なんて。なかなかないですよ。こんな偶然」

 「本当だな、これはなんかすごいな。サカタなんてまぁありそうな名前だけど」

 「私はお酒の酒に田んぼの田です」

 「俺は坂道の坂だ」

 「あっ・・・んーどうしましょうか呼び方」

 「・・・そうだねー酒田さん?」

 「坂田くん?」紛らわしいな。でもしょうがないか。

 「俺は竜介でいいよ。俺は酒田さんのこと酒田さんと呼ばせてもらうよ」

 「ええっ、初対面の人を名前で呼ぶのは、な慣れてませんよ」

 「俺もだね。それじゃあ舞・・・さん?」

 「・・・それは、それで・・・」思ったよりも効くなこれは・・・。慣れない。やっぱり「竜介くんの方向で」

 「それは助かる」

 歩きながら思ったところでファインダーを覗き、シャッターを切る。

 「竜介くんも撮ってみる?」

 「んーいいよ」

 「そう」私はカメラから目を離し彼に話しかけた。

 「竜介くんは何部だったの?」

 「部活・・・か。美術部かな。酒田さんは?」

 「私は・・・何にも入ってないな。しいて言えば図書委員かな」

 「図書委員?」

 「そう、図書室をたまり場にしてトランプやったり図書室の仕事を手伝ったり色々・・・まぁ部活じゃないけど」

 「俺の美術部もそんな感じだったよ。部活って感じじゃないの。友達の集まり。なんか目標があるんじゃなくてさ、行けば誰かいるだろうって感じの部活」

 「へぇ~そんな感じなんだ美術部って。ちょっと想像と違うな。デッサンとかやってないの?」

 「やってる奴もいるけど。俺そんなにうまくないし。ほら、先生が面白いっていうか不思議な人だから」

 「そうなんだ」

 「知らないの?」

 「うん」私は選択で美術を取らなかったからどんな先生なのかまるで知らない。おまけに美術室には近づかなかったからどんなところかまるで知らない。

 でも、この竜介君の話を聞く限りでは面白そうなところだ。

 そうだろうな。

 だって別に私が勝手に避けてただけだし。

 「誰が一番うまいの?」

 「うーん。おれ絵のうまさってよくわかんないんだよな。デッサンできる奴ってみんなうまいじゃん。石膏デッサンやってんのは二年の花岡って女子あとは三年だと・・・水原かな」一瞬で目が覚めた。よく冷えた手でいきなり頬を触られたみたいに体が固まった。「「知ってる?文化祭の時さクラスのポスターとか描いてたの。あっあいつは確か五組だったか」

