仔犬と王子様

めそ

仔犬と王子様

「ヤア、久しいね若峰クン! 二ヶ月ぶりかな? 今そっちに行くから待っててくれないか!」

「うわ……」

「アア待ってくれ、待ってくれったら。よっと……。別に捕って食おうとしてるわけじゃないんだから」

「いやあの、そ、それ以上近づかないでください!」

「ン? 私もずいぶんと嫌われたものだね。まあ良い、少しお茶でも飲まないかい? イチゴのパフェが美味しい喫茶店を見つけたんだ」

「……結構です! 間に合ってますから!」

「私は少し足りないかな。手の届く位置に君が居ないと不安で仕方ないよ」

「気色悪いのでその口閉じてください」

「ウンウン、その私を全否定する怯えた表情も久しい……って、アア、急に早足は危ないぞ!」

「付いてこないでください!」

「そう言われても、私の目的地がキミが往くのと同じ方向でね、許してくれ」

「と、遠回りしてください!」

「良いじゃないか、良いじゃないか。私は若峰クンと話がしたいんだ。ウン、そうだ、キミと話すだけで十分遠回りになるじゃないか。ネ、お茶しようか?」

「嫌です、絶対嫌です!」

「フフッ、可愛い顔だね」

「ひっ!」

「怖がらせてしまったかな? それならば謝ろう。謝罪の気持ちとして、どうかお茶の一杯でも奢らせてもらえないかな?」

「嫌ですよ! 下心が透けて見えてるじゃないですか! 絶対嫌です!」

「見せているのだよ、若峰クン。キミには私の全てを知ってもらいたいからね」

「知りたくないので関わらないでください!」

「オヤオヤ、本当に嫌われてしまったようだね。しかし安心して欲しい、私の愛はキミのためにあるのだと言うことを一から十まで余すことなく教えてあげようじゃないか」

「こ、公衆の面前でよくそんな恥ずかしい台詞を……!」

「恥ずかしい? それは間違い、大きな間違いだよ若峰クン」

「はあ?」



「私は、自分の恋心を恥ずかしいとは思わない!」



「っ」

「オヤ……走り疲れたのかい? ちょっと行ったところにさきほど言っていた喫茶店があるから、そこで休もうか」

「ちょっと、肩触らないでください」

「ン……すまない。それにしても、いや全然疲れた様子はないね。とすると、そうか、私の言葉がキミの心に届いたんだね、若峰クン!」

「だから触らないでください!」

「良いじゃないか、手ぐらい……」

「大体……あなたの言葉は軽薄過ぎるんです」

「なに、それは心外だ。私はキミへの愛を表現するために言葉の限りを尽くしているだけだ」

「そういう愛だの恋だの……本当は心にもない薄ペラで中身のない言葉を使うからよく舌が回るんでしょう? そうじゃないにしても、ぼくはそういう押し付けがましいのは嫌いなんです!」

「……そうか」

「その芝居がかったわざとらしい喋り方も嫌いです。『私の全てを知ってもらいたい』なんて言いながら、そうやって自分じゃない人間を演じて、そりゃ恥ずかしくないでしょうね、あなたの面の皮の厚さは人一倍ですもんね!」

「……なにも、キミが泣くことはないじゃないか」

「嫌いなんですよ! 他人を嫌いたくなんかないのに、なのに、あなたがそうさせたんじゃないですか!」

「…………、すまない」

「すまない! すまない、すまない、……すまない! 良いですよ、許しますよ! だからもう二度と、ぼくに関わらないでください! ね!」

「………………、」

「……それじゃ、もう行きますね。大声出してすみませんでした」

「…………て……、」

「…………」

「わ、わた、しだって!」

「っ!?」



「私らって、嫌いだもん!」



「え、いや、先輩……!?」

「私だって可愛くなりたいもん! 普通の女の子みたいなお洒落したいもん!」

「も、もん……!?」

「背が高いからって、かっこいいからって、王子様王子様って、私だって女の子だもん! 女の子でいたかったのに、王子様って、可愛い服なんて似合わないって、皆、みんな……!」

「せ、先輩、こんな歩道のど真ん中で……うわっ!」

「若峰クンが悪いんじゃん! 私だって好きでこんな、こんな、服だってもっと……ふえぇ……!」

「いや、あ……重っ……」

「ん〜〜〜〜!?」

「いた、痛ぁ!? ごめんなさい、殴らないで! 重くないです、軽いです! いやー、やっぱり先輩は女の子だなぁー!」

「ぐすっ……ホント?」

「……いや、僕って体小さいから大抵のものは重いんですけど、ええ、先輩はアレでしたね」

「…………」

「重かったです……」

「〜〜〜〜っ!」

「あだだだだっ! 力強すぎですって!」

「女の子だぞ!」

「いやホントすいませんて! ごめんなあだぁ!」






















「……落ち着きました?」

「その前に、ひとつ質問良い?」

「いや、ぼくの質問そんな前置きされるほど難しくないですよね?」

「若峰クンの答え次第で落ち着かなくなるから」

「え、怖い……」

「私、若峰クンのこと好きなままでいて良いかな……?」

「それぼくが決められることじゃないですよね」

「良いってこと?」

「えっと……良くないですけど」

「……………………っ」

「あ、いや、あの、えっとぉー! 今までみたいに触ったりしつこく追いかけ回したり大きな声で話しかけてきたりするのが良くないですけど、ええ! ぼくに迷惑がかからない範囲でなら良いですよ!」

「ほんと!?」

「それと、喋り方が嫌いとか面の皮が厚いとか言ってすみませんでした」

「あ、ううん! 謝らなくていいって! あ、でも、またあの喋り方したら嫌いになる?」

「そりゃあ――」

「…………」

「――いや、全然。ならないです。恋だの愛だの押し付けられなければですけど」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……うん、わかった。若峰クンの前では使わないようにする」

「いや別に気を遣わなくても……」

「もう。そうじゃないって」

「はい?」



「若峰クンの前では、『王子様』じゃなくて『女の子』でいさせて、ね?」



「…………? …………、………………、……………………!?」

「ね?」

「え、いや、えっと……ですね?」

「駄目……かな?」

「まあ駄目――じゃないですね、はい! はい!?」

「やった! 嬉しい!」

「触らないでください!」

「あ……ごめん……」

「あ、ちが……えっと! この辺で失礼させていただきますね! それでは!」

「あちょっと! ……あー、もう。…………んー、ふふふっ」



「また明日、ね。若峰クン」

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仔犬と王子様 めそ @me-so

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