第4話『聖女様は食いしん坊、、、?』

 俺には妹がいる。

 名前は阿澄乃依あすみのいだ。私立の女子中学校に通っている。今、普通の中学三年生は受験で焦り始める時期だが、乃依の通っている学校は中高一貫のため、勉強しなくても高校にいける。だからか、毎日ゲーム三昧の妹。


 とはいえ、乃依はついこの間まで生徒会長を務めていたらしい。生徒会長をやるくらいだ、人望もあるのだろう。乃依の本性を知っている俺からすれば、想像もつかないが。



 今日も今日とて、何故か俺の部屋に居座り、家庭用ゲーム機を勝手に俺の部屋のテレビに繋いで遊んでいる。テレビはリビングにもあるし、乃依の部屋にもあるというのに。


「お兄ちゃん、一緒にやる?」


「『一緒にやる?』じゃないわ! なんでここで遊ぶ必要があるんだ!?」


「……この部屋、すごく落ち着く、から?」


「はぁ、左様ですか……」


 俺はもしかしたら妹に対して甘々なのかもしれない。現在進行形で勉強している俺の隣で、妹が音量大きめでゲームしていても怒らないとか。俺は仏か何かか?



 料理はもちろん、この家の家事や掃除は全て俺がしている。

 俺が中学一年生の時に両親は仕事で海外に行った。そのせいか、ほんの少しだけ妹に対して過保護になってしまっているのもかもしれない。

 とはいえ、最近妹はダラダラしすぎな気もする。前と比べて俺の部屋に無断侵入してくる回数も増えた。



「ちょっと早いが、俺は友達の家に遊びに行ってくるから」


「……?」


「なんだ?」


「お兄ちゃん……友達いたの?」


 なんとなく表情から何を言いたいか察していたが、実際に言われると心臓が痛い。


「瑞斗の家に遊びに行ってくる」


「納得。行ってらっしゃい」


 最初からこう言っておけば心臓が痛むことはなかったのか……。

 俺が支度を済ませ、玄関に向かった。乃依はゲームを操作している手を一旦止めると、そのまま玄関までついてきた。


「お見送り」


「何が目的だ?」


「別に何も」


「何か欲しい物があれば帰りにでも買ってくるから、また連絡しといてくれ。昼飯はキッチンに置いてあるから、温めてから食べてくれ」


「ん……」


 可愛い妹に見送られ、俺は家を出た。

 昼ご飯を駅前のファーストフード店で食べるため、少し早めに家を出た。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 瑞斗がいつも通学で通っている駅に着いた。

 今日は日曜日。当たり前だが、駅前はたくさんの人で賑わっている。

 俺の最寄りの駅から、今いる駅まで約十分。結構近い。この駅から瑞斗の家も徒歩十分くらいだ。


 約束の時間まであと一時間ある。

 とりあえず目的であるファーストフード店に入る。


「いらっしゃいませ!」


 店員の大きな声が店内に響き渡る。

 一階のフロアはぱっと見、満席だ。

 まぁこのお店は二階もあるし、一席くらいは空いてるだろう。


「激辛バーガーのセット、ドリンクはコーラで。サイドメニューはポテトでお願いします」


「かしこまりました! お持ち帰りでしょうか!」


「あー、ここで食べます」


 帰りに瑞斗にポテトでも買って帰ってやるか。

 お金を払い、俺は店員さんの差し出したトレーを受け取る。


 もう一度店内を見渡したが、見事に一席も空いていない。

 仕方ない。二階に行くか。


 二階に上がる。

 だが、二階も思っていた以上に混んでおり、空席が見当たらない。


「あ。阿澄くんじゃないですか! こんなところで会うなんて偶然ですね!」


 聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。

 小野寺だ。見なくても分かる。


 振り向くと予想通り、小野寺が座っていた。

 いい意味で場違いなオーラを漂わせている。ファーストフード店に銀髪碧眼の美少女(ロリ)がいたら目立ちたくなくても目立つよな。俺は気付かなかったけど。


 見ると、どうやらポテトを食べているようだ。

 なんかリスが上品に食事しているみたい。


「何してるんだ」


「お腹が空いたので大好きなポテトを食べています。ここの席空いているので、良かったら使ってください!」


「ありがとう」


 予想外の先客に、俺は苦笑いを浮かべる。

 許可をもらったので、小野寺の向かいの席に腰を下ろした。

 