 知ってるよ。

 だって、私とおんなじ中学だったんだもん。

 私が勝手に避けていた相手。

 敗北の色は濃くなっていく。

 今は放課後。

 最後の放課後。

 卒業式の夕暮れ。

 私は逃げ込みたい気分で教室のひとつに飛び込んで窓際まで走って窓を開けた。

 サッッ

 と開いて風が吹き込む。

 髪を、頬を触りまだ冷たい風が胸を透明な軽さで突き抜けていく。

 敗北の冷たさ。

 ああ、やっぱりあの時はいってれば良かった。

 馬鹿だ。

 敗北の色は黄昏だ。

 思い出すくらい綺麗な夕暮れがそこにあった。

 馬鹿らしくて、本当に締め付けられる思いがした。

 どうしたらいいのだろうか。


 夕暮れを高いところから見たいなーと二人で話していた。

 窓を開けて外の空気を吸ったけど寒くなってすぐに閉めてしまった。

 外はすでに夜の紺色が赤と交わったような紫色になりつつあった。

 こんな時はもっと高いところから街を一望したいと竜介君に言ってみたのだ。

 「屋上入りたかったんだよな~」ついに出来なかったけど、と彼は付け足した。

 「いいねー屋上」

 「美術部で何か描くから入れないかって言ったんだけど。ダメだったな~」

 「天文部とかって天体観測で入れるんだよねーいいなー」

 「天文部の天体観測って言えば混ぜてくれるんだよ」

 「知ってたけど、なんか柄じゃないって思ってさ」たぶんいつもそう。

 「もったいないことしたな~とか思うんだよな~今にして思えば。いい経験してるんだよな確実に。あー天文部。天体観測参加してればよかった」

 「本当。本当だね」いって私はカメラ越しに世界を見た。

 見えるのは日の沈んだ夕暮れの教室。窓の外を見てこちらに背を向ける一人の男子。

 カシャ。

 「撮った?」振り返った竜介君がそういった。

 「まぁ、いい絵だったよ。たぶん」

 「たぶんって断定してくれよ」彼は少し笑った。

 「そろそろ次いこ。日が暮れちゃう」自分でそこに飛び込んだくせに私はさっさと教室を出た。

 体育館まで一番近い棟の三階。後は階段を下りれば体育館までの渡り廊下だ。今朝そこを通って卒業式に向かった道。

 階段まで私たちは無言だった。

 話すねたが尽きたわけではなかったけどなんとなく二人とも喋らなかった。そして不思議なことにそれが全然気まずくなかったのだ。

 「不思議だな」竜介君が不意にそういった。階段を下りる途中。

 私たちは並んで歩いていなかった。竜介君が前を行きその後ろを私が歩いている。どんな顔でいるのかは分からないけど私に話しかけている。

 「何が?」

 「こうしていることが。ついさっきまで名前も知らなかったのに」

 「そうだね。もしこのままだったらさ。卒業アルバム見てあっこいつもサカタだっていってるとこだね」

 「くく、ははは確かにそうだ」竜介君は抑え気味に笑った。

 太陽はもうほとんど沈んで濃い緋色が細い線になっている。階段の窓からはもう夕日の色はほとんど消え濃い青色に染まっていた。

 「本当、不思議だ。卒業式なのにさ。あなたの名前は?から始まって部活は?どんなことしていた?って入学式みたいじゃん」

 「だな。入学式、確かにそういうのやったな。んでさ、高校生になったら中学よりがんばろうってさ。全然ダメだったけど」

 「私もだ。中学よりもだめになったかも」

 「今■■■ない■■が■■で■■わ■■■■だよな」

 「えっ?」なに?

 小声でない声が良く聞き取れなかった。

 「よっと」カツ。

 最後の段をヒョイと飛び降り竜介はまだ階段に立っている私を見上げた。その顔は薄暗くて良く見えない。

 「早く行こう」

 「・・・うん」

 渡り廊下は外に出る。

 風が吹いていた。

 冷たい風だ。

 髪が揺れる。

 もうこんな時間なんだ、と思った。

 空を見上げれば燈色と紺色の接点が西に遠く見えた。

 もう、黄昏は終わる。

 反省の夜が来る。

 渡り廊下を少し行けばもう体育館。

 覚悟はいいかい?

 rpg風の選択肢で入りますか?yes or noの表示が表れたみたいな階段。コレを上れば卒業式やったばかりの体育館の扉だ。

 「開いてるかな」今更な疑問。

 「まっいいか」竜介君はそういってどんどん階段を上っていった。まるで、開いてなくてもいいような素っ気無さ。でも、私だって開いていようと閉まっていようとどうでもいいのだった。

