佐竹君
ボクは佐竹満、営業部です。大学ではラグビーやってました。最近気になってる女性がいます。総務部の結崎さんです。最初に結崎さんのことを知ったのは、営業部に回されてきた経営分析のレポートです。営業部に取っても結構痛いところを書かれていて、
「これは手厳しいものですね」
こう言ったら営業部長が、
「そりゃ、鉈の結崎の分析だからな」
余程切れ者のオッサンでも総務部にいるんだと思っていました。イメージとしては鬼のような形相の大男が、大鉈を揮いながら分析をしている姿です。まあ、総務部長の顔が鬼瓦みたいですから、それを思い浮かべてるだけかもしれません。
その時は、それっきりだったのですが、総務部からヘルプで小島課長が応援に来られることになりました。ボクは営業部に総務部のヘルプなんてと思ったのですが、部長は、
「佐竹君、参考にはならんと思うが、小島課長と一緒に回ってくれ」
部長の『参考にはならん』は、しょせんは営業については素人ぐらいと思っていましたが、とりあえず小島課長に会ってビックリしました。噂には聞いていたのですが、噂以上に素敵な方でした。それだけでもラッキーと思ったのですが、営業手腕にはもっとビックリさせられました。
あれは手腕なんてもんじゃないですね。とにかく小島課長が行くだけで話が済んでしまうというか、話自体が不要って感じです。と言うか、小島課長が訪れることを、あれだけ取引先が大歓迎するっていったい『なんなんだ?』ってところです。たしかに、あれは参考にはなりそうにありません。
そうやって一緒に回るうちに、ふと結崎さんのことを思いだしました。
「小島課長、総務部には凄い経営分析をされる方がおられるんですね」
「あら、そうなの」
「鉈の結崎さんってどんな方ですか? なんか、いかにも鬼のようなキレモノって感じです」
そしたら、小島課長は悪戯っぽく笑って、
「見せてあげる」
こう言って、総務部に連れて行かれました。ボクはなんか怖いもの見たさの野次馬根性で付いていきました。
「ほら、あの子よ、窓から三番目の」
「あの子って、あそこのボブの若い女性ですか」
「そうよ、シノブちゃんっていうの」
その女性が何気なしに振り向いた瞬間にボクの体に電流が走りました。そこには輝くように愛らしい女性がいたのです。愛らしいだけでなくて、見惚れそうになるぐらい綺麗です。まさに一目ぼれです。
「あの人が本当に鉈の結崎さんですか」
「そうよ、コトリの可愛い後輩だから間違いないよ。でも本人に鉈なんていったら、思いっきり怒られるから気をつけときなさい」
その日も小島課長と一緒に営業を回ったのですが、頭の中には結崎さんのことで一杯です。なにをしていても上の空って感じです。たしかに小島課長は噂通りの素敵な方でしたが、ボクからすると、少しばかり年上過ぎて、恋愛対象にするにはチョットってところです。一方で結崎さんはど真ん中のストライクってところです。やがて小島課長のヘルプ期間が終わる頃に、
「佐竹君、惚れたな」
「なんの話ですか」
「見栄張っちゃって。別にそのままでもイイけど、コトリは今日で終わりだよ。営業の仕事を付き合ってくれたお礼に、手伝ってあげてもイイんだけど」
もう、見栄もヘッタクレもありません。小島課長に頭を下げてお願いしました。今日か明日かと小島課長からの連絡を待っていたのですが、待望の連絡がようやく入ってきました。小島課長からの指示に従って、予定を無理やりこじ開け、ボクの知る限り、最高のレストランに予約を入れました。
待ち合わせ場所に結崎さんが姿を現した時には、心臓が飛び出そうになるぐらいドキドキしました。総務部でチラッと見た時よりも、もっと、もっと、チャーミングな感じです。
「結崎です。今日はよろしくお願いします」
声も心地よく響きます。まるで天上の音楽を聞いているようです。レストランに案内して食事をしたのですが、その仕草の一つ一つが、本当に惚れ惚れするぐらい素敵なのです。小島課長も素敵でしたが、結崎さんにはさらに若さの輝きも加わってるぐらいでしょうか。まさに夢のような時間になりました。
