第7話  厄介な代物

「とりあえず、少しここでわかるだけのことを見ましょうか」


 わたしは立ち上がって、鞄の中に入れていた道具を出す。

 小さなトンカチ、結晶形のままの水晶、小さな蔓草が絡み合ったような青銅色の杖。

 目の前で錬金術を使う所を見たことがなかったのだろう。その場に居たほとんどの者が、道具をどう使うのか興味津々に身を乗り出してくる。


 わたしは蓋を開けず、箱の上に水晶体を置く。それから杖に魔力を込めながら、杖の先で軽く水晶に触れた。


 魔力によって作られた環が、術師の想像とそれを補う素材を小さな世界として固定しているのが、この箱だ。

 その魔力の環を停止させることができれば、全てを分離することができる。


 蓋を開けていないにも関わらず、中に仕掛けられていた幻影が浮かび上がる。

 緑豊かな森と泉。そして泉の上で踊る、白い長衣を纏い金の剣を二つ持った美しい女性の姿だ。

 わたしは杖でその幻影を撫でた。


『第三の扉より出でし物よ、その姿を封じる』


 森の姿が波打ち、そして吸い込まれるように箱の上に置いた水晶体の中に入っていく。そして瑞々しい木の枝葉が水晶体の中に小さく浮かび上がる。これが森の姿の幻影を作っていた元だ。

 次に泉を杖先で撫でる。

 それも幻影が水晶体の中に姿を消し、枝葉の周囲に青い水の球がいくつか現れる。


 残るのは踊る女性だ。

 正直、これが一番やっかいそうだ。今までの物に、人を黒焦げにするような要素は一つも見当たらなかった。だからこの箱が原因なら、人物の幻影を作りだしたものに、強い力を持つ物が使われているはずだ。

 警備隊やガイストに告げて壁際に離れてもらった。


『第一の扉より出でし物よ、その姿を封じる』


 杖で触れた踊る女性の姿が、水面に映った月のように一瞬歪む。

 しかし突然火花が散り、杖が弾かれた。

 とたん、踊る女性の幻影は急激にその姿を変えた。

 金属を擦り合わせるような不快な笑い声を上げ、目がつり上がり、持っていた剣を打ち鳴らす度に火花を散らし始めたのだ。


「あっつ!」


 飛んだ火花が、離れていた警備隊員にまで飛んでしまった。

 わたしは慌てて杖をトンカチに持ち変える。そして水晶体を勢い良くたたき壊した。

 澄んだ音を立てて壊れた水晶体と共に、森と泉の幻影が元に戻る。しかし女性の姿も、笑い声も止まない。むしろ壊れた水晶体の破片がふるふると震えながら、踊る女を覆うように集まり始める。


「おい、どうする……」


 収拾がつけられるのかと言おうとしたのだろう、壮年の警備隊員が続きの言葉を飲み込む。


「てやっ!」


 わたしが女性ごとたたきつぶす勢いで、トンカチを振り下ろしたからだ。

 しかし水晶はバラバラになっても、女の笑い声も幻影も消えない。

 見守る警備隊員達が、一斉に引いた。たとえ幻とはいえ、人にためらいなくトンカチを 振り下ろす姿に目を疑ったみたいだ。でもこれは幻だから、問題ない。


 わたしは懐の中から次の対抗策を取り出す。

 瑠璃色をした石のような質感の鍵形の術具、石鍵だ。

 わたしはためらいなく鍵で女の幻影を突き刺した。火花が手に当たったが、その痛みをぐっとこらえる。


『円環を成す力よ戻れ』


 呪文が唱えられると、石鍵はすっとその色が抜けて行く。そして幻影は赤い靄を一瞬立ち上らせて姿を消した。

 部屋の中に安堵のため息が満ちる。


「今のは何だったんだ……」

「やっぱり錬金術師ってのは、普通と違うんだな」

 そんな言葉が誰からともなく漏れたのが聞こえた。


 とにかく箱の暴走を止めたわたしは、机に両手をついてふっと息を吐いた。

 普通の箱なら、この方法である程度の材料を特定できるはずだった。しかしこの箱はそれすらも拒否する。あの赤い靄では、原因の物が特定できない。

 それは作った人間の力が相当強い事、そして複雑な術であること、特別な材料を用いていること、このどれかか、全てが混ざり合っている可能性がある。


 厄介だわ、と心の中でわたしは呟いた。

 自分で解析できるかどうか、時間をかけなければいけないのはもちろんだが、少し自信がない。


 もしお祖母ちゃんだったら……と考える。当代一と謳われ、様々な術を解いてきたお祖母ちゃん。こういう嗜好品から、様々な森羅万象を起こすものまで、全てを作れる人だった。

 でもお祖母ちゃんはもういない。自分一人の力でやらなければ。

 唇を噛みしめるわたしに、平静な声がかけられる。


「で、結果的にどうだったのか教えてもらえるか?」


 近衛騎士のガイストだった。

 顔を上げてみれば、警備隊の面々はまだ今見た光景への驚きから抜け出せていないようだ。そんな中、冷静さを保っているガイストは、さすが王子の近くに仕える人だと言うべきだろうか。


「かなり厄介な箱です。素材を調べるだけでも、防御の術が発動するので、かなり後ろ暗い術がかけられていると思っていいと思います」

「では、この箱が子息達の死因の一つになりうるとお前は思っているのか?」


 わたしはうなずいた。


「そうか」

「しっかりと解析することができれば、この箱の材料も判明して、入手した者も特定しやすいと思います。そこから、術師を絞ることもできるかと」


 ガイストはうなずいた。


「では正式に依頼したい。その箱について解明し、その効果で――今回の事件が起こせるのかどうかを調査してくれ。材料の入手経路や作った者の捜索は、この第三分隊に行ってもらう。必要な情報は第三分隊へ渡すように」


 そう言って提示された報酬に、わたしは目を瞬かせた。

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