 階段を上り終えると竜介君がいた。

 「開いてるよ」どうやら待っていてくれたらしい。さっきからどんどん進むからあいてないのかと思ったけど。

 扉に近づき中を見るとそこはガランとしていてとても静かだった。

 音ひとつないとは、こういうのかな。

 そこにはまだイスが並べられていた。

 そのままの姿で冷たい空気に満たされた空間。

 沈としていて。まるで冬の深夜みたいだった。

 「ぅゎ」声が縮む。

 「これはこれは」竜介君の動きもゆっくりだった。とても走り回るとかそういう雰囲気の場所ではない。

 「なんか、違うね」

 「あぁ」

 「雰囲気あるね・・・まるで青春映画のワンシーンみたい」自分でいってかなり恥ずかしい台詞だと気づいた。まったく後悔ばかりがうまい。

 「酒田さんは運動とかってやる?」

 「んや、私は完璧文科系です」

 「そっか」そっかという音が空間に吸い込まれ、溶けた。

 「俺は昔やってたんだ。バスケ」

 「へ~今はやってないの?」私は馬鹿だった。

 「今は美術部」そうだ。悪いことをした気分ではなかった。そんな話を振るほうが悪い。自慢話じゃないだろうな。自分もそうだったし。そうして思い出した。私はこれから美術室に行かないといけないのだ。

 体育館にいる間に夕日は完全に落ちた。

 電気などつけられるはずもない体育館は外からの光で辛うじて薄暗い。しかし相手の顔の判別なんてつくはずもない。

 人が動いている影が見える。バスケットゴールの真下に竜介君がいるんだろう。

 私はこういう暗くて不気味なところは苦手だったけどその時は不思議と怖さを感じなかった。たぶん怖さより、離れがたさを、名残惜しさを感じていたからだろう。私は、もうここには来ない。だろう。と。なんとなく。感じて。それでも。ここでなにか。できたかも。とか、今更ながらに思って。それで、離れるのが惜しくなって。いるのだ。

 無音が深々と降る体育館に無機質な電子音が鳴った。

 私の携帯だ。

 「もしもし」話しながら私は外へ出る。

 外の風は夜になったことでさらに冷たくなった気がした。

 『今どこ?そろそろ図書室閉めるから早く帰ってこいってさ』もうそんな時間か。終わりが近づいている。

 「うん、分かった。すぐ戻る」ピっと電話を切る。

 無音。

 夜が遠くにある。

 街の光が見える。

 風が吹く。それに髪が泳ぐ。

 ああ、気持ちいいな。

 このまま消えたい。

 「そろそろ、帰り時だな」竜介君はいつの間にか体育館を出ていた。

 「そだね」

 私たちはそろって歩き出し、階段を下りた。

 「私図書室に荷物があるからここで」

 「・・・そっか。それじゃ」竜介君は呆気なくそういうと別の道に着いた。

 また今度、とは言わなかった。

 まぁこんな風にお別れする人がいてもいいか。とか、勝手に思いながら。図書室に向かう。

 図書室に着くまでに決めないといけない。

 どうするか。

 美術室にいくかを。

 別に、今更って感じではある。

 でも、とも思うのだ。

 カツ、カツ、カツ。

 首を絞めるような音が階を上がる度にする。

 反省の色は夜。

 私は図書室まで竜介があの時なんていったのかを考えていた。

 「今■■■ない■■が■■で■■わ■■■■だよな」

 今、ない、が、で、わ、だよな。

 この台詞、私だったら、こう埋める。

 「今日出来ないことが明日できるわけないんだよな」

 たぶんコレであってるはずだ。


 「いや~思ったよりもすばらしい景色でさ、ついつい時を忘れて没頭しちゃったね」図書室に戻ってみるとみんな帰り支度をしていた。

 そういえば私は図書室の写真を撮ってはいなかった。

 カシャ。

 カシャ。

 カシャ。

 荷物を持って電気を消すだけになった図書室を少しだけ撮っておいた。

 みんなまだ名残惜しいのかカウンターの近くに溜まってお喋りしている。

 「どこいってたの?」

 「ちょっと学校をぐるっと」

 「回るだけならこんな時間かからないでしょ~さては男か」ぎくりとなった。

 「なに、密会か」

 「舞ちゃんやるね~」まぁ、ただ単純にそういってるだけの冗談。誰も本気にしてはいない。だけど今回に限って言えば、まぁ、それに近いことが起きていたわけで「もう、止めてよ~あははは」とするのが限界である。

