第30話 ソフトクリーム
僕は腰が抜けて立てなくなった白石をおんぶしてお化け屋敷を進んだ。
背中に体温を感じてドキドキした。
しばらくしたら回復して立ち直るかと思っていたけれど、彼女はいつまで経っても僕の背中から離れようとしなかった。
……よほど豪快に腰を抜かしてしまったのだろうか?
今まで僕は腰を抜かした経験がないために分からない。
そういえば、僕におんぶされてからというもの、白石はお化けや仕掛けに出くわした時も最初ほどは取り乱さなくなった。
「きゃっ!」とか「ひゃっ!」とか小さく可愛らしい悲鳴は上げるものの、最初に比べるとどこか余裕を感じる声色だった。
慣れてきたのだろうか? それとも具合が悪いのだろうか?
後者だとすれば大変だ。
心配になった僕は彼女に尋ねてみた。
「白石さん。もしかして具合が悪い? さっきまでと比べたら、あまり怖がってないように思えるんだけど……」
「ううん。別に具合は悪くないよ」
白石は薄く微笑みながら言った。
「守谷くんの背中にいたら、何だか安心するから。守ってくれそうだなって。それで怖さがなくなってるんだと思う」
めちゃくちゃ可愛い理由だった。
僕程度のもやしに頼りがいを感じてくれていたとは……。
「そ、そうなんだ」
照れ臭くなってろくな返答ができない。
それに今さら降りてくれと言い出す気もなくなっていた。
結局、僕は白石をおんぶしたままお化け屋敷から脱出した。両開きの扉を開けると、光に満ちた元の世界へと戻ってくる。
僕はその場にしゃがみ込むと、背中におぶっていた白石を下ろした。
「…………」「…………」
お互いに目が合うと、今更ながら恥ずかしさが込み上げてきた。
お化け屋敷という非日常的空間の中では気にならなかった。けれど、外界に戻ってきたことにより正気に戻ってしまった。
冷静に考えると、ずっとおんぶしていたってかなりのことだ。
それに心地よさを感じていたのも。
「――あ。守谷くん。あそこに出店があるよ。ずっと私のことをお化け屋敷でおんぶして疲れてるだろうし、ちょっと休憩していこっか」
一旦、場の空気を変えたかったのだろう。
白石は目についた出店を指さして提言してきた。
「あ、ああ。そうだね」と僕も同意しておいた。
二人で出店の方へと歩いていく。
出店の周りにはベンチや円形のテーブルがいくつも並んでいた。
「守谷くんはここの席で休んでおいて。私が買ってくるから。ずっとおんぶして貰ってたんだしこれくらいはね。何食べたい?」
「じゃあ、ソフトクリームで。バニラ味」
「了解! 任せておいて!」
白石は元気よく敬礼の仕草をすると、出店の方に歩いていった。
僕は円形のテーブル席に座りながら一息ついていた。しばらくして、戻ってきた白石の手にはソフトクリームが二つ。
「はい。こっちが守谷くんの分」
「ありがとう。白石さんのは……?」
「紫芋味だって。珍しいから買っちゃった」
「へえ。白石さんは結構、開拓精神があるんだね。僕は保守派だから。いつも定番のものしか選べないんだよね」
「ふふ。定番のものは美味しいもんね。私は分かりきってるものより、アタリかハズレか分からない方が好きなんだ」
僕は相づちを打ちながら、バニラのソフトクリームを頬張る。
うん。バニラだ。奇をてらうような要素は一切ない。どの店で食べようが、同じような味を楽しめることだろう。
「私も食べようっと」
白石は手元の紫芋ソフトに口をつけた。
ペロリ。
小さな舌が、クリームの表面を優しくなぞっていく。
「ん~。美味しい♪」
白石はふるふると身悶えしながら、愉悦をかみ締めていた。
「アタリだったみたいだね」
「守谷くんも冒険してみる?」
「えっ?」
「ほら、カップルって、自分の分のソフトクリームを相手にシェアするみたいなイメージがあったりしない?」
「まあ、確かにあるかもしれない」
「だから、私たちもやってみたいなあって。――ほら、後学のためにも、守谷くんの感想を聞いておきたいし」
間接キスになるのは気にならないのだろうか?
だけど、僕がそれを口にして、妙に意識していると思われるのも恥ずかしい。ここは何事もなかったかのように乗ろう。
「じゃあ、一口頂いてみようかな」
「どうぞどうぞ」
白石は言うと、僕の口元にソフトクリームを差し出してくる。
「はい。あーん」
僕は白石の食べた紫色のソフトクリームに口をつける。
「どう? 美味しい?」
「うん。中々イケる」
芋の甘みがよく詰まっている。
「ふふっ。良かった。じゃあ、私たち、似たような味覚だね。自分の好きなもので相手に喜んで貰えると嬉しいな」
白石は両手の指を合わせながらにっこりと微笑むと――。
「じゃあ、守谷くんのも一口貰っていい?」
「僕のを?」
「お互いにシェアし合わないと」
「……だけど、僕、結構がっつり食べちゃってるし」
「気にしない気にしない」
そうか。普通はそんなの一々気にしたりしないのか。
変に意識するほうがおかしい。
「じゃあ。はい」
「あーん♪」
白石は僕の差し出したバニラのソフトクリームに口をつける。
「うん♪ 定番は定番で美味しいね」
そして、唇を舐めながら微笑んだ。
天使かと思うくらいに可愛らしい。
僕たちがそんな本当のカップルのような時間を過ごしていたその時、視界の端にどこか見覚えのある姿が映り込んだ。
「「えっ……!?」」
僕も、そして白石も同時に声を漏らしていた。
その先を続けたのは白石だ。
「お兄ちゃん……?」
視線の先にいたのは――白石のお兄さんだった。
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