居酒屋にて

「こっちだよ、こっち、佐竹君こっち」


 店に入ると立ち上がって手を振る小島課長がおられます。今日は小島課長から結崎さんとのデートの話を聞かせて欲しいとの呼び出しです。ボクの仕事が少し長引いたので、小島課長は先に飲み始めています。


「シノブちゃんと会ってみた感想は?」

「あれだけ愛らしくて、綺麗で、優しくて、素敵な人に初めて会いました。あれ以上の女性が他にいるとは思えません」

「ほお、大絶賛だねぇ、そりゃ、よかった」


 小島課長は中ジョッキでビールをグイグイ飲みながら、


「で、交際申し込んでみたの」

「あ、はい」

「さすがラガーメン、男らしくてイイよ。気に入った」


 ジョッキを空にした小島課長は、


「ビールお代わり、それと焼き鳥の盛り合わせと、から揚げ、おすすめの刺身の盛り合わせとハリハリサラダお願いしま~す。それで返事はどうだった?」

「それが・・・」

「やっぱりね」


 小島課長はえらい勢いでビールをさらに飲まれます。


「やっぱりねって、どういう意味ですか。そうなるのを予想されてたのですか」

「うん、ひょっとしたら気が変わる方も期待してたんだけど、そうなるよねぇ」

「ボクじゃ、結崎さんの好みに合わないとか」

「はははは、そうでもないと思うよ」


 ボクも酎ハイを飲みながら、


「ボクはどんなに時間をかけても、絶対に結崎さんを手に入れます。あれ以上、素敵な人が二度と見つかるとは思えません」

「イイね、イイね、その意気だよ。コトリは応援してるよ」


 小島課長はさらにビールをお代わり。


「ところで二軒目にバーに行ったのですが、そこでビックリするような人を見かけました」

「へえ、誰?」

「フォトグラファーの加納志織さんです」

「えっ、シオリちゃんに会ったんだ」


 聞くと小島課長と加納志織さんは高校の同級生だそうです。ちょっとどころでなく驚きました。


「シオリちゃんは一人だった?」

「いえ、男の人と一緒でした」

「どんな人?」


 あの時は加納志織さんの方に目が行ってしまい、男の方はそんなに見ていなかったのですが、アラアラの印象を話したら、


「その男の人って、シオリちゃんのことをシオって呼んでなかった」

「言われてみれば、えらい馴れ馴れしそうに、そんな感じで呼んでた気がします」


 そこで小島課長は少し考えてから、


「やっぱりそうだったんだ。そうだよねぇ、だからそうなるんだ。しっかし、凄いもんだわ、ホント」

「あのぉ、何を言われてるのですか」


 小島課長はさらにビールをお代わりして、


「シノブちゃんの様子が途中で変わった感じなかった」

「変わったって?」

「途中からもっと綺麗に見えたとか」

「ボクも酔ってたし、錯覚かもしれませんが、ちょうど加納志織さんが現われてから、結崎さんが輝きだした気がします。それも、帰る頃には眩いぐらいにです」

「それは、錯覚じゃないよ。シノブちゃんは輝いたままだよ。本人には怒るから誰も言わないけど、あんまり眩いから、鉈の結崎じゃなくて、蔭では黄金の鉈って呼んでる人がいるぐらい」

「そうなんですか」

「見に来るとイイよ、また惚れ直すかもね」


 ボクも酎ハイをお代わりして、


「それって、加納志織さんに会ったからですか」

「違うよ。ところでさぁ、佐竹君はシオリちゃんを見ても、シノブちゃんの方が素敵で、綺麗と思わなかった?」

「ええ、たしかに加納志織さんは目が潰れそうになるぐらいの美人でしたが、結崎さんはもっと素敵です」

「コトリと一緒に営業回っても、シノブちゃんに惚れこんじゃったよね」

「あ、はい」

「もう、間違いないか。たった四回だよ、たった四回でそこまでなっちゃうんだ。ひょっとしたらユッキー以上かもしれない」


 そこから小島課長は考え込んでしまいました。しばらくしてから、


「これはシノブちゃんには秘密だよ。もし、しゃべったら永遠にシノブちゃんは手に入らなくなると思うよ」

「絶対に話さないと約束します」

「ある男がいるんだけど、その男は世界一イイ男なの。ただね、その男が世界一イイ男って見抜ける女は少ないの。だから決してモテ男じゃないんだ。佐竹君が見てもたぶん、わかんないと思う」