 「みんな荷物もった?忘れ物はないね?」司書の先生がそういって誰かが「ここで素敵な恋をするのを忘れました」とかくだらないことをいった。どんな寒いギャグも今夜は許されるだろう。そう、思う。

 あははは、と笑いながら。電気はパシャっとはじけるように消えて。後に残ったのはいつもは見ない暗い図書室なのだった。

 カシャ。

 暗い図書室を珍しいので一枚。

 私も図書室を出た。


 美術室の扉は何であんなにも重そうなのか。

 みんなと帰る途中わたしは美術室に寄った。

 「どうしたの?」

 「美術室・・・に寄ってこうと思って。また誰かいるかも」

 「ふ~ん」

 扉の前に立つ。

 廊下は暗く。ドアノブは冷たい。触れた瞬間よぎる。もしかしたら開いてないかも、という思い。それは安心?それとも後悔?

 しかし、一瞬の間を置いて扉はあっさりと開いた。

 まるで重さのない感覚。力を入れればそのままもげてしまいそうなほど脆い。本当にわたしはなにをやっていたんだろうか。

 扉は開いた。

 視界が広がる。

 見えたのは暖かい光。夜の中でそれはいっそう暖かに見えた。

 5、6人の男女がワイワイガヤガヤとお喋りをしている。

 ああ、ここもこんな感じなんだ。

 わたしの後ろから図書室メンバーが2、3人ぞろぞろ入ってきた。

 「よっまだ残ってたの?」

 「図書室はもう閉めたんだ」

 「ほらほら君たちもそろそろ帰る準備しないと」

 5、6人は今10人くらいになった。

 そしてワイワイガヤガヤと始まる。わたしもそうだけど美術室には知り合いがいる。図書室と美術室に出入りしている人間は友達同士なのが多いのだ。私が寄らなくても誰かがここに来ていた。だからこそ、最初にここをあける必要があったのだ。私の意志で。ここに、来る。

 この現実がほしかったのだ。

 「酒田さん」人の中に竜介君を見つけた。彼は近づいてきた。

 「竜介君、美術部ってこんな感じなんだ」

 「そう。図書室も似た感じだね」

 「そうだね」

 はっきりと、今。

 私は後悔していた。

 ああ。

 あぁー

 くだらない意地を張ってこんな面白そうなところに来なかったなんて、ソレを今知ってしまうなんて。馬鹿だ。

 美術の先生はなんか面白い先生だった。

 美術室の魅力の大半はたぶんあの先生が持っている。のんびりとした声で「そろそろ帰りなさーい」とか言うのだ。他の先生も変わった人がいるけどこの先生はなんか他の先生たちとは違う気がした。

 「あー」うらやましい。この先生と知り合いになっておけばよかった。

 「あー」後悔。美術室で大してうまくもない絵を描いて過ごすのだって、ありな気がしてきた。

 水原さんは私の視界の端にチラチラと写っている。

 話しかけようかと思ったけど、そこまでじゃない。私たちは別に面識があるわけじゃないのだ。

 勝手に拒絶して、勝手に羨んで、勝手に居心地悪くなって。

 勝手に、後悔する。

 馬鹿馬鹿しいと思いながらもこの三年間。意識的にさけてここまで来て。そして、今更、何を話しかけるって言うの?私は、なにを話したいて言うのだろうか?

