最終報告
コトリ先輩の謎の一つにあれだけ優秀なのに、なぜにうちの会社に入社されたかです。そんなことを考えたこともなかったのですが、出身大学が三明大学であったからと考えても良さそうです。
コトリ先輩が卒業された頃の三明大学はイマイチで、社長も言っていましたが、指定校制で足切りにされてしまうような扱いです。当時的には三明大学から経営不振で喘いでいても、うちに入社できれば上出来ぐらいでしょうか。
社長は人事部の手違いによるラッキーと仰ってましたが、これはそうでなく、コトリ先輩が三明大学卒業であっても、もともとは聖ルチア女学院出身であったことを人事部が知ったからです。これは当時の面接官に確認しました。人事部は当時の三明大卒業生に聖ルチア女学院出身者が含まれることを知っていたのです。
ルチアの天使については祖母に聞いたことがあったのです。祖母も聖ルチア女学院出身なのですが、祖母の時代には天使は現れなかったそうで、私も聞いた時は学校伝説の一つぐらいに思ってました。そりゃ、私が受験する時には聖ルチア女学院自体が既に消滅してましたから。
ルチアの天使は教会で聞かせてもらった話から、やはりある条件に合致した人物が選ばれるようです。その条件についてはもう確認しようがありませんが、コトリ先輩を見る限り、生まれつき天使の素質を持っているというしか考えようがありません。能力は大聖歓喜天院家の能力者に非常によく似ていますが、誰かに継承される訳ではなく、基本的にその人のみに限られていそうです。この辺は、ルチアの天使の数も少なく、コトリ先輩も誰かから受け継いだ形跡もないので『たぶん』です。
私とミツルが資料の山から探し出した天使の記録の断片は、他の資料と照らし合わせて、うちの会社に初めて女性社員を迎え入れた時のものと判断して良さそうです。うちの会社は最初から衣料品メーカーだった訳でなく、戦前はミシン・メーカーでした。
この迎え入れた最初の女性社員が衣料品部門を立ち上げ、そこが大きくなって今に至るみたいな感じでしょうか。これも確認するのが大変だったのですが、聖ルチア教会の資料を探し回った結果、この最初の女性社員がルチアの天使とほぼ特定できます。
この成功に味を占めて、聖ルチア女学院の卒業生を積極的に採用していた時代があったようです。当時の女性の就職先として悪くもなかったので、聖ルチア女学院側も積極的に協力していたのかもしれません。そういう聖ルチア女学院の二人目の天使もまたうちの会社に就職されていたと見ても良さそうです。
ルチアの天使の人数も不明なのですが、多くても五人もいないだろうとされてました。それと天使の能力も類似しているとしても良さそうです。この類似しているのが、そういう女性を選ぶ基準であったのか、天使に施された秘儀によるものなのかは不明ですが、秘儀の内容についてはコトリ先輩に聞いてみました。
「あれ? 言うたらアカンことになってるの」
と言いながらある程度教えてくれました。天使の教会の祭壇の前にひざまずいて、祝福の言葉を授けられるようですが、
「ラテン語やと思うけど、何言うてるかチンプンカンプンやった」
その時に神父に特別の所作があったかどうかですが、
「目を瞑っとけって言われてたし、頭にベールみたいなもの被せられるから、なんも見えへんかった。なんか動いとった気はしたけど」
秘儀を受けた感想も聞いてみたのですが、
「あれなぁ、後で聞いたら三時間ぐらいやっとったらしいねん。でも、そんな長いと感じんかった。なんかとにかく気持ちよくなるって感じで、終わった時も『もう終わり』って思たもん」
それ以上は秘密だからといって教えてくれませんでした。聞く限り、なんらかの影響をコトリ先輩に及ぼした感じもありますが、それ以上はわかりません。おおよそこの程度の報告を終えると社長は、
「結崎君、よくぞ二か月でここまで調べ上げてくれた。いくつか質問して良いかね」
「どうぞ」
「そうなると我が社には合計五人の天使がいたことになるのかね」