「はあ」

「その男が見えるようになる女は2タイプあるわ。一つはだんだん見えてくるタイプと、見た瞬間にわかってしまうタイプ。コトリやシオリちゃんはだんだん見えてきた方よ」

「見た瞬間わかった女性って・・・」

「たぶん二人。一人はユッキーって人よ・・・そうだ、今わかったわ、すべてはユッキーなんだ、そう考えればすべて説明できる」


 またもや小島課長はどこかに考えが飛んで行ってしまいました。なんか、うんうんと考え込んでから、


「ユッキーはね、高校の時からその男が見えてたの。見えてたどころか、その男しか見てなかったの。それが、えらいところで再会して、そのままその男と結ばれちゃったの」

「そのユッキーって人も綺麗になったのですか」

「ここの説明はしにくいのだけど、ユッキーはその男と結ばれて間もなく、病気で亡くなっちゃったの。ただ結ばれて、亡くなるまでの間に色んな不思議な事が起こったの」

「どんなですか」

「たとえば、未来が見えるようなったり」

「予言者みたいですね」

「コトリも聞いただけだけど、そんなレベルじゃないみたいなの。アリアリと見えていたとしか思えないの。でもね、綺麗になったのは結ばれてからなの」

「どういうことですか」

「これは、そう信じてもらうしかないのだけど、ユッキーからその男は、自分を見える女を綺麗にしてしまう能力を授けられたと思うのよ」

「そんなことが・・・」

「あっさり信じてしまう方がおかしいけど、その男、もうメンドクサイからカズ君って呼ぶけど、ユッキーが亡くなってから異常なぐらい勘が良くなってるの。これはコトリも実際に経験しているから間違いないよ」


 ユッキーという人も聞けば聞くほど不思議な人で、とくに病気で亡くなる前に起った不思議な出来事の数々は信じざるを得ないところがあります。とくに小島課長が経験した、その男の勘の良さは気味悪さまで感じます。


「ところで佐竹君から見て、コトリはいくつに見える」

「社員名簿で調べたことがあるんで、アレなんですが、なんにも知らなかったら、余裕で二十代です」

「じゃ、シオリちゃんは」

「やはり同じぐらい」

「実はね、見えてるコトリもシオリちゃんも、歳を取ってないどころか若返っている気がしてるの。それどころか、ますます綺麗になってるの。たしかにシオリちゃんは、もともと飛び切りの美人だったけど、今のシオリちゃんは凄かったでしょう」


 小島課長はもう三十代も半ばです。それは社員名簿で知っていますが、それでも未だにうちの会社で小島課長をしのぐ美人はいません。いないどころか、比較にもあがらないと言われ続けています。


 ボクも一緒に仕事をさせてもらったり、こうやって一緒に食事をして、こんなに近いところで見ても、どうがんばって見ても二十代です。どこにもアラサーの影はありません。可憐な蝶のような表現がピッタリです。美しさだって、加納志織さんとタイプが違うだけで、こうやっていたって息苦しくなりそうです。


「それでね、シノブちゃんの話に戻るけど、シノブちゃんはすぐに見えちゃったの。その見え方はユッキーと変わらないかもしれない。ヒョットするとユッキー以上かもしれない」

「だから、その男の人が見えるところにいると突然輝きだしたとか」

「そうなの。私も今まで気がつかなかったのは、ユッキーが亡くなってから、カズ君が新たに付き合った女性がいなかったからなの」

「えっ、結崎さんも付き合っているのですか」

「まだだよ、そうだったら紹介なんてしないよ。シノブちゃんは見えただけだよ。見えるのと、恋するのはとっても近いし、シノブちゃんが好きになってしまってるのは間違いないけど、交際までは行ってないよ」

「なんか微妙な言い方ですね」

「コトリはユッキーがどう可愛くなったかは、実際には見てないから、わからなかったけど、シノブちゃんを見てるとよくわかったの。よく見えてる女は、短期間であれだけ綺麗になるんだって。もうコトリや、シオリちゃんと肩を並べてると思うよ。あははは、シノブちゃんの方が若いから、もう負けてるかもね」