 でも、なにか、話をしておきたい。と思ってもいた。それが、心残りの正体。私が、学校からなかなか離れられない理由。

 ぐるぐると校内を回って逃げ回ってそして今も人が話す輪に入ろうとしないわけ。

 「水原さんの絵って、ある?」

 「・・・さぁ~もう持って帰ったんじゃない?」

 「そっか」見れば、また打ち砕いてくれるかも、とか考えたりして。

 「本人に聞けばいいんじゃない?」

 まぁ。

 その手があるよね。

 「いや、さ。水原さんとは初対面だし」

 「俺とも初対面だったと思うけど」

 「・・・それも、そうだね」

 「大丈夫だと思うよ。入学式のときみたいにさ。新しい気持ちでいけば」

 「恥ずかしい台詞だね」

 「・・・いま、後悔してる」

 ま、そういうことだと思う。

 「竜介君の絵は?」

 「俺。おれはないよ。もう持って帰った。いつまでも置いといても仕方ないし」

 「そうか・・・」それは残念だ。

 「何なら今描く?」えっ。

 「その手があったか」私たちはかばんからルーズリーフと筆箱を出した。

 「なんでルーズリーフ持ってるの?」

 「そうだな。今日は使わないだろうにな」

 描いてみる。

 美術室には行ってなかったけど、絵を止めたわけじゃなかった。授業中の落書きとか、暇なときの時間つぶしに。本格的に描いたり勉強したわけじゃなかったけど。

 竜介君の絵はうまいとはならなかった。自分で行言ったとおり。あまりうまくはない。で、私は、というと。

 「へえ~うまいね」そう、うまいと言われる。あまり絵を描かない人からうまいといわれるような絵を描けた。

 「描けるなら美術部にくればよかったのに」

 「そだね。今、後悔してる。ここもありだったなって」

 「まぁ、あんまり絵描いてるやつらいないけどね」

 「まぁそれでも面白そうだよ」いいながら私はルーズリーフで紙ヒコーキを折った。

 「紙ヒコーキ?」

 「そっ」といって飛ばす。ヒコーキはゆっくりと飛んでいく。

 気まぐれに飛んで、勝手に落ちる。

 私はそれを拾いに行った。

 「酒田?なにそれ」

 「紙ヒコーキ。イカすだろ?」といってみる。

 「おう、イカすな」とその時。

 「はいはーい、注目。そろそろ本当に下校時間だからー」美術準備室から先生とさらに2、3人の生徒が出てきた。

 「そろそろ閉めますよー」先生がそういい、それについに観念したのかでも名残惜しそうにみんなぞろぞろと部屋を出て行った。

 私はその流れに一人逆らって、じっと人がいなくなるのを待った。

 そして一人になって。

 カシャ。

 一枚とって背を向けた。

 私が出ると電気は消えた。

 そしてガチャリと音がして扉は閉まった。

 たくさんの後悔と一緒に決定的な何かを置き忘れてその扉は永遠に閉ざされてしまった。

 私はさっき折ったヒコーキを暗い廊下に向けて飛ばしてみた。

 ゆっくりと進んで、落ちる。

 その流れを見ていると視界のはしに白いものが飛んでいくのが見えた。

 「あっ」

 「俺も作ってみたりして」紙ヒコーキだ。

 「俺も、俺も」と2,3人が飛ばしていた。

 みんなまだここが名残惜しいのか、ゆっくりと歩いている。私たちは紙ヒコーキを飛ばしながら行くことにした。