「確認出来る限り、そうなります」
「昭和三十年代から平成の始まりまで天使がいる時代が続いたのは偶然と見て良いのかね」
「少し微妙で、あくまでも推測ですが由紀子さんの叔母様の時に継承される能力者の家系を知った可能性があります」
「どういうことかね」
「由紀子さんの採用の経緯です。由紀子さんは病弱なところがあり、大学四年の時も入退院を繰り返していました。就職活動もままならなかっただけでなく、卒業時も入院中なのです。そんな人材を普通は採用されますか」
「なるほど、そういうことか」
続いて綾瀬専務が、
「聖ルチア女学院は既に無くなっているから、新たなルチアの天使はもう出て来ないと考えて良いのかな」
「これは秘儀の効力の問題になりますが、あの秘儀が仮に天使の能力を目覚めさせるものなら、出現しない可能性はあります。ルチアの天使の能力の近似性から考えて、秘儀に一定の効果があるのは確かかと」
「なるほど、では大聖歓喜天院家の方はどうだね」
「確認できる最後の能力者である木村由紀恵さんの後がどうなるかです。大聖歓喜天院家の伝承では血縁者の誰かに受け継がれるとなっていますが、これがどこに生まれるかはわかりません」
「それはそうなんだが。最後に確認されている継承者の木村由紀恵さんだが、歴代でも卓越した能力者だったらしいな」
「そのように聞いております」
「その最後の継承者が、血縁者以外の人物に能力を継承させた可能性はないかね」
「どういうことですか?」
「君のことだ」
「はぁ???」
社長までが
「我々は君が六人目の天使に見えて仕方がないのだ。もう、それ以外は考えられん」
「でも、由紀恵さんには会ったこともありません」
「いや、会ってる。山本先生の心の中に住む由紀恵さんに四回も会っている。会っただけで君は驚くほど変わった。これは能力を授けられた証拠じゃないのかね」
たしかにユッキーさんは夢の中で私にプレゼントを贈ってくれると言ってたけど、まさかそれが天使の能力とか。
「でも、私と小島課長では月とスッポンぐらい差があります。顔だって、スタイルだって、仕事だって・・・」
「天使は天使である自覚に乏しいことがあるとも言ってなかったかね」
「小島課長はそんな感じです」
「君もそうだと思う」
頭が混乱しています。私が天使、まさか冗談でしょ。そりゃ、ユッキーさんに少し綺麗にしてもらったのは認めるけど、天使には遠すぎるやん。もし天使だったとしても、歴代で一番ブスの天使やんか。
「あるいはこうとも考えられる。君の天使の能力を木村由紀恵さんが開花させてくれたのかもしれん」
山本先生は私を食事に誘ってくれたけど、そんなことを山本先生がするのは非常に珍しいと、コトリ先輩も加納さんも言ってました。また山本先生はユッキーさんと結ばれてから異常に勘が鋭くなったとも言ってました。もしかして、山本先生は無意識のうちに私の中に天使がいるのを感じられて、ユッキーさんもそれを知って天使として目覚めさしたとか。でも、でも、たかが結崎忍だよ。
「御冗談はそれぐらいでお願いします」
「いや冗談じゃないのだ。もし君が我々の見込み通りの天使なら、我が社は救われる可能性が出てくる」
「どういうことですか」
「小島君の話せる日は来月中にもある。その時に負けても天使が代わっていれば、いくら小島君が嘆き悲しんでも影響はないことになる」
「理屈ではそうなりますが、私は天使ではありません」
「特命課の業務ご苦労様だった。特命課というか君をどうするかは、ちょっと考えさせてくれ。腹案はあるのだが、重役会議を通さないといけないので、ここでは保留にしておく。来月はちょっとゆっくりしてくれたまえ。そうだなデートでも楽しんだらどうだ。出張扱いで旅行にいっても良いぞ。でもまあ、国内で我慢してくれ」
そう仰られて報告は終りました。
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