「そんなことは・・・」

「イイのよ。佐竹君がイイ証拠よ。コトリが隣にいてもシノブちゃんに一目惚れしちゃうし、シオリちゃんがいても、シノブちゃんの方が綺麗に見えたんじゃない」

「そんなぁ」


 もうちょっと話は続いて、結崎さんの見え方は小島さんからしても、飛び抜けているみたいです。たぶん、小島課長や加納さん以上かもしれないって言ってました。その良く見える分だけ、あれだけ短期間で、あれだけしか会ってないのに、あそこまで綺麗になってるんだと。


「実はね、ユッキーが登場した時にシオリちゃんは退き下がってるの。コトリも、もしその場にいれば、退き下がっていたと思うの。なぜだか、あれこれ考えてたけど、今ならわかるわ。ユッキーより見えてなかったからだと」

「ちょっと待ってください。そうなると」

「そうなの、コトリはシノブちゃんに勝てないの、シオリちゃんでもそう。今、カズ君に一番ふさわしい相手は間違いなくシノブちゃんよ」


 頭の中が混乱しています。たしかに以前の結崎さんは、社内で噂にもあがらない女性でした。だから『鉈の結崎』と聞いても鬼のような男性を想像したぐらいです。ところが小島課長に見せてもらった結崎さんは、そりゃ、もう綺麗で愛らしくて素敵な方でした。あれだけ素敵な方が今まで噂にならなかった方が不思議です。


 そう考えると、以前の結崎さんは、もっと地味で目立たない女性だったと考えるのが自然です。どこにでもいるような、普通のちょっぴり可愛い女の子です。実際に傍で見ている小島課長の言葉に疑う余地はないので、今の結崎さんになられたのは、ごく最近の、それもごく短期間のようです。


 その原因が、ある男性が世界一イイ男だと見抜けるたからだと。そうやってその男を見れるようになれば、見ている間にドンドン美しくなると。これも信じられない話ではありますが、ボクも実際に見てしまったのです。もう、信じるしかありません。


 一番の驚きは、その男を巡って、小島課長と加納さんが三角関係で長年にわたって競ってることです。これだけでも驚きなのですが、あの小島課長が結崎さんには及ばないとハッキリ言ってる事です。小島課長だけではなく、加納志織さんでもです。


「佐竹君、シノブちゃんには及ばないのはわかっちゃったけど、今回だけは譲れないの。どうしてもカズ君が欲しいの」

「でも、さっき一番相応しいのはって」

「それもわかってる」


 小島課長は少し寂しそうな、悲しそうな顔をして、


「見えてると綺麗になるかもしれないけど、結構大変なのよ。世界一イイ男を知ってしまうと、他の男じゃ満足できなくなるの。コトリも、シオリちゃんも他の男を探した時期もあったけど、どうしたってダメだったの」

「では結崎さんもそうなってると」

「まだなってない可能性は十分あると思ってるの。シノブちゃんの見え方は凄いから、かなり進んでいるとは思うけど、まだ戻れるって。その点でいえば、コトリもシオリちゃんも、もうダメ。長年見すぎて、もうどうしようもなくなってるわ。だからわかっても譲れないの」

「なんとなく、わかります」


 また小島課長が何か考え込んでいます。かなり長時間考え込まれ、ときどき何か呟いては一人合点を繰り返します。そして何かが閃いたようです。


「そうよ、ユッキーがいるのよ。ユッキーがそんなことをさせるはずがないもの。こんな重要なポイントを見逃してた。コトリたちの恋は普通の恋じゃなかったんだ。そうなると考えられるのは」

「なんですか」

「カズ君、優しいからやっちゃったのかもしれない」

「は?」

「カズ君がそう望めば、ユッキーは喜んで協力するし」

「なんの話ですか」


 小島課長は、なにかが、わかったようです。


「佐竹君、信じなくてもイイわよ。亡くなったユッキーだけど、今でもカズ君の心の中に住んでいて可愛い奥様をやってるの」

「はあ」

「ユッキーはね、それだけでなくユッキーを失って傷んだ心を一生懸命癒してるの。癒して、次の恋人が出来るように頑張ってくれてるの」

「それって」

「ユッキーはね、カズ君が幸せになるためなら、なんだってしてくれるの。たとえばね、次の恋人候補にコトリとシオリちゃんがなってるのもそう」

「あ、はい」

「三角関係がここまで長続きしているのもユッキーの力だし、長続きさせているのはカズ君の心の傷が癒されて次の恋が出来るまでの間を待ってるの」

「それで」

「カズ君の気まぐれにユッキーが動いちゃったんじゃないかなぁ」


 ここまで来ると、オカルトみたいですが、小島課長の三角関係はユッキーが作ったものだとしています。作っただけではなくメインテナンスまでやってるというのです。そう信じるのは自由ですが、それが結崎さんとどう関係するのでしょう。