 さすがにこれは偶然だよな。小野寺の反応もいつもより自然だし。

 というか、よりにもよって小野寺に会うとは。偶然を疑う。


「どうしたんですか、阿澄くん。食べないんですか?」


「いや、大丈夫。今食べる」


「それにしても奇遇ですね」


 学校の最寄りの駅で会ったのも、図書館で会ったのも、偶然じゃない気がするが。

 まぁあえて口には出さないでおく。


「そういえば先日阿澄くんにおすすめしてもらった本を読みました! すごく面白かったです!」


「おー、それはよかった」


 自分が好きなものを褒められると、なんだか嬉しくなってしまう。


「明日まで待ちきれなかったので、さっきに本屋で二巻買ってきちゃいました」


 先程買ってきた本をカバンから取り出すと、表紙が見えるように持つ。そしてその状態で、笑顔を浮かべてそう言った。

 何故か後ろからたくさんの視線を感じるんだが、気のせいだろうか。

 何故だろう。確認する勇気が湧いてこない。



「まぁそこまで気に入ってもらえると、勧めた身としてはすごく嬉しい。――それにしても、ポテト食べ過ぎじゃないか?」


「そうですか?」


 小野寺の前に置かれているトレーの上には、ポテトのLサイズの空箱が三つほど置かれている。そして今四つ目を食べているようだ。

 俺はここで「そんなに食べたら太るぞ」なんてデリカシーのないことは言わない。でも、さすがに忠告はしておかないと、後々大変なことになりそうな気もする。


「まぁ程々にしといた方がいいぞ。こういうお店ってあまり健康とは言えないからな」


 健康に良くないってのはテレビでもよく言っているし、どちらにしろポテトばかりだと栄養が偏る。人の食生活に赤の他人がああだのこうだの口を挟むのもどうかと思う。

 俺としても、ここで学校一の美少女に嫌われるのは嫌だからな。軽く忠告だけしておく。


「私の妹も阿澄くんと同じことを言ってました。やはり私は食いしん坊なのでしょうか……?」


「それはどうだろうね。見た目からじゃ想像はつかないけど」


 どこにそんな大量のポテトを入れているのか不思議なくらいだ。


「まぁ気にすることはないと思うぞ。小野寺さんもまだ成長期だしね。ポテトばっかりはダメだと思うけど。他に好きな食べ物とかないの?」


「えーっと……」


 小野寺はポテトを一つ口に入れると、上半身を左右にふらふらと動かす。

 なんだ、その可愛い動きは。


「あ。あと妹の作る唐揚げが好きです!」


「また揚げ物!」


 見かけによらず、結構揚げ物が好きなんだな。

 ふむ、これがギャップというやつか。




 別段、得意ではない激辛を小野寺に応援をしてもらいながら一時間かけて食べきった俺は、席を立ち、トレーを持ってゴミ箱の方へと向かった。

 ピークの時間は過ぎたのか、来た時に比べれば人の数は減っている。


「まだ舌がピリピリする……」


「ふふっ、阿澄くんってやっぱり面白いですね!」


「自業自得だが、俺は今物理的に笑える状況じゃない」


 一緒にゴミを捨て、店を出る。

 日差しが強い。夏も段々近付いて来ているため、気温もまぁまぁ高い。早く冬になってほしい。去年の冬は乃依と近くで大々的に行われているイルミネーションに行ってきた。

 夏と言えば海だが、あそこは俺みたいなぼっちが行くところではない。よって俺に夏イベントは何もない。


「そういえば阿澄くんどこに行くんですか?」


「俺は今から友達の家に行く」


「友達の家ですか、そうですか……。なんとなく! 本当になんとなく訊いておきたいんですが、男性のお友達ですか?」


「そうそう。隣のクラスのやつなんだけどさ」


「そうですよね! それならよかったです! 阿澄くんって女の子のお友達いませんもんね、ふふ」


 何がよかったのか分からないが、小野寺は笑顔を浮かべた。最後のは聞かなかったことにしよう。

 もしもの話だが、俺が女子と遊ぶことになっていたとしても小野寺からすればどうでもいいことだと思う。ラノベでよく見る幼馴染なんてのも、俺にはいないし。


「小野寺さんはそのまま家に帰るの?」


「はい!」


 そう言って小野寺は駅の反対側を指差した。


「私こっちなので!」


 ついでに言うと、俺の目的地の家がある方向だ。


「方向一緒だな。俺もこっちだ」


「阿澄くんもこっちなんですね。良ければ途中まで一緒に行きませんか?」


「せっかくだしな。一緒に行こうか」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ファーストフード店を出て、十分くらい歩いた。

 俺は目的地の前で足を止めた。まだ隣には小野寺がいる。


「俺の目的地ここだから」


「私の家、ここです……」


「…………え?」


 瑞斗の家の隣を指差して、苦笑いを浮かべる小野寺。

 俺は頬を伝う冷や汗を感じながら、瑞斗のインターホンを押した。


 瑞斗はすぐに家から出てくると、この状況を察したのか、笑いながら言う。


「そういえば伊織に言うの忘れてた。俺と葵は幼馴染なんだよ、ははっ!」


「おい。『ははっ!』じゃねぇーよ!」

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