 投げては拾いまた、投げる。

 距離を競ったり、くだらない妨害工作をしたりもしてワイワイガヤガヤ賑やかに。

 そこにまたひとつ紙ヒコーキが加わった。

 「竜介君」

 「見てたら面白そうになってね」そういうものなんだろう。私がガヤにいてもそう思う。でも、別に楽しもうと思って始めたわけじゃないのだけど。

 「私のはあんまり飛ばないな」私のはすぐに落ちてしまう。だから下を向く回数が多い。

 「でも、みんな同じようなもんだよ」

 「そうかな」明らかに私よりも遠くに飛ばしている。というか「竜介君だって私より遠くに飛ばしてるじゃん」

 「ま、そうかもね」

 「誰も練習なんかしてないのになー」

 「そうだな」

 「飛ばす人は飛ばすね」

 「才能って奴じゃないか?」

 「才能か・・・私それ大っ嫌いな言葉だ」軽く。重さなく、口から出てきた。言った瞬間わたしが驚いた。

 誰よりも、私が驚いた。

 「俺も、嫌いだね。そういうの」竜介君は頷いた。顔は暗くて見えなかったけどその声から心からの同意だと分かった。

 結局は。

 そういうことだ。

 誰かのせいじゃない。

 気づいていた。

 私は、自分が、情けなくて、嫌だった。

 くだらないことで避けて、逃げて、馬鹿だと思いながらもそうするしか出来なかった自分が心底情けなくて。

 今知ったいろいろな情報で私はさらに後悔している。

 ああ、なんでもっとうまく出来ないんだ。

 簡単な、事なのに。

 才能って言葉を私は勝手に作り出して、避けた。

 そんなものはない。

 といえるほど、世界を知ってるわけじゃなくて。

 たぶんそれはあると思うけど、本当に大切なのはそれがあろうとなかろうと、私は動かないといけなかったということだ。いや。動きたかった、ということだ。それに目をそらし続けた三年間。もはや遅い。後悔。だけしか残らなかった。

 すっきりと、終わるわけがない。

 私はいま、遅い、遅い、失敗を始めたのだ。

 これからもっと後悔する。

 もっと早く、もっと早く、動いてればと、ことあるごとに後悔して。

 そんな風に生きてく。

 でも、と。ふと考える。

 そんな生き方で私は耐えられるだろうか。

 紙飛行機が暗闇に沈んでく。

 でも、その前に落ちる。まるで躓くみたいに。

 カクン、カクンと一歩進んだと思ったらまた。また、落ちる。

 それを拾って、拾って、拾って投げる。

 みんなはどんどん進んでいく。

 それを見ながら、それでも自分のペースで歩いていけるだろうか?

 ちょっとキツイな。

 「飛ばす奴は、飛ばす」はっとする。

 「ってさっき言ったよな?」竜介だ。

 「う、うん」

 「そうなんだよな。実際。飛ばすんだよな」誰かに話しかけるような感じではなくて。

 「こっちが躓いてる色々なことをすぱっと通り抜けていく奴。いるよな~実際。でもさ」そこで彼はいったん切った、そして続ける。

 「それって実は誰でもそうなんだよな」

 「恥ずかしい台詞だね」

 「・・・だよな。くさいな~」

 水原さんに声をかけたかった。話しかける理由はある。でもどうやればいいのかわからない。いや、それも分かってる。色々ある。例えば文化祭の時の絵を描いた人ですかとか。同じ中学だったけど憶えてない?とか。