食事が終わった後に、バーに誘ってみました。バーと言っても、ほとんど行った事がないのですが、こんなに素敵な結崎さんをスナックやカラオケでは似合わな過ぎると思ったからです。
「カランカラン」
バーに入る緊張感と、結崎さんと一緒であることの緊張感でガチガチになりながら、カウンターに座りました。結崎さんが、
「佐竹さんは、よく来られるのですか?」
「えっ、はい、あの、その、たまにです。結崎さんは」
「私もそんなものです。でも、このバーには前にも来たことがあって、ちょっとリラックスできそうです」
ボクはこれしか覚えていないマティーニを頼みましたが、結崎さんはマスターと何やら相談しながらフルーツカクテルをオーダーしています。しばらく他愛もない話をしていたのですが、話せば、話すほど結崎さんがボクの心の中に大きくなるのがわかります。もう他のことを考えられないぐらい広がり切って、今にもあふれ出しそうです。そんな時に、
「カランカラン」
お客さんが店に入ってきました。見るともなしに見たのですが、カップルらしい二人連れで、女性の方の美しさに仰天しそうになりました。冗談抜きで、小島課長に匹敵するほど素敵な方です。このバーは美女でも招き寄せる力でもあるのかと思っていたら、
「あら、シノブちゃん、今日はデート」
「加納さんこそ」
親しげに話をするではないですか、
「結崎さん、お知り合いですか」
「ええ、フォトグラファーの加納志織さんです」
「えっ、あの有名な加納志織さん」
話には聞いたり、雑誌の写真で見たことがありますが、実際に見る加納志織さんは美の極致じゃないかと思うぐらいお綺麗です。
「佐竹さん、見惚れてます?」
「そんなことないですよ。結崎さんの方がもっと素敵です」
「無理しなくてイイですよ、加納さんが綺麗なのはコトリ先輩も認めてます。とにかく女神様なんですから」
加納志織さんの美しさにはドギモを抜かれましたが、加納志織さんもまたボクにとっては年上過ぎます。ボクの女神様はやはり結崎さんです。こうやって同じカウンターに座っても、結崎さんの素敵さは加納志織さんに負けていないと思います。いや、もっと上です。少なくともボクにとってはそうです。ここで思い切って、
「結崎さん、今日は楽しんで頂けましたか」
「はい、レストランも美味しかったですし、カクテルもそうです。今日は楽しい時間をこんな私のためにわざわざ設けて頂きまして、本当にありがとうございます」
「それでなんですが、こんな時間を今日だけでなく、これからも御一緒して頂けませんか」
もうボクの心臓は破裂しそうです。
「それって、お付き合いの申し込みですか」
「はい、そのつもりなんですが」
「ゴメンナサイ、今日はご返事できません。でも、誤解しないで下さい、佐竹さんが素敵な方なのはよくわかりました。でも今はご返事できないのです。もう少し時間を頂けますか」
「はい、もちろんです」
『ゴメンナサイ』を聞いた瞬間に死んでましたが、必ずしも断られたわけはなさそうです。これだけ素晴らしい女性を即答でゲットしようと思う方が甘いかもしれません。うん、どんなに時間をかけても必ず手に入れようと心に決めました。
それはそうと、一つ気になる事があります。加納志織さんが入ってきた時から、結崎さんの輝きがさらに増している気がします。もうそれはキラキラと眩しくて、待ち合わせ場所で会った時から較べても明らかに違います。それが時間とともにますます輝き、店を出る頃には、本当に神々しとしか言いようがなくなっています。
あれはなんなのだろう。ボクの交際の申し込みを受けたのなら、それが理由だと思いたいのですが、断られたというか、とりあえず保留にされています。そうならば、加納志織さんがそうしたとか。でも、他にも女性客がいましたが、輝いたのは結崎さんだけです。
なにかスッキリしないというか、結崎さんの返事の曖昧さと合わせて、ボクの中に『?』が渦巻いています。いずれにせよ、結崎さんはあきらめません。必ずボクの奥さんにしてみせます。
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