「カズ君はねぇ、もともとちょっと地味めの子が好みなの」

「でも小島課長も、加納さんも・・・」

「コトリたちは訳あって特別なの。なんていうかなぁ、地味に見えるけど、実は磨けば輝くタイプがいると興味が湧いちゃうことがあるの。もったいないって感じかな」

「磨けば光る玉ってやつですか」

「そうなの。そのお眼鏡にシノブちゃんが適っちゃった感じかな」

「お眼鏡にねぇ」

「お眼鏡に適っても、普通は何も起きないんだけど、ユッキーが動いちゃったぐらい」

「動いちゃったって?」

「だって、そうすればカズ君が喜ぶじゃない。喜ぶならユッキーは必ず動くんだ」


 前提が荒唐無稽なのがネックなんですが、そう考えれば説明できるところは確かにあります。とにかくユッキーは先が見えていたのです。見えた先にもし結崎さんがいれば、小島課長や、加納さんをここまで引っ張る必要はありません。つまり結崎さんはなんらかのアクシデントみたいなものとか。


「だから、あれだけ短期間だったのかもしれないわ。だってたったの四回だもの、いくらなんでものスピードじゃない」

「となると、結崎さんはだいじょうぶ」

「でもない気がする。ゴメン、ゴメン、コトリたちのように不治ではないって意味よ。ひょっとしたら短期間過ぎたのかもしれない」


 なるほど、そう考えるのか。たぶんですけど、その男は結崎さんに恋愛でなく興味だけ持ったのです。その興味にユッキーは動いたのですが、結崎さんを綺麗にするには副作用みたいなものがあって、その男を好きになってしまうぐらいでしょうか。それも、何度会えるかわからないので短期間でやったので強めに出てしまったぐらいです。


 小島課長の説明が正しいかどうかは誰にも確認できませんが、そうであればボクにも希望が大きく開けます。待ちさえすれば、結崎さんはその男への恋心は自然に薄らぎ、ごく普通に恋が出来る女性になれるはずです。


「ボクにも希望はあるのですね」

「あるよ、あるよ、おおありよ。でも焦らないでね、シノブちゃんがいつ元通りになるかは、わかんないから」

「なにか時期として考えられるものがありますか」

「そうねぇ、コトリとシオリちゃんの三角関係は近いうちに解消されるわ」

「どういうことですか」

「どちらかが選ばれる日が、もうすぐ来るってこと」

「なるほど! そのあたりは可能性がありそうですね」


 これはボクにも納得できます。今の状況が大きく変わるのですから、結崎さんも変わってもおかしくありません。


「シノブちゃんはね、ホントに可愛い後輩なの。素直だし、真面目だし、仕事だってちゃんと出来るのよ。だから放っておいても、きっと幸せな結婚をして、温かい家庭を作るはずだったのよ。それがね、こんなアクシデントみたいなことに巻き込んじゃって、申し訳ないって思ってるの。せめてもの償いに素敵な彼氏が出来て欲しいの」

「その素敵な彼氏役がボクですか」

「不満? コトリが選んだ男に間違いないと思ってるのだけど」

「いえ、非常に光栄です。全力を尽くします」

「まかせたわよ、シノブちゃんを幸せにできるのは佐竹君だけよ」


 これは大変な役割ですが、なんかファイトが湧いてきました。そうそう最後に聞いたのですが、


「三角関係が解消されて、どちらかが選ばれた時、選ばれなかった方はどうなるのですか」

「なってみないとわかんないけど、たぶんどんな男も愛せなくなって、そのまま一生を終わると思うわ。ひょっとすると、いままでの呪縛が解けて、新しい恋が出来るかもしれないけど、たぶんそうならない気がしてる」

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