 とにかく。話しかけないと。

 終わってしまう。

 紙ヒコーキを拾い。

 また投げる。

 私が考えたやり方はかなりオーソドックスというか。馬鹿なやり方だった。

 すっと、ヒコーキを投げる。

 トンとそれが

 「あっとごめんなさい」当たった。

 背中に紙ヒコーキが当たった水原さんは振り返った。


 紙ヒコーキを拾うまでがチャンスだ。

 最後の。

 「あの」言葉が出ない。続かない。覚悟は決めた。はずなのに、思いつかない。言葉が。

 「図書室の人ですか?」水原さんの方からそういった。

 「え、はい。美術室の人ですか?」

 「ええ、はい。水原伊織です。あなたは?」

 「酒田舞です・・・」

 「紙ヒコーキ」

 「あっやります?ルーズリーフあるし」かばんから出そうとする。

 「いえ、いいです。もう下駄箱だし」

 あっと、なる。

 下駄箱だ。

 「本当だ」靴を取りに水原さんは離れていった。嫌われてるのだろうか?不安になった。

 でも、ここで離れても仕方がない。

 靴を履いて私は外に出た。水原さんを探す。

 居た。

 「水原さん」言って、言った後にその次の言葉をまるで考えてないことを後悔した。

 「・・・酒田さん?」

 「・・・」沈黙。

 「水原さん絵うまいんですか」

 「・・・えーと美術部では、描くほうだと思いますけど」

 「わたし、文化祭の時みたんですけど」

 「そうですか」

 沈黙。

 気まずい。

 どうして話しかけてしまったんだろう。とその時にはすでに考えていた。折れるのが早いな。

 相手も気まずそうにしていた。

 いきなり、知らない奴が話しかけてきて一体何を話せばいいのかって顔だ。そうだろな、私もそう思う。

 「美術部って面白そうなとこですよね」

 「そうですね・・・あんまり絵は描かないけど、確かに楽しかったな」

 わいわいガヤガヤやってる人の輪を見て水原さんはそういった。

 「ちょっと後悔してるんですよ。今日」

 「?」

 「私も、すこし絵を描くんですけど、なんで美術部に入らなかったんだろうって」

 「・・・部活は入ってたんですか?」

 「んーと入ってなかったんだ。図書室でいろいろやってたんだ」

 「・・・図書室なら私の友達も結構出入りしてますよ」

 「なぜか、美術室とつながりが深いんですよね」

 「そうですね。そういえば、中谷くんと知り合いだったんですか?」

 「中谷?えっと、誰ですか?知らないけど」

 「だって、さっきも話してましたよ」

 「中谷・・・知らないなー聞いたことないな。フルネームは?」

 「中谷竜介」えっと。・・・はい?

 「っええ!中谷って苗字だったの?」

 「中谷くんは中谷くんですよ。なんて聞いたんですか?」

 「いや、あの、それは・・・」騙された。

 「いや~バレてしまったか」竜介君がそこにいた。私は竜介君を見る。

 「そんな睨み付けるように見なくても」

 「中谷くん、だったんだね」

 「その名は捨てた今は酒田グハっ」

 「なんだよ本当に」

 「俺はこの高校生活をとても後悔していた。やりたかったことの10分の1もやってない。その中のひとつには」

 「ひとつには?」

 「女の子に下の名前で呼ばれるというものがあっってガッハ、痛い、痛いから、手加減しろってグォっ」

 「中谷くん大丈夫?」と水原さんが言う。

 「こんな奴にかける情けはなくていいよ」

 「・・・まぁそうだね」

 「そんな・・・」

 「ねぇ中谷君ってこんな奴なの?」

 「・・・うん。美術部ではこんなテンションだった」

 「ひどいなー」

 「ひどいのは中谷君のほうだよ」

 といいながらも、場はすっかり和んだ。竜介君のおかげ・・・とは思いたくなかったけど、そういうことなんだろうな。

 少しだけ、感謝した。

 それから少しだけ、ぎこちなくだけど学校の話をした。

 学校でのなんでもない話をした。

 特別教室にたまにある落書きがめちゃくちゃうまかったとか、数学の誰々先生が授業の合間にする雑談の話とか。そんな話をしながら私たちは正門の前に溜まっていた。帰ることがもったいなくて、誰から帰るとも言い出しずらくて。私たちは話が止まらないと思っていたし、止まることを少しだけ恐れていた。

 竜介のおかげだった。

 本当に。

 「絵って今ある?」私は聞いてみた。

 「絵・・・かあるよ」といいながら水原さんはかばんから取り出した。

 「大きいのは前に持って帰ったんだ」渡される絵を見て、私は少しだけ。少しだけ。

 「うまい」たぶん、声になってないと思う。

 私は2、3枚ある絵をじっと見て、少しだけ。

 「うん、ありがとう。うまいね。文化祭のとき見て気になってたんだ。どんな人が描くのかって」言いながら返す。

 「・・・そんな私なんてまだまだだよ。うまい人って、本当いっぱいいるからね。へこむよ」

 ああ、少しだけ。

 少しだけ。

 ぞっとした。

 これが。ここが私の位置か。

 随分と出遅れてしまったな。

 追いつくかな。

 少し、放心して。

 話を続けた。

 また、学校の話題。

 図書室でよくやった大貧民とか。

 「じゃ、そろそろ帰るか」誰かがそういった。

 そういってしまえば呆気ない。

 「そうだな」なんて同意があって。私たちは学校から離れるために動き出した。

 私と水原さんはその時にはもう離れていて私は図書室の友達と話していた。

 動き出したとき、私は思い出したように竜介を探した。

 「中谷君」

 「あ、酒田さん」

 「メアドとか、携帯番号とか交換しない?」

 「それは、告白?!」

 「違う」

 「否定早いよ。もうちょっと溜めないと勘違いされないぜ」

 「勘違いさせたくないし、それより交換しなくていいの?」

 「いやいや、するする。せっかく友達になったんだもんな。ここで途切れるのはもったいない」私もそう思った。

 「赤外線通信できる?」

 「うん」


 それから少し後のことを話そう。

 「まさか、家がちかくとはね」

 「なんで朝会わなかったんだろう」

 「いや、あってたけど気づかなかったんだろう」

 「偶然って怖いね」

 「ここまで来るとな」

 私たちは駅のホームで電車を待っていた。

 ぽつりぽつりと話をしながら。

 長かった一日が終わる。

 いや、まだ終わらない。ようやく半分ってところだ。これからまた集まって騒ぐらしい。そのためにいったん帰るのだ。

 「まっ卒業しても関係までが終わるわけじゃないしな」

 「そうだね」でも。

 「酒田さんはどうして美術部に入らなかったの?」

 「なんで?」そんなこと聞くの、中谷君には関係ないでしょ?

 「いや、もっと早くあってたら俺にも春が来てたかもと」

 「それはないから」いつ出会ってもそれはないから。

 「それにしても、内の連中って浮いた話が一つもないんだよな~」

 「不思議だねー」

 「そっちは?」

 「こっちは・・・ないなー」

 「寒いな~」

 「寒いね」

 沈黙

 「大学どこ?」

 「◇◇◇大。文学部心理学科」

 「心理学か、人気なんだってね今」

 「中谷君は」

 「○○○大。経済学部」

 「ふーん」

 沈黙。

 『2番線に電車が参ります』

 「電車来たか」

 電車はやってきて風を押し出し強風を作る。

 扉が開いて入ると外とは違い暖かかった。

 車内では話すこともなくなって無言になっていた。

 「あのさ」竜介君が呟いた。

 「なに?」

 「絵って続けるの?」

 「・・・・止めるとか、止めないとか。じゃないんだよね。気づけば落書きしてるし。たぶん」

 「そういうのじゃなくて。なんか目標持ってやるかって話」

 「竜介君は?」

 「俺は。そういうのじゃないよ。俺はテキトーに始めて、うまくならなくても別にかまわないと思ってるし」

 「そっか」私は。

 電車は止まり。ガクンとなった。それのせいではないけど言葉に詰まった。

 改札を出た分かれ道。

 私たちはそれぞれ反対の方向に行くらしかった。

 「そんじゃこの辺りで」

 「うん」

 「今日は楽しかったな~」

 「そうだね」

 「それじゃ」竜介は背を向けた。

 「あのさ」竜介は振り返った。

 「?」

 「私、たぶん続けるわ」

 「そうか~・・・・」竜介はそこで少し考えてからこう言った。

 「頑張って」すっかり暗くなった空。街灯に照らされて明るい街。竜介の顔ははっきりと見えた。

 「それじゃ今度こそ。さよなら」

 「うん。じゃ、また今度。いつか」

 「ああ、いつか」

 私たちは言って互いに背を向けた。

 私は空を見上げた。

 夜の空は幾つもの色を美しく混ぜたような深さがあって綺麗だった。

 そのまま深呼吸をひとつ。

 「ふぅー」

 よし。

 そうして私は歩き出した。


■■■

 了



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